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6話 未知の建物


 薄曇りで太陽は見えないものの、日はすでに登っており、あたりは明るくなっていた。

 シャオの足取りは楽園を出てからずっと眠らずに歩き続けていた事もあってか、どこかヨタヨタとおぼつかない。

 いつもだったら眠っているを通り越して、もうとっくに起きている時間だった。

 

「ここらでいいだろう」


 数々の分岐を一度も立ち止まる事なくたどり着いた場所は、見たことがない建築物が立ち並んでいた。

 とはいえほとんど同じ、全体的に四角い見目の建物ばかりだ。どの建物も大きな岩をくりぬいたかのように継ぎ目のない石でできていて、大半は割れているとはいえ建物の窓にはガラスがはまっている。

 

 男はこの町の勝手を知っているかのように、道の中心を堂々と歩く。

 

「ここに住んでる人たちはみんなお金持ちだったの?今でこそ古びてるけど、こんなに大きい岩をくりぬいて家にするなんて、すごいねえ」

「……?ああ、水と混ぜると固まる砂で作られている。劣化が早く、こんな所に住むのはアンドロイドぐらいだ」


 初めて見る素材の建築物を触るが、ひんやりと冷たく、硬そうな石にしか見えない。だがよく見ると所々はいったヒビが、岩石のそれとは違うように感じる。


「劣化が早い?……引っ掻くとどんどん削れるね。水と混ぜる……。って事は、コンクリートってやつ?本当にあったんだ、初めて見た。思ってたよりツルツルしてるんだね」

 

 シャオが拾った石ころで壁をひっかくと、僅かとはいえポロポロ削れる様は岩とは全く異なる。 


「コンクリートを知っているのか。あそこの生活様式は資源的にも木々が主体だと思っていたが。……まあいい」


 壁をガリガリ削る事で落書きをしているシャオを置いて男は建物内に入っていった。


「あ、まってよー!」


 先に建物内に入った男に続き自身も入ろうと扉を押したり引いたりしたが、うんともすんとも言わない。どうしようかと悩んでいると、男が建物内から戻ってきた。


「どうした。入らないのか」

「それがさ、扉が開かないんだよ」


 シャオなりに全力で扉をたたくが、力が弱く、ぺちぺちとしか音が鳴らない。男はしばらく無言で見つめていたが。仕方がないとでも言いたげに首を振る。


「次に行くぞ。お前が入れないのなら話にならない」

「はぁーい」


 そのままいくつかの建物を見て回ったのちに、ひとつの建物の前に立ち止まる。

 他の建物と比べヒビが目立っているおり、割れた窓からは風が吹き込み、一枚の大きなカーテンが風に揺らめいていた。

 ただ幸いなことに、目の前の扉はシャオ一人の力で開閉ができる程度の軽さだった。


「劣化が早いって言ってたけど、大丈夫かな?」

「メンテナンスが欠けている現状では、せいぜいが……。まあ何にせよ、お前にはなんの問題もない」

「わかった!じゃあお邪魔しまーす!」


 男のお墨付きを得たシャオは飛び込むように入った。内部は酷く荒れていて廃墟そのものだったが、家具がある程度残っている様子から、もとは住居だったことが伺える。


「この街には誰も住んでいないのかい?」

「ああ。動ける奴は一体も残らずな」

「じゃあ街に残ってる人に挨拶しに行こうよ」


 「引っ越しの挨拶だ!」と意気込むシャオを見て男は首をかしげるが、少女の勘違いに気が付くとすぐに訂正した。

 

「動ける奴はいないと……。ああ、そういう事か。街の住人は皆出て行った。もう誰もいない」

「え?そうだったんだ。んー、ちょっと安心したかも」

「なぜだ?人間は集団での生活のほうが安心するだろう」


男は不思議そうに問いかける。シャオは振り返り、当然のように自身の考えを話した。

 

