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19話 口約束

 道の真ん中を一台の赤い大型バイクが走っている。その後ろにはロープで繋がれたヴィハーンが火花を散らしながら引きずられていた。


「あいつクッソ重いな。急ブレーキなんかしたら、慣性の法則のままに俺らを潰すぞ」

「まー、それだけ頑丈ってわけだし。性能に期待ってね」


 そのまま雑談を交わしながらバイクが向かう先は、大きな倉庫群だ。壁面には何かの社名が書かれており、搬入口にはコンテナや台車が放置されたまま。二年前まで動いていた物流拠点の一つだ。


「ここの警備ロボ、まだ生きてんだよ。でもこれでようやく攻略できるってな」


 赤シャツの男が目を輝かせながらバイクを降りる。フードの男は接続を確認するように一瞬目を閉じ、背後に命令を飛ばした。


「おーっし。突撃準備、入り口で待機しろ」


 命令を受け起き上がったヴィハーンは、フードの男が指した場所へと歩き始めた。

 ……ロープでつながったままのバイクを引きずりながら。


「は? ふざけんな! 紐ぐらい解いてから行けよ! 命令しなくても普通分かるだろ! 自己判断機能いかれてんのかよ!」


 慌てて一旦停止させ、ロープを解かせる。

 赤シャツの男は倒れたバイクを起こし異常が無いかチェックをしていたが、ふと何かに気がつきヴィハーンを見た。

 

「こいつさ、もしかしてコアのシステム、バージョンアップしてないんじゃない? 下手したらここ五十年ぐらい。だからかな。見てる感じ、命令の効きが変っていうか中途半端なんだよね」

「そういう事か。まじで力だけのポンコツじゃねえか……。いや、何でやってねーんだよ。ロボ堕ちした俺らだって必死こいて金貯めて受けてんだぞ。セキュリティガバガバじゃねえか」


 改めて倉庫前に立つ。

 搬入口はジャミングされており、外から内部は見えない。幸い妨害は入口だけで、中へ入れば問題はなかった。

 ヴィハーンを先頭に倉庫内に入っていくと、内部には巨大な棚がいくつも並んでおり、所狭しと荷がつまれていた。


「ねえ。オレ今、モノクロでしか暗視が作動しないんだよね」

「わかった、俺はカラー識別に切り替えとくわ。どっかでぶつけたか? 他にもなんかあったら言えよ」

「ありがと!」

 

 倉庫内に照明は無く真っ暗闇だ。機体たちは自然と暗視モードに切り替わる。

 物品の点検設備の無い、ただ保管するだけの物流拠点にはよくある構造だ。照明の代わりに、天井や足元には様々なセンサーがある。

 そのことを承知の上でずかずかと無遠慮に歩き回っていた。

 

「見た感じ予備だけど、発電設備が動いてるおかげで保管状況は抜群に良いね」

「前と変わらず色々あるな。やっぱ誰も持ちだせてないってことか」


 フードの男が周囲を見回し、恐る恐ると言ったように棚に積まれた荷に手を伸ばした。

 

「……んじゃ、いくぞ」


 荷に触れたその瞬間、様々な駆動音が押し寄せてくるのがわかる。タイヤの音からモーター音。警備ロボは殆ど停止したのだろう、音の数は少ないが、とはいえ中々な速度だ。


「来た来た来た!」

「相変わらずやばいよね、ここ。エリアルールの代わりに社内ルールがあるはずなのに、アラームも警告も無いとか、実は秘密裏にイケない事してたりして」

「陰謀論者かよ。ウケる」


 棚と棚の間の通路奥からは足がタイヤの警備ロボ。天井からはレールを伝って、銃撃タイプの警備ロボが姿を現す。

 その全てのレンズがこちらを向いていた。

 警告音声も無く、一斉に距離を詰めてくる。だが二人は決して焦ることなく、余裕そうにだらんと立っていた。


「ヤダー、コワーイ。ポンコツくーん。僕たちを守ってよー」


 そうおどけるようにフードの男が命令すると、ヴィハーンは即座に棚の荷の一斗缶を掴み、天井の警備ロボに投げつけた。

 破壊音と共に、地面に落ちた缶から塗料が周囲に飛び散る。

 暗闇で見えないが、明かりがあったら原色が床を染め広がるさまが見えただろう。


「ふざけんな! テメエ、死んでも物資には傷一つ付けんな!」

「うっそぉ。そこまで命令しないとダメなの? チョット、どんなハックしたのさ。すっごく馬鹿になってるじゃん」

「知るか!」


 そう騒ぐ二体をよそに、ヴィハーンは天井から落ちてきた銃の警備ロボを拾うと、その銃口を敵に向けて……

 

