21話 一人も欠けずに
シャオは最後の角を曲がると、今朝まで寝泊りしていた場所にようやくたどり着いた。ここから先はエリオの案内のない、全てが手探りの暗闇だ。
ただシャオの予想通り、今朝から変わらずこの場所には蜘蛛の巣が無い。
巣を張る蜘蛛のメタルはすでにおらず、今朝から今までの間に此処に襲来したメタルは残らず巣に囚われた。
(大丈夫。何となく覚えてる)
工場内では数少ない、警戒は欠かせずとも手を伸ばせる場所だ。手を伸ばし、記憶をもとに一歩ずつ先へ進んでいく。
メキッ
突然足の裏に、細長い何かを踏みつける感覚が生まれる。そのまま片足を地面に擦りながら周囲を確認すると、他にも同じ細長い物と、紙であろう軽い箱を発見する。
手で直接触れ箱を持ち上げると逆さだった箱から軽い音を立てて散らばっていくことで確信を持った。
「これ……」
シャオが踏みつけたのは、昨日赤シャツの男が投げ捨てた味覚カートリッジとその箱だった。
使い切って、もう用はないと投げ捨てられた——。
「っ……」
それらに触れるたびに彼らを思い出したが、ふと我に返り頭を振る。
ゲペレペンゲが無事集落に帰ることが出来るそのためにも、今やるべきことはシートの捜索と、此処を無事に出る事だ。
今入った部屋の入り口と手元のゴミをもとに、大体の位置を確認する。それを頼りに昨日寝ていた場所へ行くと、他にも修理に使った工具や材料が手足に当たった。
そして手を伸ばした先で、ついにステルスシートを探り当てたのだった。
「——あった! エリー、シート見つけたよ!」
畳んでなお大きいシートを両手いっぱいに抱えたシャオの帰り道は、行きとは別の道だ。
通れる幅が広い代わりに、行きよりもメタルの数が格段に多い。
「シートがかさばるからね。狭い道はもう使えない。危険なうえに遠回りだけど、幅のある道を選ぶよ」
シャオはステルスシートを抱えて再びエリオの案内の下で暗闇の中を突き進んだ。
顔に密着するように抱えていることで産毛が逆立ち、そのふわふわした感覚が顔を刺激してきた。
シートが擦れ合うことで強くなるのか、微かにパチパチと音が鳴るようになる。
(大丈夫、あと少し!)
帰り道には行きは違う利点もある。道幅もそうだが、暗闇から光に向かう事だ。そのおかげで、うっすらとあたりが見えやすくなっていた。
とはいえ、危険であることに変わりはない。
畳んだシートは見た目より軽いが、とにかく大きい。抱え直すたびにガサガサと派手な音が鳴り、そのたびに巣のあちこちでメタル達が身じろぎする気配がした。
「音は気にしなくていいよ。君は獲物じゃないからね。ちょっと気になるだけだよ」
「ちょっとも嫌なんだけど!」
軽口を返しながらも足は止めない。屈んで、跨いで、時には横歩きで。
シートの端が巣に触れそうになるたび、エリオから「ストップ!」が飛ぶ。
(もしシートが巣にくっついたら、剥がすのはきっと無理。くっついた場所のメタルに齧られたら、もうおしまい)
守るものが自分の体とシートの二つになっただけで、帰り道は行きの倍も広いのに、その道のりは倍以上に苦しいものとなっていた。
ほつれた髪が、ぱち、と小さく鳴って顔に張りつく。気を抜くと髪が鼻を刺激してクシャミをしそうだ。
その感覚が鬱陶しくて顔から髪を退かしたいが、両手は塞がっており、払うことが出来ない。
「その調子だよ、シャオ! あと少し、中腰のまま、二歩進んで……、右を向いて四歩。足元にひっかけがあるから気を付けて乗り越えたら……。よし、あとはまっすぐ、僕のところまで一直線だ!」
それを聞いてシャオはようやく一息つき、それまで一歩ごとに確かめていた足場の悪さも忘れて駆けだす。それがいけなかった。
シャオが抱えきれていないステルスシートの端が巣にかかったメタルに掠る。
その瞬間、ぱちりと小さく青白い光が弾けた。
ぎぃ——!
