29話 待ち人来る
数日後。ユゥインはしばらくの間、集落の設備の点検・修繕で店を留守にしていた。
なのでシャオとヴィハーンが臨時の店番として表に出ている。
だがユゥインがいない店に用がある人はほとんどいない。
ただぼんやりするよりはと、その時間でシャオは首から下もついたフードの男から授業を受けていた。
「『流石だ。俺でも知らんこと出来るとはすげえな。センスある。尊敬するね』」
「たしか……。知らない人を褒める『さしすせそ』だっけ。本当に使うときあるのかな」
「馬鹿はこれで十分なんだよ。中身が無くてもおだてときゃいいってだけだから」
ろくでもない事を学んでいた。
それを止めるはずのヴィハーンはと言うと——。
「それでさ、これって質は酷いけどこういう使い方が出来るから、更にこれと組み合わせれば……」
「本来の用途とは別の事が出来るのか。副作用も無いな。これはこの場合に転用は出来るのか?」
「あー。それは末端の関節部分になら良いんだけど、コア付近となると排熱が……」
こっちも学んでいた。とはいえ、シャオの方とは違ってだいぶ実用的なものだ。
「よし、じゃあ次はハッキングだ。試しに俺にやってみろ」
「うん」
シャオは指輪に集中すると目の前の男に意識を向ける。
すると男の機体名が出てくる。
【犯罪個体 5A-198BQ ≪and-IT-3226-0315-49は現在凍結制限中≫】
きっと【and-IT-3226-0315-49】が彼のシリアルナンバーだ。残念なことにそれを彼に伝えても違うという返答が来るのみ。
だが逆に彼のものであるとの確信が持てた。アマイズの時と同じだ。
「じゃあ、やるねー」
「へーい」
接続した彼の腕を振ったり動かしたりする。
フードの男がヴィハーンを操作していた時は掌握が不完全だったのもあり、口頭越しでの命令が殆どだった。
ちなみに今は正しく接続されている。伝達した意思は思考回路を経由させず、システムの行動系に直接命令することが可能だ。
「お、いいかんじ。今の俺みたいに拒否の意思がない奴とか、そもそも意志の無い作業用ロボならいける。強制力の強い命令が既に入力されてる警備系は出来て妨害程度だな。見極めろよ」
「うん、わかった!」
ドンドンドン!
『ブルー君。お姉さんが来たわ。デートしよ♡ あけてー♡』
「うげっ、呼んでねえよ」
突然ウィンズバークが襲来した。今来たのは理由がある。
修理を何度も妨害する彼女にユゥインがしびれを切らし、一ヶ月間の出禁を言い渡されたのだ。
ゆえにここはフードの男の数少ない安全地帯となっていた。最終調整が終わるまでの間ずっと此処に引きこもるつもりだ。
ウィンズバークは入ることこそ出来ないが、執念深く毎日来ていた。
『ブルー君』と言うのは、名の無い彼へウィンズバークがフードの色を由来につけた名前だ。
集落ではすっかりそれが定着している。
「ウィン姉さん優しくて良い人だよ。なんで会わないの?」
シャオが不思議そうに尋ねる。
短いとはいえ今までの付き合いから、フードの男——ブルーは報酬さえ貰えれば良くない事も平気で出来る事を知っている。
そんな彼がウィンズバークの奢りで遊ぶ事を嫌がる理由が分からなかった。
「今、マジで蜘蛛が無理。特にあの女な、興奮すると耳元でガチガチ歯を鳴らすんだよ」
『お金払ったの誰だと思ってるのカナー』
「っち、うるせーな。お前が勝手に払っただけだろ」
『きゃぁあ♡』
シャオにはよくわからない何かがあるようだ。
ぽかんとそのやり取りを眺めているとヴィハーンがおもむろに立ち上がり、店の入り口を勢いよく開いた。
「きゃ、ブルー君♡ ……あら、ヴィハーンじゃない。がっかりだわ」
「いい加減にしろ。出禁が解除されるまで大人しくできないのか。シャオもいる」
「だから入店どころか扉にも触れていないじゃない。あと今日はシャオちゃんとあんたに用があって来たんだけど。……あ! べ、別にブルー君をないがしろにしてるわけじゃないんだからね♡」
