25話 日と陰の境目
ヴィハーンがいる。
シャオは言いたいことがたくさんあるはずなのに、それを言葉にしようとすると出すぎてしまうと思い、ぐっと黙り込む。
俯く少女にヴィハーンは気がついていた。なのに動かない。
彼自身、何を話せばいいのか。そもそも関わって良いのかも分からなかった。
お互い伝えたいことがある。なのに気まずい膠着状態が続いていく。
先に動いたのはシャオだった。
ヨタヨタと近づくシャオに、ヴィハーンは跳ね上がるように立ち上がると、下がれる場所も無いというのに後ずさりをしよう足が動く。
「待って!」
シャオの引き留める声に、お互いを縛るものは何もないにもかかわらず彼の機体が硬直した。
シャオは痛むのも我慢して走ろうとしたが、力の入らない足では無理だ。
結局数メートルだけ進んだところで転んでしまった。
「ヴィー……」
シャオはヴィハーンの傍どころか、彼と同じ日陰にさえ入ることができない。
悔しさから再び立ち上がろうとしたが、痛めた足に力を込めたせいで中途半端に起き上がってはまた転んでしまった。
今度は顔から転んだことで額に擦り傷が出来る。
転んだ衝撃で足に巻いた布がほどけ、一緒に巻いていた支えの棒も外れてしまった。
「シャオ!」
血がにじんだシャオの顔を見てヴィハーンは少女の名前を口にするが、その足はためらうように数歩進んだだけで止まってしまう。
それを見て少女は意を消したように伝えたかった事を叫んだ。
「ごめんなさい!」
「なに、が」
突然の謝罪にヴィハーンは困惑する。
彼の様子にかまわずシャオは言葉を重ねる。まるで、今言わねばもう言う機会は無いといったように。
「私、ヴィーにちゃんと言わなかった。他の皆にも! 分からないことはちゃんと言うって約束なのに、全部我慢して、なのに勝手に怒って。しかもバイクも勝手に持っていった! 相棒だって、私が言ったのに!」
ポロポロと泣きながら謝る少女からは、ハツラツさが欠片も感じられない。
むしろいつもが元気すぎたのだ。
そして誰も気がつかなかった。限界を迎えるその時も、ずっと。
呆然とシャオを見る。
(俺は、あいつの何を見てきた?)
集落の住民が捕まっていたあの時、少女は自身の無力さに泣いていた。
だからヴィハーンは唯一少女の弱さを知っている。そんな気になっていた。
楽園がどんな場所なのか、どんな人がいるのかは知っている。
だが肝心の少女に関しては一度も聞いたことなど無かった。
少女がどんな人間なのかなど、知ろうともしたことが無かった。
「……俺も、悪かった」
それが今の彼に言える、精一杯の謝罪だった。
普段の彼らしくない、恐る恐るといったようにシャオに近づく。
涙で顔を濡らしたシャオは泣きながら彼に手を伸ばす。ヴィハーンも躊躇いながら差し伸べた。
日向と日陰の境目をつなぐように二人の手が結ばれる。
◆
「あ! シャオが来た! 恐らくヴィーさんとやらも一緒だ!」
「ヴィハーン君で合ってるよ。うーん」
おーいと手を振るエリオたちの足元には数体ほどメタルが落ちている。
案の定、シャオがいなくなったことでメタルが来たのだろう。
とはいえゲペレペンゲの機能がしっかり隠されているおかげでこの程度で済んでいるのだが。
「ヴィハーン君! 無事でよかった。仲直りもできたみたいで良かったよ」
ゲペレペンゲは心底ほっとしたように、ヴィハーンと彼に抱き上げられたシャオに話しかける。
「ゲペちゃん。あのとき、背中を押してくれてありがとう」
「……僕は何もしてないよ。決めたのはシャオちゃん自身だからね」
ゴス、ゴス、ゴス
鈍い音が聞こえる。ヴィハーンの足元ではポピーが何度も体当たりしていた。
「ふふ、ポピーも君が無事でよかったと……え? 違う?」