「おい、壁も棚も傷つけるなよ」


 ……銃の警備ロボを投げ捨て、向かってくるタイヤの警備ロボへと向かう。相手は先端に電気がほとばしる刺又をもち、そのまま突撃してきた。


「ねえ、あれってセキュリティエリアの拘束具じゃない? おかしいよね」

「まじでやばい事してたんか」


 ヴィハーンはぎりぎりまで引き付けると半歩横にずれ、すれ違いざまに片手で相手の手ごと刺又をつかみ取る。

 そのまま振り返って相手の胴体を蹴り飛ばすと、刺又を掴んだ手がちぎれて本体だけが吹き飛んだ。

 その機体は滑るように二人のところまで飛ばされたが、ぶつかる数メートル手前で突然つんのめるように動きが止まった。

 

 後を追うようにヴィハーンが投げつけた刺又が突き刺さり、その場に縫い留められていたのだ。それに刺又の電流だろう、ひどく痙攣している。

 その機体は痙攣しているうちに次第に外殻の隙間から煙が漏れ出し、ついには動かなくなった。


「ねえ、あれ威力高すぎるんだけど。絶対コアごと焼き切れてるよね」

「違法にもほどがあんだろ……」


 二人がヴィハーンに目を戻すと、手足を虫のように複数生やしたロボットから、一本ずつもぎ取っている所だった。

 眉をしかめて見ていた赤シャツの男が、ふと足元を見回し、とあることに気がついた。


「まじか……」


 二人の周囲だけ、ぽっかりと穴が空くように機体の破片が飛んでいない。先ほどからちょくちょく部品や破片が飛んでは来ているが、そのどれもが手を伸ばしても届かない距離だ。時折こちらに食戟する軌道で飛んできた破片も、すぐに別の物が当たって軌道がそらされた。

 ただ暴れるだけではこのような芸当は出来ない。

 

 しばらくして、倉庫には静寂が戻っていた。次の命令を待つように立ち尽くすヴィハーンの横で、フードの男は嬉々として棚に駆け寄り、物色を始めていた。


「よーしよしよし。邪魔者は消えたな。……おい、何ボケっとしてんだよポンコツ。荷物持てよ」


 フードの男は命令しなければ思ったように動かないヴィハーンにイラつき荷物を投げつけては拾わせている。

 そのうちにヴィハーンが最初に投げつけた一斗缶を拾い上げまだ中身が多く残っている事に気がつくと「勿体ね」と言って、残っていた塗料全てをヴィハーンに被せていた。

 その様子を眺めながら、赤シャツの男は先の事を思い返す。

 

 (あんなの、戦闘用の機体ってだけでは無理なんだよね)


 動き方をインストールしただけでは到底真似できない動き。常に演算を重ねる必要があるだけあって、消耗が激しいはず。

 ふと、今朝方に見捨てた小さな恩人を思い出す。

 

(あの子、こうやって守られてたんだろうな。でもこんなの続けてたら一か月も持たない。出会って数か月って言ってたよね。一体全体どうやって……)

 

 それこそ、日常的に機体のチェックができる場所が必要だ。

 こんな高性能な機体の修理なぞ、自己流のメンテナンスでは危険すぎる。それこそ資格持ちが——。

 そこまで思い当たって、赤シャツの男は目を見開いた。


「修理屋だ、近くに修理屋があるんだ! それも正規の!」

「は? なんでまたこんなとこに。ありえんて」


 赤シャツの男の言葉にフードの男が呆れた目を向ける。だが赤シャツの男は自信があった。赤シャツの男はヴィハーンを触りながら説明をする。


「こいつの戦闘ってさ、無茶の積み重ねなんだよね。外殻よりも深い内殻以降、コア付近に負荷がかかってんの。こんなの半年も持たないはず。なのに今も動いてるんだ。」


 簡単なパーツ交換ならまだしも、部位によっては下手に手を出した事で余計な不調を招くことが多々ある。そのような精密な場所の修理ができるのは修理屋しかいない、と言うのが赤シャツの男の意見だ。