シャオが横を見るとブルーがいなくなっている。既に部屋の奥に逃げ込んでいた。
「用はなんだ」
ヴィハーンはこの数秒だけで面倒になり、話を終わらせるべく質問をする。
ウィンズバークはにっこり笑って答えた。
「ゲペレペンゲがようやく到着したのよ。あと、ボール君とそのお友達もね」
「ゲペちゃんが? ポピーにエリーも! ウィン姉さん教えてくれてありがとう! ヴィー、早く!」
シャオは立ち上がるとヴィハーンの腕を引いて外に飛び出していった。ドアは開けっ放しのままだ。
「シャオちゃん、足は大丈夫なの?」
「もう治ったー!」
そしてシャオ達が去り、その場に残されたウィンズバークは彼らと共に行くでもなく、その場にとどまっていた。
「ブルー君、出ておいでー。お姉さんとデートしよ♡」
「くんなよ、帰れ!」
その場にとどまるウィンズバークに、ブルーは部屋の奥から叫んで追い返そうとする。
あまりに哀れな友の怯えように、眺めていたアマイズも苦言を呈した。
「オネーサン。マジで怖がってるからやめてくんない? いい加減オレも怒るよ」
「あら、心配しないで。アマイズ君の事も仲間外れになんてしないわ。二人で私をぎゅってしてくれてもいいのよ?」
それを聞いてアマイズは感覚も無いはずなのに背筋がゾワリとする。
彼も奥へ逃げようとしたがグッとこらえてその場にとどまった。
いくらウィンズバークが出禁になっているとはいえ、それがどれほどの効力を持つのかが分からないからだ。
何とか距離を保ったままドアを閉めようと作業台から棒を取って伸ばすも、棒はウィンズバークに糸でからめとられて奪われてしまった。
もう彼になすすべはない。
「……ユゥインさん、早くかえってきて!」
◆
人の気配のない、静かな集落外周部。
そこではボロボロのゲペレペンゲとモルグが抱き合って再会を喜んでいた。
「よかった、ゲペレペンゲ。君が無事で。やつがれはもう二度と君と会えないかもしれないと思っていたよ」
「心配かけてごめんね。僕もモルグとまた会えることが本当に嬉しいよ」
そこにウィンズバークからの知らせを受けたシャオがようやく到着した。ゲペレペンゲの姿を見るや否や嬉しさから勢いよく飛びついた。
「ゲペちゃん! よかった、お帰りなさい!」
シャオはゲペレペンゲ達が戻るまでの日数の予想は大まかについていた。集落のアンドロイド達よりも状況を正確に知っているからだ。
そして現状を知っているからこその不安感も同時に抱いていた。
それもゲペレペンゲが帰ってきたことで、すべてどこかへ吹き飛んでしまった。
「うわっとと……。うん。ただいま、シャオちゃん。今回は本当にありがとう。君が来てくれなかったら僕はもう二度と帰れなかった。君も僕の命の恩人だよ」
「はぁ?」
今の素っ頓狂な声はモルグだ。
以前のたどたどしい話し方ではない、堂々としたゲペレペンゲにモルグがおそるおそる尋ねた。
「ゲ、ゲペレペンゲ。シャオ君相手でも、話せるようになったのか?」
その質問に最初は意図がわからないとゲペレペンゲはぽかんとしていたが、シャオと顔を見合わせるとどちらともなく笑って答えた。
「うん。実はシャオちゃんと会う前から今の今まで、ずっと助けてくれた子がいてね。その子のおかげなんだ」
「ポピーの友達だよ。私も友達になったの! あ、ポピーはボール君の名前だよ」
それを聞いたモルグは感慨深げに呟く。
「あのロボットペットの……そうか、会えたのか。それで? 確かポピー君の友達はエリーとやらだったか。その人は今どこに?」
「エリオ君の事知っていたの? シャオちゃんから聞いたんだね。彼ならすぐ後ろに——あれ? いない」
ゲペレペンゲがエリオを紹介すべく後ろを向くが、そこには誰もいない。
その時、遠くから叫び声が響いてきた。
『ウワー! やめてください、ポピーに酷い事しないで! アー!』
「エリーの声だ。ポピーに何かあったんだよ!」
エリオだ。集落の方から聞こえてくる。三人は慌ててその声の下へ駆けて行った。




