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4話 落巣の少女




 この世界と外の境目には崖や河などが挟まっている。どこも変わらず霧によって向こう側をうかがうことは出来ない。

 当然、この世界で唯一の外への橋を渡ったら何と出会うのかさえも。


 石橋はとても大きくて立派であり、誰も手入れをしていないにも関わらず、壊れることなくそこにあり続けていた。大図書館や集会所と同じように、いつからあるかもわからない存在だ。にも関わらず、この二つとは違いひどく不気味に思われていた。

 かつては破壊しようとしたこともあったらしいが、全く持って歯が立たなかったという。

 

 だがそれも過去の話だ。

 

「……何かあると思ったんだけどなあ。何にもないや」


 橋は二年前の地震によりその大半が崩れてしまった。その後も時間をかけて少しずつ崩れ、今では橋として使える部分も残り僅か。

 

 (もう、何とか残ってる部分だって、この瞬間に崩れてもおかしくない。)

 

  シャオはこの村のことが嫌いなわけではないし、街に忌避感があるわけでもない。むしろこの村も、住む人々も、この世界も、全部が全部大好きだった。

 ただ、外を知らないままでいることだけが耐えられないのだ。


 「村のみんなはさ、外を怖い場所って言うけど、この指輪の持ち主は手帳に会いたいって書いてたし。大人が嘘つきなのか、それともこの人が特別なのか。確かめるには、自分で行くしかないんだ。だから、いつかは……」

 

 想いを確認するようにつぶやいて橋に目をやると、ちょうど石の継ぎ目から崩れた砂がパラパラと落ちていた。橋がまた崩れてきている。ついには小石も落ち始めた。ついにこの悩みとお別れの時が来たのだ。そうなったら。



――――もう外の世界には行けないね。

 

 息が詰まり、反射的に立ち上がる。

 

「……!」


 砂の落ちる音が石の落ちる音に変わり、周囲に大きく響く。


 (いいの?明日からのお祭りも、これからの毎日も。大好きな人たちだって、全部ここに置いていくことになる。)


 悩んでいたのはそこまでだった。響きわたる音に焦り、その答えを出すより先に、一歩、前に踏み出す。

 

「でも、ずっとこのままなのはもっと嫌だ!」


 自身の思いを叫ぶと先ほどまでの沈んだ気分と一緒に重だるかった体は一体何だったのか、まるで背中を押されるように体が進んだ。走って、橋を渡って、走って、走って、手を伸ばして、その先へ。

 

 シャオは霧へ吸い込まれるように、楽園から姿を消していった。


 真夜中にも関わらず、影もない濁った光の中を無我夢中で走る。周囲も、地面も、自分の手足さえ霧に溶け込んだかのように見えない。頼りになるのは足の裏から伝わる石畳の感覚と、迫る地響きのような音。

 そして信じるのは自分の方向感覚だけだ。


「……!うわっ!ぐぅっ!」


 途中石を踏みつけたり段差で躓いたりして転ぶこともあったが、何も見えず避けようがない。幾度も倒れるもののすぐに起き上がり、周囲を確認することもなく、再び先を目指していく。

 

 ――ガランガラン

「ひいー!なんかごめん!」


 途中、石でもない何かを蹴飛ばした。その音があたりに響く。

 蹴った瞬間に足先からぞわりと嫌な感覚が走ったが、拾って確かめる余裕はシャオにはなかった。

 

 走って、転んで、また走って。ただひたすらに前を目指して走り続けて。


 そして霧を抜けた瞬間、世界の色が変わった。影のない世界から一転、光を一切感じさせない森がそこにはあった。あえて言うなら月明りだけだ。

 先生の言っていたように、手入れの痕跡も一切ない荒れ果てた森だ。なのに村の森よりも多種多様な植物が生えている。

 ただ、村も季節柄同じように冷えていたはずなのに、どこか心臓に来るような冷たさを感じた。

 

 橋を渡りきり、息を切らせて後ろを見ると橋は既に崩れ切っていた。見えないが、崖の底からは轟音が響いている。村は霧に覆われて様子を伺うこともできないし、もう戻れない。

 だがシャオの胸を占めるのは決して不安などではなく、晴れやかなほどに澄み切った未知への期待だった。

 

 「……よし、戻れないなら、歩くのみ!いくぞ!」

 

 奮い立たせるようにシャオは自身の頬を軽く叩いて気合を入れた。

 そのとき突然指輪が光り、音と共に空中に地図が現れた。じんわりと暖かくなり、指に存在を感じる。

 

『救難信号を受信しました。』

「うわっ!」

 

 突然の声に驚いたシャオは飛び上がり、声の主を探そうと周囲を見渡すも自分以外は誰もいない。

 

「……え?誰!?」

 

【救難信号を受信しました】

 

 再び声がしたことで、一度落ち着こうと手を見ると、音声に合わせて指輪が光っていた。思いもよらない出来事に驚いたシャオは思わず叫ぶ。

 

「もしかして、君がしゃべってるの! ……えっと、こんばんは、かな? どうやって入ったの?」

 

【現在地から直線距離、およそ10.8km。救助要請を受諾しますか?】

 

 どう見ても中には人が入れない指輪が話しかけてくる。でも言葉からして誰かが助けを求めていることだけは分かった。

 

「わあ……。これが外ってやつかぁ。ま、わかんないけど助けを求めてるなら行くしかないよね。よし、案内してよ!」

 

【了解しました。ナビゲートを開始します】

 

 外に憧れていたとはいえ、まさかこんなにも早くに外の洗礼を浴びることになるとは思いしなかった。

 指輪が光り、空中に絵が浮かび上がる。あまりにも面妖な光景に唖然とするが、触ってみても指先に伝わる感覚はなく、なんとも不思議な光景だった。


「不思議だなぁ。でもこの指輪ってやっぱり外の物だったんだね。手帳も虫食いが酷くなかったらもっと色々読めたのに」


 どうすればいいのか、次々と指示が浮かび上がる。暗闇の中に映し出された絵の通りに草をかき分け、倒木を乗り越え、岩を登った先。



 歩き続けて、いい加減飽きてきた頃。そこに一本の巨木が現れた。暗闇に目が慣れたことで月の光が木漏れ日のように木々を照らしている。

 見上げるほど大きく、幹は古い傷だらけで、それでも力強く立っている。

 もっと近くで見ようとすると、その根元にはうずくまっている人が見えた。笠だろうか?被り物で顔は見えない。遠目から見てもわかる大柄な体格からして男性だろうか?


 ……いや、違う。腕が、足が、人ではない。父の言葉が脳裏をよぎる。

 

『人の形にそっくりだけど───』『全然違う化け物』



  それでも、シャオは一歩、前に出た。

 枯葉を踏む音に反応したのか、その影が、ほんの少しだけ顔を上げた。

 金属が擦れる、耳慣れない音がした。

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