22話 報い
シャオ達が去り、十数分後。
入れ違いにやってきたフードの男が工場の中から今朝捨てた荷台を押して出てきた。
「ごめん、ごめんな。俺のせいだ」
荷台の中には、運搬しやすいよう変に体の関節が折れ曲がった赤シャツの男がいた。
フードの男の視界では赤シャツの男の表示を読み込むことが出来ず、ただ【処分対象】となっている。
これもすべて、この町に適用されているエリアルールが原因だった。
【契約不履行の禁止】とは。
・本エリアにおいて結ばれた一切の契約の反故を禁止する。
・契約の反故の意思が確認された場合、契約上の期限は失効し、一定の猶予期間を設ける。当該猶予期間を契約の期限とする。
・猶予期間内に契約が履行されなかった場合、契約者の財産および権限を執行対象とする。
この町に設定されたエリアルールは契約をした機体にプログラムを書き込む。
契約遂行の意思に疑問が生じるとプログラムが判断すれば自白プログラムが作動し、そしてそれが決定的なものとなった場合拘束が発動するのだ。
これは、フードの男との会話をきっかけにプログラムが作動してしまったが故の状況だった。
他のエリアルールと比べて拘束までの猶予がある特殊なルールだが、それは真っ当な人が受けられる権利だ。
彼らは人としての権利が剥奪された最下層である。どのエリアルールでも違反時は拘束ではなく、もう不要な存在であるとして処分対象となる。
今回、解除方法はただ一つ。契約を成し遂げる事。
そのためだけに彼らは町に戻ってきた。
「セキュリティどころか清掃も、ロボットが一台もいない。俺たちさ、マジで運いいから。だから、お前だって……!」
彼らは本当に運が良かった。此処のエリアはエネルギー施設とのラインが途切れているので、全て動かなくなっている。
もし公共のロボットに見つかれば即座に処分物として回収されていた。
それに、契約には必ずもう一人が存在する。契約を破られた被害者への配慮として、五つあるエリアルールの中では唯一猶予が設けられているルールだった。
当てが外れたフードの男は周囲に痕跡だけでもないかと見回すが、ただメタルが散らばっているだけだ。少なくとも旧人が出来る事ではない。
昨日見た悍ましいバケモノがここまで来たのだろう。
工場内に入り今朝の旧人を探したが、既におらず。中も外も今朝よりも荒れ果てメタルまみれ。
まさに手詰まりといった現状に、力なく座り込んだ。
「あの旧人、どんな見た目だったか……」
今のように必要に駆られなければ、そのまま忘れていた存在だ。
せっかく手に入れたバイクに触ろうとして、不快な気分になったがゆえに退かした覚えはある。
ようするに、邪魔だったという印象しか持っていない。
思い出せないイラつきから工場の入り口横で立たせたままのヴィハーンを睨みつける。
本来ならこの工場の状況はヴィハーンを処分するには渡りに船といった状況のはずだった。
一度でも絡めとられれば逃げられない大蜘蛛に支配され巣となった工場内はよく知っている。
今ではそれに加え、大量のメタルまで入り込んでいた。
粉砕機を探さなくとも、工場内で歩き回るよう命令すればそれでおしまいだ。
だが少しでも手が欲しい今、この男を手放すことは出来ない。
それに知り合いであるならば、バイクから退かした自分と違い、警戒されずに近づいてくるかもしれない。
そう考えこんでいると、視界の端にコロコロと転がる物が見えた。
ポピーだ。友達の気配を察知した気がしてつい離れた後、戻ったがシャオが工場前に居なかったので、それ以来ずっとこの付近をさまよい転がっていた。
「あのペット、ドールの……」
彼にとって名前こそ知らないが、確かに見覚えのあるロボットペットだった。
自分たちがこうなった原因の根本を思い出す。
部品を調達すべく、ドールを回収しようとしたまでは良かった。なのに、よりにもよって。あのドールが逃げ込んだ先が此処の工場内だったのだ。
内部の巨大メタルに次々と仲間が襲われ、二人は命からがら逃げだした。
……その際に、内部の化け物が出ないように全てを閉じ込めた。
フードの男は無言でポピーに近づく。
自分にかかる影に気がついたポピーが不思議そうに振り向いた。その瞬間思い切り掴まれると何度も地面に叩きつけられる。
「ぴ、ぴぃーい! ぴ!」
ポピーの制止の声が聞こえていないように、何度も、何度も叩きつける。
衝動がそれだけでは収まらなかったのか、今度は片方の手を握りこみ、拳で何度も殴りつけた。
ポピーはその間何度も泣き叫んでいたが、それは止まらない。
「……」
ポピーが声を上げなくなった頃、男の拳も落ち着き、ポピーを地面に落とす。
慌てて逃げようとしたポピーを男は足で踏みつけて動きを止めた。
「お前のご主人が逃げなけりゃ、俺の仲間は死ななかった。あんな最期を迎えなくてよかった。俺はなあ、あんなことをしなくて済んだんだよ!」
そう怒鳴ると、怒りのままに蹴飛ばす。ポピーはなすがまま壁に衝突すると反動で荷台の元まで転がっていき、動かなくなった。
「おい、通れねえだろうが、とっとと掃除しろ!」
八つ当たりも込めてヴィハーンに怒鳴り散らす。自分より立場が上であろうアンドロイドを貶したい思いもあるが、荷台に振動なく通れるようにしたい思いもあった。
一息つき、旧人の行方に思考を巡らせる。
もしかしたら奥の方に入り込んだ可能性もある。再度工場内を探すか、それとも一旦別の場所に範囲を広げるか。
ゴツ……キュルキュル……。ゴツ……キュルキュル……。
その時、音が聞こえてくる。
嫌な予感がして音の発生源に目を向けると、散らばるメタルを退かした道に沿って、赤シャツの男を乗せた荷台が動いていた。
ヴィハーンは別の場所で掃除をしている。なら誰が?
