20話 前を見る二人
ゲペレペンゲが去り、シャオとエリオは窓から外の様子を確認していた。虫タイプのメタル達はゲペレペンゲがすべて引き連れていったというのに、向こうの屋根にとまるカラスのメタルはこちらをじっと見つめている。
「本当だ。ゲペちゃんが言った通り、虫はいないけど鳥のメタルだけはずっとあそこにいる」
「建物内に何人入ったかわかってるんだ。もうしばらく待てば諦めるだろうけど、でもこれ以上時間はかけられない。……それじゃあ、行くよ!」
エリオがひっかけのようにドアノブだけを大きな音を立ててひねると、開くと勘違いしたメタルが勢いよく突撃し、ドアにぶつかる。
そしてワンテンポ遅れてからドアを開けると、エリオはすぐさま地面に落ちたメタルを踏みつぶした。
「先頭はこのまま僕が行く! シャオ、案内は頼んだよ!」
「わかった! エリー、ありがとう!」
そのまま工場まで走り続ける二人。ゲペレペンゲのおかげだろう。ゼロとまではいかないが、道中の襲撃は先ほどまでよりは格段に減っていた。
そしてようやくたどり着いた工場はシャオが出ていった時のまま、出入り口をふさいだ家具が入り口横に倒れたままだった。
「工場って、ここの事だったんだね。でもここって、確か大きな蜘蛛が……」
「大きい蜘蛛はもういないよ。ちょっと前にヴィーが倒しちゃったんだから」
「ヴィーって誰?」
エリオに朝の工場の内部を伝えながら周囲を見回すと、朝は気がつかなかったが、昨日フードの男の充電に使ったバッテリーが落ちていた。そのバッテリーには鎧のようにメタルがびっちりくっついている。
「——……あ」
充電を終え必要が無くなったのだろう捨てられたそれに、心臓が重くなるような感覚に襲われる。
立ち尽くすシャオをよそに、エリオがバッテリーを拾い上げ軽く振ると、くっついていたメタル達は抵抗することなくすぐに振り落とされる。
「これ、充電が結構残ってるね。くっついていたメタルはみんな感電して死んでいるよ」
バッテリーは頑丈なので、小さな虫タイプでは破壊できなかったのだろう。そのうえ充電部に触れた事でまとめてショートを起こしたようだった。
モニターの表示には【バッテリー残量/三十四%】と表示されている。まだ十分に使えるだけの残量だ。
シャオはそれを見ると何かを思うように数秒、少しだけ目を伏せた。
「そう、だったんだ……」
エリオはステルスシートについては何も知らず、電源をアンドロイドにつなげてもいいのか悪いのかも分からない。そのままバッテリーを抱えこみ、一応持っていく事にした。
そして本命であるステルスシートを取りに工場内に入ると、内部を見回したエリオの顔が大きくひきつる。
内部には以前から変わらず細かなクモの糸がいたるところにかかっている。
だが以前とは違い、その全てに大量のメタル達が引っかかり蠢いていた。
幸い、一度引っかかったメタルはそこから抜け出せなくなっており、目の前のメタル達が襲い掛かることはなさそうだとエリオは安堵のため息をついた。
「凄いね、シャオ。君は怖いもの知らずだよ。……シャオ?」
返事が無い事に不思議に思い振り返ると、シャオは驚いたように目を見開いていた。それに加え、あたりを見回してはいるがどうにも焦点が合っていない。
「……ごめん。私、暗くて何も見えない」
とはいえ、完全な真っ暗闇ではないので何かがあることだけは分かる。それを確かめるためにおそるおそる前に進み、手を伸ばした。
その腕をエリオがパシッと掴み止める。
「シャオ、危ないよ! 君の柔らかな素手でメタルなんか触ったら指が無くなってもおかしくない。気を付けて」
シャオの伸ばした指先から数センチの距離には、巣に引っかかったメタルが存在していた。
エリオがそう注意するも、見えないシャオでは気を付けようがない。シャオは不安そうにウロウロとあたりを見回していた。
建物内から光を目指した朝とは逆に、光を背に工場内部へ向かうシャオの目には、暗闇しか存在していない。
指輪の無いシャオではわずかな光程度では先を見通すことが出来ず、足がすくんでしまった。
「うっかり刺激すると襲ってくるから僕が行くよ。奥にステルスシートがあるんだよね。どんな見た目をしているんだい?」
「シートは簡単にまとめて置いたよ。綿とは違って少し硬くてガサガサしてるの。シートはそれ以外ないからすぐに見つけられると思う」
エリオは一言返事を返してバッテリーを床に置き、蜘蛛巣の間を通りぬけようと小走りで奥へ向かう。そしてそのまま進もうとしたその時だった。
ぎぃ——!