「だって住んでる人がいたら勝手に入っちゃダメなんだよ。おじゃしますって言わないと。怒られるんだよ」


 男は色々と何か言いたげにシャオを見るが「……そうだな」と一言に返事をとどめた。

 その後、しばらく建物内を物色しながら駆け回ったのちに、落ち着いたシャオが疑問をこぼす。


 「そういえばこの建物、見た目が一番古かったんだけど、なんでここにしたの?」

「……この建物が一番マシだった」

「マシって?」

「他は元の住人の意向が強すぎて、人間のお前が過ごすには適していない。そもそも扉もここしか開けられなかっただろう。」


 そういったきり黙ってしまった。シャオも建物内で見つけた大きなふわふわの布団を広げてコンクリートブロックを寝床に整える。

 

 外では雨が降り始めたようで、静かな空間のなか柔らかな雨の音が響き渡る。穏やかな音に包まれて、シャオの意識はとろんとして今にも眠りそうだった。


 ポッ……ポッ……ポッ……


 しばらくすると雨漏りも始まったようで、ほとんど眠りについていたシャオの耳にかすかに届いた。かまわずにそのまま寝てしまおうと目を閉じたが、突如目を見開き慌てて体を起こす。


「だめじゃないかー!!」


 大声で叫び立ち上がるシャオ。男は突然の叫び声を受け、跳ね上がるように立ち上がる。


「何があった!」

「これ!」


 そういって男に伸ばす手には、会ったときに男がシャオの頭に被せた笠があった。


「雨漏りしてる!水は危ないよ、金物は水に弱いんだから!頭も体も穴が空いてるだろう?」

「……俺には必要ない」

「必要だよ!ほらほら!しゃーがーんーで!頭に届かないよ!」


 シャオが男の腕を引っ張ると、素直に屈んだので頭に笠をかぶせる。


「俺は水陸両用だと言っただろう」

「聞いたけど、意味がわかんない。本でも読んだことないし。濡れても大丈夫って事なんだろうけど、今の君は頭も体も穴が空いてるじゃんか。私よりも君のほうが必要でしょ?」


 シャオは笠では覆いきれなかった体の破損に雨が入らないよう、手をかざしたり体で覆うようにするものの、すべては覆いきれず、男の周りをグルグル回っている。

 男はそれを見て無言でうつむく。体が大きいのもあって屈んでもなおシャオを見下ろす形となっていた。

 そしてその視線はシャオの手。少女の指にはまる指輪へと注がれた。


「……その指輪は?」

「これかい?村にあったんだ。しかも隠されててね。これはきっと外のものなんじゃないかなってずっと思ってたんだ」

 

 シャオは指にはめていた指輪をふと思い出す。この男と出会うきっかけとなった喋る指輪。今の今まですっかり忘れていた。「どう?」と、男によく見えるように顔の前で手を開く。

 

「ああ、それは通信機だ。ずいぶん古いが、十分使える。だがな」

 

 指輪を掲げると男は指輪に手を伸ばしたが、堪えるように手を引いた。そのまま顔ごとそらして重々しく呟く。

 

「それはお前にとって生命線だ。誰にも見せず、渡さず、落とさないよう大事に持っておけ」

「使い方が分かるってこと? じゃあ君にあげるよ」

「……俺は『誰にも渡すな』といったんだ。お前はそれを奪われたら死ぬと思え。」


 冗談にしてはタチが悪いし、脅しなら余りにも率直すぎる。

 シャオは自身の手を見下ろし、指輪を眺めると、一呼吸置いてから男の顔の前で手を広げた。


 「ツウシンキ、が何かは分かんないけどさ、これは確実に君の助けになるんでしょ?なら私よりも君が持ったほうが役に立つ! 助けてもらってばかりなんだから、私だって君にできることはなんだってやりたいんだよ!」


 男の突然急変したような、どこか線を引いたような冷たい態度に怯まず、下げられた手首を掴み取り、驚いて固まる男の顔のあたりをしっかり見て伝える。

 

(私は図々しい!さっき君がそう言ったんだからね!)