荷台を押していたのは、先ほど動かなくなったはずのポピーだった。
「お前!」
見つかったポピーは最後に一回、強く荷台に体当たりをすると荷台を遠くまで押し出し、反動のままにそのまま転がって工場内に逃げていった。
それを追いかけていると、工場に入る直前に空から鳴き声が聞こえてきた。メタルカラスだ。
警戒のためそちらに顔を向けると、銀の光が急降下していた。行き先は荷台、赤シャツの男だった。
「アマイズ!」
思わず赤シャツの男の名前が声に出る。それは彼が人ではなくなる前のものだった。
大事な仲間を守るためとっさに踵を返し、なりふり構わず走ると餌をとりに来たメタルカラスを握りつぶした。
内部にあったバッテリーごと潰したことで電流が腕を経由して頭部まで伝わり、それにより視界が揺れる。
「ぐっ……。はあ、大丈——?」
仲間を見下ろそうとした瞬間、視界がぐるりと回る。そして続けて来た衝撃と共に視界が消えていった。
最後に見えた光景は、荷台の前に立つ己と、その後ろにいる大柄な機体だった。
◆
赤シャツの男——アマイズは、プログラムにより拘束され、意識をずっと失っていた。
『アマイズ!』
呼ばれた気がして目が覚めたが、フードの男が呼んだ名前にはとんと聞き覚えがない。何かの聞き間違いだろうか。
(ろくに動けないけど話せはするね。にしても契約系かー。挽回できるかな?)
自分をここまで見ていてくれたであろう、横に佇む人影に目を向ける。
はっきりとは見えないが、フードの男だ。礼を伝えるべく、力の入らない機体で感謝を伝える。
「……あ、ありが」
言い終わる間もなく突然フードの男の頭部が消え、その機体が崩れ落ちた。
しかし人影は消えていない。
必死になってその影に焦点を合わせると、そこに佇んでいたのは腕を横に伸ばしたまま、こちらを冷たく見下ろすヴィハーンだった。
驚く間もなくヴィハーンがアマイズから地面に崩れ落ちたフードの男の機体に目を向けると、声もなく踏みつぶした。
アマイズからは見えないが、少なくとももうその機体は使えない事だけは分かった。破壊され、以前のようなフリでもなく動かないフードの男。
「やめろ、やめてくれ……!」
ヴィハーンは踵を返すと残った頭部を破壊するため歩いていく。 必死に声を張り上げるが、足も腕も動かない彼では障害物になることさえできない。
彼に出来る事は、言葉でただ訴える事だけだった。
「そいつは何も知らない! 旧人に助けてもらっておいて、騙したのも、裏切ったのも、傷つけたのも、全部オレなんだ!」
ヴィハーンの頭部に周囲の状況が反射して映り込む。そこにはフードの男の頭部も映っていた。
荷台の中のアマイズは必死になって少しでもヴィハーンの足を止めるために、昨日のシャオとのやり取りを思い出す。そして、少女の悩みも。
「ヴィーが隠す」「知らなくていいと言われる」「自分だけ仲間はずれ」「私は集落の一員じゃなくて、住み着いたお荷物なんだ」
シャオがアマイズに打ち明けたこと。
それは、アマイズが見知らぬ他人だからこそ言えたヴィハーンには言えなかった本音だった。
それを聞いたヴィハーンの体が硬直したように固まった。ハッキングされたわけでも、機体に不調が生まれたわけでもない。
ありえない事かのように。なのに秘めていた何かを言い当てられたかのように固まった。
「旧人の子を探しに来た? そもそもあの旧人が一人で来るはめになったのは、お前が原因だろうが!」
別にアマイズはシャオのために言ったのではない。少しはあったかもしれないが、全てフードの男から目の前の化け物を遠ざけるための言葉だった。
だからこそ隠し立てや付け加えることはせず、聞いた全てを暴露した。
それでも足りないと、彼は続ける。それは集落のアンドロイド達では決して考えもつかない意見だった。
「赤の他人のオレでもわかったよ。必死になって手を伸ばすあの子の手を抑えて、ろくに向き合わずに、そのくせ守る? アンタが隣に置くべきなのは旧人じゃなくてロボットペットだ、馬鹿野郎!」
そこまで言ったところで、アマイズは荷台ごと吹き飛ばされた。近づくヴィハーンはどこか重い足取りだ。
「……御託は済んだか」
ただでさえ機体が捻じれ曲がっているアマイズは何とか機体を動かして時間稼ぎを続けようとしたが、その衝撃が決定打となり再度意識が途切れてしまった。
ヴィハーンは警戒するようにアマイズを観察する。何もないとわかると今度こそ破壊するために近づき、手を伸ばした。
——チャリン
機体から力が抜けた彼を見下ろす。そこにはシャオの指輪があった。いや、あるのは知っている。その回収が目的なので、無い方が困る。
だが、どうしても。
『ヴィー』
今の自身をシャオに見られたような心持になった。なってしまった。
ノイズが今までにないほどに酷くなる。何かに見られているような不安感が強まり、更にはまるで冷却液が内部で漏れ出たかのような鋭さを伴った感覚域の異常作動が発生する。
ヴィハーンは指輪に向かって手を伸ばす。
それは求めるためと言うよりは振り払うような、視線を遮るかのような動きだった。
それにより何かが途切れたような感覚がする。
そのまま立ち尽くした彼はついに頭を抱え、しばらくすると逃げるようにその場を去っていった。




