5話 外の化け物
よく見ると腕が、足が、人ではない。父の言葉が脳裏をよぎる。
『人の形にそっくりだけど』『全然違う化け物』
それでも、シャオは一歩、前に出た。
「問題なし! こんにちは! 大丈夫かい? 助けに来たよ!」
難しいことは後回しにし、助けることを最優先にして傍へ駆け寄った。相手も声に反応してわずかに体を起こし、シャオへ喋りながら体を向けた。
「……驚いた。こんな所に物好きがいたとは。最期に、いいものが見れた。」
言葉が途切れ、男は怪訝そうに顔を傾ける。
「信号は出したが、……ん?感知できない。故障したのか、お前も。なら俺を使え。シリアルナンバーは、どう、し……っ」
低い声。男性だろう。急に立ち上がるも力が抜けたようにそのまま崩れおちた。
──ドン、と鈍い音が森に低く響き、振動が周囲の木々を揺らす。頭からずり落ちた笠が泥に沈んだ。
そしてあらわになった姿。体は黒い服などではない、黒い金属そのものが体の輪郭を象っている。光を吸い込むそれは、まるで焼け焦げた鍋の底のように鈍く存在を主張していた。
初めて見る存在にシャオは目を開き、まじまじと見つめる。
(今着てるお祭りの服が外の服かもって思ってたけど、外ではこういう鎧みたいな格好が普通なのかな?それともこれが今の流行とか?)
そんなことを考えつつ改めて彼を観察すると、口は無く、鼻も無い。というよりも、顔面と頭部の一部は砕け、内部から見たこともない構造物が覗いていた。肉でも骨でもなく、細い線や板が幾重にも重なった異様な中身。
(こんなにボロボロなのに喋れてるし、目もないけど、こっちを見てる、よね?)
まじまじと男を観察するシャオをかまわず、男は上半身を起こし見上げ、叫ぶように大声を出した。
「生きている、だと!?」
まるで生存そのものが異常だと言わんばかりの声色。ひどい有様のうえ、その声も荒れていることから、彼も相当混乱しているのがうかがえる。
シャオは初めて見る存在に最初こそ言葉を失ったものの、人は自分より混乱している相手が近くにいると案外落ち着くものらしい。
「え、うん。生きてる、けど。……私死んじゃった? 言われてみれば光る霧の中走ってたし、橋も崩れてたし、確かに知らない間に死んでてもおかしくは!」
全然落ち着いてはいなかった。
突然の言葉にシャオは一瞬ムッと顔をしかめたが、話しているうちに自分でも思うところがあったのか、不安そうな表情に移っていく。
それはそうと、無傷のシャオと違い、酷く体が破損している彼はどうやって動いているのだろうか。
「……。いや、お前は生きてる。その体が珍しいだけだ。そうか、楽園の……。このあたりは、そうだったな」
先に冷静になったのは男のほうだった。「とっとと戻れ」と言い、男は鋼鉄の腕を紙ぺらのように力なく手を振るが、我に返ったシャオとしてはそうはいかない。
(あ、どうしよう。私、つい飛び出してきちゃったけど、このあと何すればいいかわかんないや)
未知の世界に何の準備もできないまま飛び込んだのだ。このまま男と別れたら森を延々とさまようだろう。
ならどうするか。シャオの脳裏にいつかのオドゲレルの言葉が蘇った。
────いいですか?シャオ。人にお願いするときは相手の目を真っすぐに見て、ハキハキと伝えること!
シャオにとって先生とは物知りでいろんなことを教えてくれる、計算を間違えたこともない超人だ。いつだって為になることを教えてくれる先生に疑う要素は何一つなかった。
(うん!わかったよ先生!まっかせて!)
胸を張って、息を大きく吸って、吸って、吸い込み、力いっぱい叫んだ。
「村への橋は壊れました!戻れません!外の世界を知るのが夢でした!分かんないことだらけだから、たくさん教えてください!よろしくお願いします!」
暗い森に似合わない、爆発のような大声が響き渡る。
男は表情を持たないが、ほんの一拍、固まった。そこには確かに唖然とした雰囲気があった。
「……お前、図々しいだろう」
「だって君、悪いやつじゃないし。あと動けるの?最期って言ってたけど元気そうだよ?その鎧かっこいいね。それにシリアルナンバーって――」
「煩い。……これでも被ってろ」
面倒になったらしい男は、先ほど落とした笠をシャオの頭へ叩き付ける様にして被せる。軽そうな動作だったが力が入っていたようで、シャオの頭に当たった際、パコンと音が鳴る。
「んわっ……。え、これ君のだろう?どうして?」
男はだるそうに立ち上がった。その動きに合わせて、欠けた胸部の影が一瞬だけ見えたが、彼はすぐに背を向けた。
「雨がいつ降ってもおかしくない。しばらく被っていろ。」
村では雲こそ出ていたが、太陽はまだ隠れていなかったはず。彼の言葉につられて見上げた空も、特に変わらず雲はうっすらかかって見える程度だった。
「ありがとう。でも君の頭は穴が空いて痛そうだよ?そっちのほうが大変じゃん」
シャオに笠をかぶせたことで、男の頭部を守るものはなくなりむき出しになってしまう。砕けている部分から見える内部には見たこともないほど緻密な部品が詰まっているのがわかるが、果たして、これは見えても大丈夫なのだろうか?