最初にエリオが入ろうとしたときと同じだ。餌の気配を察知した一体のメタルが暴れその震えは糸を伝って広がっていく。ついにメタルが暴れ始めた。
しかし、出口まであと少しで残りはまっすぐ進むだけ。エリオのいる場所まで何一つ垂れ下がる巣の無い、まっすぐな道。
シャオは焦りからメタル達が落ち着くのも待たずに足を速めていった。
「止まって!」
エリオが何かに気がつき制止したがすでに遅く、シャオの足が何かを踏みつけてバランスを崩し転倒してしまう。
両手が塞がっている事で転んだ拍子に受け身が取れなかったが抱えていたシートがクッションとなり、顔から地面にぶつかることは防げたが、衝撃で息がぶれる。
急いで起き上がろうとしたがその時に右の靴の先が蜘蛛の巣にくっつき、体ごと引っ張られそうになった。
巣の外まであと一メートルも無い。なのに伸びた巣がもとに戻ろうとする力により、シャオの体が奥へと引きずられていく。
「……これ、お願い!」
抱えていたステルスシートだけでもと、腕を伸ばし渡す。
すぐにシートが自身の腕から引き抜かれたことでシャオは安堵し抵抗をやめ、そのまま奥へと姿を消していった。
そしてシャオの腕が掴まれる。
「そんなの、ダメに決まっているだろう!」
エリオだ。受け取ったシートを巣の届かない場所に投げるとすぐさまエリオは這いつくばってシャオの腕を掴んだ。
餌が飛び込んできたことを察知したメタル達が、何とか食らいつこうと暴れまわり、先ほどよりもメタルの動きが激しくなる。
「離して、危ないよ!」
「もう忘れたのかい? この道は広いんだ。荷物もないし、気を付けていれば大丈夫だよ」
そう言う彼のシルエットは先ほどよりもスッキリしている。着用していたはずの外套が無い。周囲を見れば、入り口近くの巣には彼の外套が貼り付けられていた。這って進んでも囚われないよう、あらかじめ蓋をしていたのだ。
エリオは下がりながら勢いよくシャオを引きずり出す。
(……痛っ!)
その際に、巣についた靴を置き去りにすることになった。変な脱げ方をしたのか右足首に痛みが走る。だがそれにかまう暇はない。
なんとか脱出したエリオは、シャオにステルスシートを持たせてそのまま抱えると、もう片方の腕でバッテリーを持ち上げてすぐに走り出し、工場から脱出をするべく光の中へ転がり出た。
外に出た瞬間、空が翳った。エリオはその正体を察知すると足を止めるどころか更に速めていく。
シャオが上を見上げると銀色の光がちらりと反射した。鳥型のメタルだ。
工場内が危険であることを知っていたのだろう。中に入らず、外で二人が出てくるのを待っていたのだ。
両手が塞がったエリオでは逃げ回ることしか出来ない。
「やっぱり動物型は頭がいい。虫型とはまた違う厄介さだよ」
細い裏道に入ったことで周囲を旋回しながら左右からの襲撃は防げるが、頭上からの襲撃を防ぐことは出来ない。
何なら避けにくい分、逃げ辛くなったまである。
だが、突然上空のメタルが二人から興味を失ったかのように襲撃を止めた。今残っているのは執着の強いカラス型だというのに。
エリオはその様子を訝し気に見ていたが、カラス達はしばらく上空を旋回すると矢のように同じ方向へ一斉に飛んで行ってしまった。
エリオは足を緩めて周囲をうかがうと、確かに先ほどまで追いかけてきていたメタルがいない。それどころか周囲には虫型のメタルすらいなかった。
「縄張りの外に出れたのかな、何とか撒けて良かったよ。あとはゲペペさんを探すだけだね」
周囲に脅威がいない事を確認して一息ついたが、シャオはメタル達が飛び去った方角を見ている。そしてあることに気がついた。
「ねえ、もしかしてだけど、飛んでった方にゲペちゃんがいるんじゃないかな」
「……あ」
◆