「私を心配して助けてくれた君だから渡したいんだ。受け取らない理由が私の為なら、なおさら受け取ってほしい!」


 それにどうせ使い方もわかんないし。無くても一緒だよ、とシャオはケラケラ笑う。男は差し出されたシャオの手にためらいながらも手をかざし、ぎこちない動きで指輪に触れる。


『生体の承認を確認しました。登録を行います。』


 音と共に光がぼんやりと二人の手を照らし、暗闇の中で仄かに温かい色を帯びる。男はどこか座りが悪そうに、気まずそうに身じろぐ。


「……知ってはいたが、実物を見たのは初めてだ。まさか、俺がね」


 壊れかけた機体の装甲がその光を反射し、シャオの顔を淡く照らす。どこか温かい、ほっとする色合いだ。

 ヴィハーンは登録した事そのものに思う事があるのか、自嘲するように、どこか辛そうな声を出す。それがシャオに伝わることはなかったが。


「見たことが無いのも仕方がないよ。だってずっと楽園に在ったんだもん。それにこれは助け合いってやつだから、ヴィーは気にしなくて良いんだよ」


 先ほどまでの突き放すような態度から一転、何か覚悟を決めたかのような様子に気づかず、少女は安心した様に微笑んだ。


「……お前は気にしろ。会ったばかりだろう」

 

 男はどこか困惑する様に顔を背ける。どうにも落ち着かないのか、ゆらゆらと手を動かしてしばらく虚空を眺めていると。

 しばらくすると意を決した様に、半日前にシャオが求めていた質問の答えを口にした。


「名前を聞きたがっていたな。俺はヴィハーンだ」


 ようやく名前を聞いたシャオは目を輝かせて、満面の笑みが浮かび上がる。


「うん!よろしくね、ヴィー!」


 その瞬間、男――いや、ヴィハーンは。

 

「…………ああ」


 呼吸する必要などないのに息が漏れる。かつての癖の名残だ。


 ――だが、それはそれとして。


 「本当に図々しいとはな。『ヴィー』か。好きに呼べとは言ったが。名前を憶えられないのか?別にいいんだが」


 そうぼやくと、ヴィハーンは立ち上がりシャオから離れると、窓際に向かう。

 

 「どこ行くの? やっぱり嫌だった?」


 シャオは戸惑った様子でついてくるが、ヴィハーンとしてはやるべき事が出来ただけだった。


 ミシ、ミシ……。バツツツツツツツ!


 窓際に寄り、力を込めると勢いよくカーテンを引きちぎる。ちぎれた拍子にカーテンの金具部分が弾け飛び、地面に飛び散る事で甲高い音が響く。


「えぇー! 何してるの、濡れちゃうよぉ!」


 突然のことにシャオは目を白黒させた。風はほとんどないとはいえ、外では雨が降っている。少女は慌てて窓とヴィハーンの間に体を滑り込ませ、壁のように両手を広げる。

 だがヴィハーンはカーテンをローブのように羽織るとまた室内の奥に戻っていった。


「んぇ?」

「これでいいだろう。この種類の布地は雨戸も兼ねている。お前の衣服と似た性質だ。だから寝ろ。この後はデッドラインを越える。……俺だけでは越えれない区域だ。」

「……うん、わかった!」


 カーテンは大きく、大柄なヴィハーンをすっぽり包んだ。それに安心したシャオは寝床に戻ると疲れもあってか、すぐに寝息をたてた。


 雨漏りが本格化してきて、水滴が部屋の至る所に降り注ぐ。しかし機体を布で覆ったヴィハーンが濡れることはない。


「んぬぅ……」


 雨漏りがとうとうシャオにも降り始めた。目覚めはしなくとも、顔に降った水滴に反応し、不快そうに唸り、表情がしわくちゃになっている。

 ヴィハーンはシャオの元へ行くと、ブロックに腰掛け、余った布地部分をシャオを覆うように被せる。

 雨漏りから守られてようやく落ち着いた少女は穏やかな表情に戻り、再び静かな寝息を立て始めた。


 その様子を確認すると、ヴィハーンも消耗を抑えるため、昼までの数時間のスリープモードへ移行した。


 

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