 フードの男は興奮するように話す相方の言葉に耳は傾けるが、それでも半信半疑のままだった。

 

 「そんなんコイツが自分の機体を熟知してるだけだろ。……この地区周辺か」

 

 二年前の災害で動かなくなった機体は、“真っ当”な奴ら、その全て。まともな腕のある修理屋はその筆頭だ。

 とはいえフードの男も頭ごなしに否定するでもなく自身の記録を探り、心当たりを探している。


「……俺さ、地理はネットでその都度見てたからデータ持ってねえんだよ。そいつなら知ってただろうけどな」


 しかし思いつくことは無かった。悔し気に赤シャツの男が腰に巻く黄色いスカジャンを見る。

 

「……ごめんね」

「謝んな。あいつらが逃げられないようにしたのは俺だ」


 荷を物色する気も失せたのか、諦めたように工場の外に出る。

 二人は足元が倉庫内で踏んだ蛍光緑の塗料で汚れただけだったが、ヴィハーンは半身が塗料に塗れており、日光に当たった傍から乾いていく。

 外に出た事で色彩の判別がつくようになった赤シャツの男は、その姿を見ておかしそうにゲラゲラ笑っていた。


「いい色してる! 真っ黒よりよっぽど目に優しくなったじゃん」

「あほ言え。余計目につくんだけど。無駄な警告揺れで、いつ接続が切れるか冷や冷やする」

「警告……。なにそれ?」

「この警告液だよ。 勿体ねえから掛けたけど、しくったわ。さっきから視界がチラチラしてマジでウゼェ」


 キョトンと不思議そうにする赤シャツの男にフードの男は呆れたようにため息をついた。

 この塗料にはそれ自体が注目を促す機能がある。 読み取れるデータは無いとは言え、視界に入るたびに気になるそれは、酷く鬱陶しかった。

 

「あー、言ってなかった。オレ実はそういう標識系全く見えてない」

「やべえじゃん。おまえいつから見えていないんだよ」

「まあ、去年ぐらい。でも分かんなかったっしょ?」

「マジで馬っ鹿! お前今までよく無事だったな」

「周りに合わせたり事前に調べたりすれば大丈夫だよ。まあ今回は【暴力行為の禁止】がどこまでの適用なのかわかんないから不安だったけどね」

「——は?」


 赤シャツの男の言葉にフードの男は信じられないように目を見開く。焦りからか、機体も強張っていた。

 フードの男の剣幕に、赤シャツの男は思わず口を閉じた。フードの男は慎重に言葉を選ぶように赤シャツの男に尋ねる。

 

「……あそこのエリアルールは事前情報とは違って変更済み。今は【暴力行為の禁止】じゃない。まさか誰かと約束なんかしてないよな」

「あー、約束? あったかなあ」


 その時、赤シャツの男自身も知らないうちに埋め込まれたエリアルールが作動した。本来ならそれで自身の状況に気がつくが赤シャツの男はそれがわからない。次第に一種の催眠状態のように目のレンズの焦点が合わなくなる。


【エリアルール 違反の可能性あり。査問に入ります】


 赤シャツの視界へと信号が送られるが、彼の目には映らない。自覚のないままに、自白が始まった。

 

「……あの子に。安全な街まで送るって、言ったぐらいだよ」


 突然ぼんやりとして呟く赤シャツの男に、フードの男が訝し気にする。

 

「あの子? 誰だよ。……いやいい、しゃべんな。黙っとけ」

「そりゃ、あの時はやってあげてもいいかなって思ってたけどさ」

「——まて。おい、こっちを見ろ」

 

 赤シャツの男の様子に、ようやく何かがおかしいと気づきフードの男が掴み掛かるがその自白は止まらない。

 

「仕方がないじゃん! 何事にだって優先順位があるでしょ! 今回だってそうだっただけで!」

「だから、それ以上喋るんじゃ——。お前、『約束』したのか! クッソ!」


 やむを得ず赤シャツの男の首元外殻を一部剥ぎ取り、プラグを直接差し込むとクラッキングを始める。

 なんとか彼の異常行動を止めようとしたが、すでに遅かった。

 

「ああそうだよ! もう、もう今さらなんだよ、もう……——あんなのが約束? あほらしいよね! そもそも安全な場所なんて、あるわけないじゃん!」


【契約の反故を確認 対象が犯罪個体であることを考慮し、処分態勢に移行します】


 ——ばちん。


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