ゲペレペンゲは走っていた。本来の予定では、どこかの建物に籠城し、シャオとエリオを待つだけのつもりだった。
「ぅう、どうしよう、どうしよう!」
二人が安全に出られるように、最初だけだと囮になって走り回るまでは良かった。なんならある程度引き連れたらどこかに籠城するつもりだった。
だが、どの建物も扉を開ける前にメタル達が追いついてくるのでただひたすらに走り続けるほかなかった。
それでも、ここ数日の間このエリアでは散歩をし続けていただけあって地理は把握している。だから二人が戻ってくるまでの間を逃げ続ければいいだけのはずだった。
「道、間違えちゃった……!」
襲撃をいなしながら周回するように同じ道で逃げ続けていたが、先ほどから鳥型のメタルの襲撃が増え、走っていた道からそれてしまったのだ。
止むをえず曲がった道は先が無く、引き返した記憶がある。理由は覚えていないが崩落して塞がっていたのだろう。
瓦礫の山を登るのは手間だができない事は無い。それに、崩落さえ気を付ければ鳥型は難しくとも虫型を撒くことが出来る。
そしてたどり着いた行き止まりは崩落どころか頑丈な建物に囲まれた行き止まりだった。
「あ、終わった。……モルグ、たぶん二人が僕の遺品を君の下へ届けるよ」
目の前の壁を乗り越えるには五メートルほど飛び上がる必要がある。窓を割ろうにも、非常に硬く彼には無理だった。
道を引き返そうにも、戻ったらメタル達と鉢合わせになる。
詰みだ。
嫌な想像ばかり巡るが、何とか良い事も考えようと頭を巡らせる。
痛覚は無いから齧られても痛くはない。ちょっと怖いだけ。部品を撒き散らしながら減っていくだけだ。
良い事が一つも思い浮かばす、彼の機体に残った数少ないビロビロが震えた。
彼から絶えず出る不快信号により、こちらを見失っていたメタルも、もうじき向かってくるだろう。
(やっぱり遺品どころか部品一つ残らないかも。……あ、良い事一個あった)
少しだけ寂しいが、自分が破壊されたとして。それはシャオ達の生存率が上がることにつながる。
彼はそんな事を考え、終わりを前に諦めて目を閉じ、立ち尽くしていた。
その時、すぐ近くで窓ガラスが弾ける。
驚く間もなくそこから飛び出した大きな影がゲペレペンゲを覆って、世界がまるごと暗くなった。
ずしり、と柔らかい重みがのしかかる。
(大型メタル!? いや、違う。これは——布?)
「ゲペちゃん、ただいまーっ!」
「ゲペペさん! 僕らが来たからにはもう安心ですよ!」
聞き覚えのありすぎる声が真っ暗闇の中で弾んだ。
布の外では、直後に追いついたものの獲物を見失ったメタル達が困惑したように蠢いている。
それらが少しずつ、少しずつ遠ざかって——やがて路地は静かになった。
「た、助かったの?」
呆然と呟くゲペレペンゲの上で、シャオがシートの端をぎゅっと握りこんだまま、えへんと胸を張る。
「すごいよね、ナイスタイミングってやつだよ。エリーがね、ガシャーンってかっこよく窓を破ったんだよ。見た?」
真っ暗な布の中、シャオとエリオはシートの内側でボロボロになったゲペレペンゲの機体にぎゅっと抱き着いていた。
三人はぎゅうぎゅうに身を寄せ合ったまま騒いでいる。
「急だったんだし、見てるわけないでしょ。というか窓!? ここら辺って商業地帯だから窓も結構頑丈なんだけど大丈夫?」
「僕は美しいのに格好いいから大丈夫なんです!」
ゲペレペンゲの声は怒っているような、泣いているような。そして抑えられない喜びを滲ませて震えていた。
「あれ、ゲペちゃんのビロビロ減った?」
「囮になるからね。道中使っちゃった」
路地裏では先ほどまでの絶望感が無かったかのように賑やかな声が響く。
三人が窮地を脱したのを表すように、シートにつながれたバッテリーは穏やかな点滅を繰り返していた。




