28話 手放さなかったもの
「キャー!」
甲高い悲鳴にシャオは慌てて飛び起きる。
身だしなみもそこそこに、痛む足を刺激せぬよう壁伝いに歩きながら作業場へ向かった。
「おはよう、どうしたの! ……わあ」
そこでシャオが目にしたのは混乱の渦の最中だった。
珍しくウィンズバークが店にいる。それは良いのだが、シャオも初めて見るようなギラギラした表情で何かを抱えている。
それに縋るのは相棒であるアマイズ。必死に何かを訴えている。
ユゥインは袋から何かチップを出して一つずつ検分しては分類ごとに分けている。
壁際には糸で肩から足首まで簀巻きにされたヴィハーンが座り込んでいた。
「ヴィー。みんなすごく元気だけど、何が起きてるの?」
「さあな。俺が起きた時にはすでにこうなっていた」
ウィンズバークは先ほどから変わらず店内の真ん中で騒がしくしている。
「ねえ~、名前。おしえてほしいなー!」
「だからないって言ってんだろうが! やめ、その顔を近づけるな、蜘蛛、喰われ、ぁああああ!」
「お願い、オネーサン! 俺の友達に酷いことしないで! 大事な相棒なんだよ!」
手足どころか首から下が無く、逃げるどころか身も守れない男をアマイズは大事な仲間だといって、ウィンズバークに彼を離すよう訴えていた。
「……っ! アマイズ!」
「お前もさぁ、さっきから誰の名前呼んでるんだよ。絶対オレの名前じゃないよ」
それに感極まった男が相棒のかつての名前を呟くが、肝心のアマイズはそれを自身の名前と認識することが出来ない。
呆れながらそれを否定する。
「君、アマイズって名前なの?」
「違うけど」
「そいつのロボ堕ち前の名前だ。俺はゼッテー忘れねえからな」
困ったような様子のアマイズに、フードの男は強く宣言する。それを見てウィンズバークはにっこり笑った。
「友情パワーね。お姉さんそういうのも大好きよ! チューしてあげる!」
「は、やめ、く、喰われ、ギャー!!」
再び騒がしくなった店内。シャオはヴィハーンの横に座ることにした。
「ねえ、ヴィーはなんでグルグルに巻かれてるの?」
その疑問にヴィハーンは答えなかったが、代わりにユゥインが答える。
「そこのバカは夜中にロボット達をぶっ壊しに来たんだよ。だからフン縛ったのさ」
「え゛っ」
シャオがヴィハーンに目を向けると、彼に目はないが、何か絶妙に合わない。
「ダメだよ、解決したんだから。それにあの二人は大丈夫そうだし」
シャオはちらりとウィンズバークに襲われている二人組を見る。
その姿に薄暗い気配はどこにも感じられない。
「……わかった」
その言葉を聞いて、シャオが笑うと、ユゥインはウィンズバークに手を振った。
「あら、もういいの? じゃあ解いちゃうわね」
ウィンズバークがヴィハーンの傍へ行き糸をなでると、花が開くようにぷつぷつと解かれる。
漸く自由の身となったヴィハーンはゆっくりと立ち上がると店の外へ出て行ってしまった。
シャオもそのあとを追いかけるべく歩き出し、店を出る直前に振り返り、ロボット達に声をかけた。
「ねえ、赤シャツさん。きっとあなたは『アマイズ』だよ。取られた名前って、もう二度と名乗れないの? あとフードの人は名前が決まったら教えてね」
それだけ言い残してシャオは去っていった。後に残るはアンドロイドとロボットだけだ。
ふと、ユゥインは疑問を口にした。
「あんた、覚えてないのに頑なに違うって言うのはなんでだい?」
「お姉さんも知りたーい。ロボ堕ちするとすぐにダメになる子が多いのよね。ホントーに色々謎な分野なんだから」
その疑問にウィンズバークも乗り、一緒になって問いかける。
「……修理屋なのに知らねえのかよ」
「言っちゃあ悪いけどね。ロボ堕ちした奴に関する問題なんて試験には出ないよ。理由は分かるだろう?」
ユゥインの言葉にロボット達は悔しそうにした。しばらく沈黙したのち、アマイズは言いづらそうに答えた。
「呼ばれるとさ、反射的に『違う』ってなるんだよ。新しく名づけるとか言われてもそう感じるんだよね」
アマイズは少しだけ気まずそうに顔をそむけ、それをフードの男は少しだけ寂しそうに眺めていた。
「……ごめんな、アマイズ」
「……ん?」
再度、フードの男がかつての名前で呼びかけた。
これで呼び納めのように、ありったけの想いを込めて。
だが、先ほどまで微妙な表情だったアマイズが何かに気がついたようにフードの男を見つめる。
「ごめん、もう一回言って」
「は? ア、アマイズ」
彼はその名をつい先ほどまで否定していたにもかかわらず、何度も、何度も呼ばせる。
「お願い、もう一回」
「……ア、アマイズ」
流れが変わったことにウィンズバークは興味深そうに眺めている。何度も呼ばれて自然と納得したようにアマイズは呟いた。
「うん、なんでかな。オレ、アマイズだ。……ありがと、もういいよ」
繰り返し呼び続けるフードの男を満足したように止めるが、それは止まらなかった。
「アマイズ」
「だから、そんなに呼ばなくても——」
「よかった」
「……っ、……うん」
名前を呼ぶ友に少しだけ恥ずかしそうにするアマイズ。
友の名前を呼べることが嬉しいのか、何度も呼びかけるフードの男。
「お願いユゥイン。お姉さんお代も払ったしいいと思わない?」
「思わないね。それに修理だってあんたが何度も妨害するから進まないんだ。二十四時間あんたは出禁。頭でも冷やすんだね」
その二人の間に挟まるべく突撃しようとするウィンズバークと、それをひっつかんで阻止するユゥイン。
ユゥインは二人組を眺めながら、先ほどの事についてずっと考えていた。
(お涙頂戴のご都合主義じゃない。システムに干渉があったね。誰が? どのタイミングで? 再現性が出来れば……)
だがいくら考えても分からない。目の前で起きた事なのにもかかわらず見逃したふがいなさに思わず舌打ちする。
「はー、わっかんないねえ。……ほら、あんたは帰んな」
ウゴウゴするウィンズバークを外に放り出して扉を閉める。
ロボット達の機体の状況は、相変わらずギリギリで油断ならない。
彼らがとりあえず安心できる状態にまで治るには、まだ時間が必要だった。