怒りを込めるようなタックルだ。ヴィハーンがおもむろに力を込めていく。
「こらこら、いけないよ。今はみんな疲れているんだから。……そっか、あなたが」
エリオがポピーを抱き上げてヴィハーンに向き合う。初対面だというのに、何か伝えたいのかまっすぐに見つめている。
そのあまりにもまっすぐな目に対し、少し身構えて見返すヴィハーンに、エリオはにっこりと笑った。
「ヴィーさんですよね、初めまして。エリオです、シャオの友達です! ヴィーさん強いって本当ですか? 僕いまいち動き方というのが分からなくて、なので教えてほしいんですけどそういうのってどこで覚えたんですかもしかして映画であるような秘境での修行とか伝説の流派とか武装秘密結社的なそういうのが……」
「まずは離れろ」
ずいずいずい! と近づくエリオにヴィハーンはどこか既視感を感じつつ、仰け反りながらその機体のチェックをする。
ナンバーの読み取りをかけたところで驚愕した。
「……お前、ドールか」
「はい、そうです!」
間髪入れず肯定するエリオに、ヴィハーンは更に面食らう。ゲペレペンゲはその様子を愉快そうに見つめていた。
「ヴィハーン君。僕は彼を集落の皆に紹介したいんだ。恩人だしね」
「ゲペレペンゲ、お前、……話せるようになったのか」
「今気がついたの?」
呆れたように堂々と話すゲペレペンゲに、ヴィハーンは一人置いて行かれたかのように混乱している。
そしてふと、バイクを。更には荷台とその中で息をひそめるロボットに目を向けるとヴィハーンの雰囲気が固いものとなる。
「ヴィー。だめ」
抱き上げられていたことで至近距離にいたシャオが、真っ先にその変化に気がついた。
「シャオ、こいつらはアンドロイドではない。ロボッ——」
「ヴィーを探しに行くとき、裸足にならないように服をくれたよ」
本当はアマイズはヴィハーンを見捨てるよう言っていたし、服は強奪した物だったが、それは置いておく。
……翌日に裏切られたとはいえ、あの夜。話を聞いてくれたことで確かに救われた想いもあったのだ。
「…………そうか」
納得がいかないと言いたげのヴィハーンだったが、此処は譲歩する事にしたのかそのまま黙り込む。
「これで夜のぶんの借りは返したからね!」
「あ、あー、うん」
アマイズはシャオの宣言にぎこちなく返事をする。既にシャオの悩みは暴露済みなのと、ヴィハーンの視線は変わらず冷たいままなので、気が気ではなかった。
後日、アマイズに言った内容は全てヴィハーンに暴露されていることを知るとシャオは百面相をするのだが、今は置いておく。
「これから君たちはどうするんだい? 僕とポピーは君たちの集落まで歩いていくつもりだけど」
エリオの言葉にアマイズがすかさず反応する。
「オレ、シャオちゃんと集落行かないと契約達成でいないんだよね。だから俺はバイクね。途中で降ろさないでよ」
「お前が言える立場だと思っているのか? ……まあいい。ゲペレペンゲ、お前はシャオとバイクに乗って集落に戻れ。モルグが心配している」
ヴィハーンがそう言うと、ゲペレペンゲは少し考えたのちにそれを断った。
「ううん。僕はエリオ君と歩いて戻るよ。ステルスシートのバッテリーも十分にあるしね」
ゲペレペンゲは今でこそ動いているが、機体はロボット達の次にボロボロだ。なのに笑って辞退した。
「そうか」
その理由を汲み取れない程野暮ではない。ヴィハーンは特に反応することなくそれを受け入れた。
「ちょっと! 俺らの事ちゃんと守ってよね!」
唯一の希望とばかりにシャオに訴えるが、シャオはしら~と顔をそらす。
見捨てる気はないが、少しぐらいやり返したいシャオに今できる精一杯の嫌がらせだった。