シャオの懸念を察したのか男はぶっきらぼうに説明をする。
「皮膚コーティングが剥がれようとも問題はない。水陸両用だ。濡れても問題はない。それより、お前は雨に降られる覚悟をしておけ。……悪いな、位置機能がいかれてる。大雑把な方向しか分からん」
(全然わかんない。難しいこと言ってる。でも返事はしないと……よし)
「そっか!君はすごいんだね!」
シャオには男が何を言っているのかこれっぽっちも理解できていなかった。とりあえず凄いことを言っている気がしたので、それっぽい返事だけをしてみる。
「は? 何をいっているんだ?」
「あ、違うんだ……」
どうやら違ったらしい。悔しさから顔がしわくちゃになるが、男はシャオの様子は気に留めずすぐに歩き出したのであわてて後をついていく。道中会話もなく歩く以外やることがない。暇つぶしがてら男の様子を見る。
(こんな酷い怪我……?してるのに、しっかり歩いてる。痛くないんだ。でも左右で歩く時の地面を蹴る音が違う。どっちかは調子が悪いのかも)
男はどう見ても本来ならとっくに死んでもおかしくないような損傷をしている。頭部が砕けているのもそうだが、歩くたびに体が傾くのだ。なのに歩く速さはシャオの早歩きと同じぐらいで、苦しそうな様子も見えない。背は曲がってもシャキシャキ歩く元気な老人みたいだ。
無傷のシャオと違い、酷く体が破損している彼はどうやって動いているのだろうか。
(外の化け物、じゃない。人の特徴なんだろな。血は無くて、体は丈夫。私よりも力がある。体の中にはいろんな糸や小さな金属の部品があって。でもスカスカじゃなくて、中身はたくさん詰まっていて……)
「おい、ちょろちょろ動くな。歩きづらい」
観察に夢中になるあまり、シャオは男の足元はずっとグルグル回っていた。男は始めこそ無視していたが次第に距離が近くなってきて流石に無視できなくなったのだろう。ついに苦言を言う。
「ごめん。でも初めて見るし、気になっちゃうよ」
シャオは注意されてすぐに距離をとるが、じっと見続けている。その様子を見てため息をつく。
「あ、ため息ついた。どうやって息してるの?」
「……そこに座れ。ここらで一旦休憩をする。聞きたいことは聞け。触るな」
ちょうどあった倒木に座るよう指示をすると、自身は少し離れた岩にもたれかかる。
「本当? ありがとう! 私はシャオ! 君は? あと痛くないの? ナンバーって? あと……」
「うっとおしい。距離を詰めるな。だからそこに座れ」
シャオはおとなしく倒木に腰を掛けたが、目は爛々と輝いたままだ。
「どうしたの? 話聞くよ?」
「お前が聞きたいだけだろう……」
男は立ったままだ。シャオはいったん靴を脱いで足をプラプラ動かしている。
「じゃあさ、痛くないの? あとため息してたよね? 息はどうやって吸ってるの?」
「触覚はあれど痛覚はない。付けることも可能だが、物好きだけだ。ため息は感情表現で現れるだけだ。発音のための呼吸機能は今は使用していない」
男は淡々と返答をする。一切体の動きは変わらず、顔も無い。文鎮から音だけが出ているような、なんとも不思議な姿だ。
「シリアルナンバーって?」
「機体の製造番号だ。修理の際必要になる」
(私がその『機体』じゃないから一緒にいてくれるってことかあ。優しいなあ)
シャオは笑いながら男をムフ~!とみていると、彼はこれで終いだというように「休憩は十分だな」とつぶやく。
「えっ、まだ一番大事な事が残ってるよ。ほら、君の名前!」
「……アンドロイドだ。好きに呼べ」
『アンドロイド』
村では聞きなれない不思議な響きの名前だ。男のことを呼ぼうと口を開いたが、むむっと眉をしかめる。名前と認識するには違和感を感じたのだ。
「ん~。アンドロイドっていう名前なの?」
その言葉に男は一瞬固まる。気怠そうな雰囲気から一変、シャオのことをじっと見る。
「違う。……そうか、本当に何も、知らないのか。」
「えっと、違うの?なら、な・ま・え!!」
「必要ない。どうせすぐそこまでだ」
そう質問を切り捨てると男は背を向けて歩き出してしまった。シャオは慌てて靴を履いて後を追いかける。先ほどまでとは違い、男の様子に違和感を感じる。
(なにか悪い事しちゃったのかな?怒ってはなさそう。悩んでる、のかな)
シャオは男の後ろをついていきながら原因を考えるも思いつくことはなく、よくわからず、首をかしげながらもそのまま男の後ろをついていく。会話がないまま時間がった。