巣に引っかかったメタルが、近づいてくる金属の気配を察知し、少しでも貪ろうと一斉に暴れ出した。
エリオは即座に下がり難を逃れたが、目の前の状況を前に難しい顔になる。
「……不味いね」
暴れるメタル達を睨むが状況は変わらない。
エリオは自身の暗視機能で違う場所や天井付近からもルートを探したが同じだ。工場内を自由に徘徊するメタルがいない代わりにほぼ全ての巣にメタルが絡まっていた。
メタル達がひとしきり暴れて落ち着いた後も、エリオはただ悔しそうにするほかない。
シャオはその様子をずっと見ていた。
一つ、目を閉じ大きく息を吸う。昨日とは違い、巣にかかるメタル達から生まれる機械の鼓動が響く広場の中で息を吐き、次に目を開いたときには取り繕ったような自信も不安げな目のうろつきも消えていた。
何かを決めたようにまっすぐと、暗闇を見通すかのように見つめている。
シャオは口を開いた。
「エリー、言葉でルート案内ってできる?」
その言葉にエリオは驚きながらシャオを見下ろし、そしてそれを否定した。
勿論、案内自体は可能だ。だがそのルートにもしミスが生まれたら。仮にルート案内が完璧だったとしても、シャオがほんの少しだけでも間違えてしまったら。
エリオが助けに入る間もなくシャオの命は無いと思ったほうが良い。
とはいえ、シャオとしても譲れない理由があった。
ゲペレペンゲは今この瞬間も囮となって逃げ続けている。此処で出来ないというのは、彼を見捨てる事そのものだ。
それに、傷ついても自業自得の彼女がここまで無事でいるのはほかならぬ彼がいたからこそ。
その彼が集落に戻るためにも、ステルスシートは欠かせない。
「お願い。私ゲペちゃんの助けになりたいの」
エリオだってゲペレペンゲを助けたい気持ちは本物だ。だがそれと同じぐらい、体の脆いシャオが危険な目にあう事は避けたかった。
このまま時間がたてばいずれ限界が来るゲペレペンゲ。シートを取りに行ったら無事かもしれないし、そうじゃないかもしれないシャオ。
天井を見上げ数秒ほど悩むと、覚悟を決めたように「わかったよ」と呟いた。
「……本当に気を付けてね、せっかく友達が出来たのにすぐにお別れなんて、僕は絶対に嫌だからね」
「もちろん。私もエリーに集落の案内したいもん!」
暗闇へ向かうシャオが無事に戻れるよう、エリオは自身の機体の全ての暗視機能を稼働させ、ルート計算を重ねながら少しずつ指示を出す。
「右と前方斜め左にクモの巣が……。止まって! そのまま屈んで。……足元高さ五センチにクモの糸が一本。転ばせるためのものだね。粘着性も無いし他の巣にもついてないから触っても良いよ。……そう、その調子」
進むにつれて、シャオが匍匐前進のように進まざるを得ない場所があったりと、ギリギリの状況に陥らせてしまった事に焦りが生まれた。自身の案内は正しかったのか、間違えていないのかと不安が思考を重くする。
そしてそれよりも苦しい事。
先に進んだシャオは、真っ暗闇で怖いだろうに、エリオの言葉すべてを信じてその通りに進んでいく。
そのことが、立っているのも難しくなるほど辛かった。
次第に指示を出す間隔が広くなり、何度か沈黙が続く。指示を出すたびに失敗が恐ろしくなり目を背けることもしてしまった。
ついには言葉が出なくなったところで、ふとシャオの体の動きではなく、その表情に目を向ける。
シャオは不安そうな顔一つ見せず、見えないはずの暗闇の中でも目を開いて、前を見続けていた。
少女はただ、エリオの言葉を愚直に信じて前へと進んでいたのだ。
「……こんなんじゃ、胸を張ってポピーに会えないな」
エリオは手を握りしめ、再度ルートの計算を重ねる。
(見ていてくれ、同居人。どうか二人が無事でいられるように。)
シャオが先へ進むたびに募る不安が計算を狂わせようとするが、そのたびに奮い立たせるように今はいない存在に願っていた。
それからエリオは決して目をそらさず、ひたすらに計算を重ねて指示を出し続けていた。
そしてついにシャオが一夜を明かしたという場所にたどり着く。
そこは別室なのと工場の機械が間に入ることでエリオの視界の外となり、計算が及ばぬ場所だった。
事前に蜘蛛の巣は無かったとは聞いていたが、物事絶対という事は無い。中で方向感覚を失い、メタルに触れてしまったらどうしようもない。
エリオはシャオが奥で立てる物音だけを頼りに、ただひたすら無事を願い続けていた。
何分経っただろうか。突然大きくガサリと音が響いたことで場に緊張感が走る。手探りなのだろう、しばらくの間物音が響く。
無事を願い、じっと耳を澄ませるエリオ。その時、彼の耳に大きな声が届いた。
「——あった! エリー、シートあったよ!」
ステルスシートを手に入れたシャオの声がエリオの耳にとどいた。




