16話 相棒の有無
シャオが集落から飛び出した、直後の事だ。
あと少しのところで気がついたシャオがバイクの速度を上げた事で、ヴィハーンとの距離が広がっていく。
それでも追跡を続けていたが、痛覚機能がその重量を支える足にセーブをかけ、自然と動かしにくくなった。
頑丈さを優先したとはいえ、本来の機体と比べれば格段に質が悪い。
かつての感覚で動かせばすぐに限界が来るのは、自明の理だった。
——何がいけなかった?
はるか遠く、姿が小さくなってしまったシャオに呆然とする。
少女の後ろ姿に手を伸ばし捕まえるように握りしめるが、その手が掴むものは何もない。
大事に抱え込んでいたはずのものが消えてしまった事に、信じられない思いで呟く。
「…………シャオ」
何はどうあれ、このまま追いつくことは出来ない。
すぐに店に戻ると、店の前でモルグとユゥインが呆然とこちらを見ていた。
「ヴィハーン君、まさか見間違いでもなく、先ほどの者は」
「シャオだ。ロボットペットと共にゲペレペンゲの元へ向かった。恐らく行き先は裁縫工場」
状況説明のために簡潔に伝えながら長距離用の装備、バッテリーを積み上げる。
店の備品の無断拝借だが、ユゥインも混乱しており、そのことには気がついていない。
モルグが呆然と呟く。
「まさか、ゲペレペンゲ君が帰ってこないと聞いてか?」
不明。
ユゥインが自身の不注意を後悔するように顔を歪める。
「居てもたってもいられなかったんだろうね。今のあたしらの会話を聞いちゃったのかもしれないし。……ったく、あの子は!」
違う。
だが理由など言えるわけが無い。聞かれたところで答えられない。
まるでヴィハーン自身から逃げ出したかのような、シャオの姿を。
まとめた荷を背負い、布で機体を覆う。
この装備のまま長時間走り続ければ、目的地へ着く前に自壊してしまう。
今すぐにでも走り出したい気持ちを抑え、ひたすら止まることなく進み続けていく。ただひたすら先へ。
損傷なく生存しているのが理想だが、亡骸でも構わない。
——何を考える。死体は要らないだろう。
バイクは既にないと思ったほうが良い。今では希少でしかない部品で組み立てられたそれは、メタルでも、アンドロイドでも、欲しがる奴はごまんといる。一部だけでも回収できれば上々だ。
どちらにせよ、せめて回収せねばならない。
『指輪を』
…………シャオが集落から離れ、時間と共に以前よりもノイズがひどくなる。急がねば。
以前のように、道中にデッドラインがずれ込んでいないのは幸いだった。
そうして黙々と歩いていた所へ、二体の機体が跨がったバイクが向こうから走ってきた。
そのバイクには見覚えがあった。
◆
大きく真っ直ぐな道を、二人乗りの赤い大型バイクが走っていく。
跨がっているのは赤シャツのロボットと、フードのロボットだ。
バイクや荷物、金目の物など、服と機体以外の全てが、シャオから強奪した物で構成されていた。
「ねえ今何キロ出てる?」
「四十。これ以上出せねえ」
「ええ? 性能的に三百はいけるでしょ。プログラムが原因かな……。あとで電子制御系引っこ抜くね」
「初っ端から廃車は勘弁してくれよ?」
カーブに差し掛かった中、遠くに出歩く人影が見えた。大柄な機体だ。
砂埃を避けるためだろう、足首までの長い布を被っており、亀のように膨らんでいることから、何かしらの荷を背負っていることが伺える。
唯一覗く顔の無いヘルメットタイプの頭部は百数年前に生産終了した骨董品だ。
「ん、古そうな機体だね。ごっついなあ。オレ、この機体で生まれてよかった」
「見た感じアンドロイドだわ。いや、ロボか? 布被るとか、自分が機械だと割り切らんとできんて。でも識別はアンドロイドだわ。いかれてんのか?」
近づくほど古い事がよくわかる。酷い損傷を負ったのか、時折見え隠れする部位は全て継ぎはぎで、見ていてとても見苦しい。
「フォルチェン(フォルムチェンジの略。機体の変更)する金が無いとああやって生き恥晒すし。借金してでも……。いまさら無理か。終わったな、あいつ」
散々酷評したその古いアンドロイドとすれ違った瞬間、二人の機体は前方に吹き飛んだ。
正しくは、古いアンドロイドがバイクを掴んで引き止めた事で、慣性の法則に従ってとんで行った、だ。
バイクのロングスクリーンをぶち破り、二体揃って宙を舞った。
「てめぇなにしやがる! コアまで骨董品かよ!」
「いくら強奪のためだからって、やっていいことと悪いことの区別もつかないわけ!」
地面に叩きつけられてなお健在の二人は、突然の蛮行に怒りを示す。
それに対し古いアンドロイドは淡々と。感情を乗せず機械のように口を開いた。
「このバイクの元となった機体の制作者はジーサン。ヒューマノイドだ」
「はあ? あんた何言ってんだよ。つかヒューマノイドって時点でもうそいつ死んでんだろ」
「それをさらに改良したのが、ユゥイン。ジーサンの娘のアンドロイドだ」
「アンドロイドが? 何、ダッチワイフかなんかだったの? まあ売れる媚びは売っとかないとだもんね」
「そして、このバイクは先日、十歳の人間の子供が使っていた」
「……あ」
「あー。何、あんた旧人狙ってたの?」
赤シャツのアンドロイドは思い当たったことに対しひるむが、フードの男はそれを鼻で笑うだけだった。
古いアンドロイドはただ確認のようにバイクを掴んだまま問いかける。
「そいつをどうした」
「しらねえよ。バイクにくっついて鬱陶しかったからどかしたけど、そんぐらいしか接点ねえよ」
フードの男が面倒そうに返す。
「そもそもバイク貰ったのだって俺らの方が必要だったからだし。いい加減どけよジジイ」
そこまで聞いて確認したいことは終わったのか、古いアンドロイドはバイクのスタンドを立たせ、手を放して横に引いた。
「言っておくけど。このバイク、もう俺らのだからね」
「じゃーな、故障品」
すれ違いざま、フードの男が威嚇するように腕を振り上げる。
その瞬間、腕がとんでいった。
「……ぇ」
何が起きたのかを理解する間もなく機体は地面へ二度、三度と叩きつけられる。
無論、フードの男もやられっ放しではなく、抑え込まれていた表面の外殻部分のみを切り離すと、機体の一部をずらし、空振りになった隙を狙って古い男を覆う布を手に取る。
注意がおろそかになっていた足元をすくわれて転がされるも、その勢いを利用してそれを剥ぎ取る。
露になった黒い外殻。どのような損傷をしたのか、腕と同じように機体の大半が継接ぎの大柄な重量機体。物理的な争いが前提だった、前時代の遺物。戦闘型アンドロイド。
ヴィハーンが、シャオを追って、今この場に存在していた。
ヴィハーンがおもむろに後ろへ腕を振るい、背後から掴みかかろうとした赤シャツのロボットを雑に殴りつける。
その一撃で片目の球型レンズがコードが付いたまま、ぼこんと飛び出る。怯み、体勢をくずしてしまう。
ヴィハーンは振り向きざまにそれを追撃しようとした。
「やめろぉおー!」
それを見たフードの男は叫び、彼を止めるために残った手でヴィハーンの片足につかみかかるも、胴体を雑に蹴り飛ばされて二、三メートル先まで吹き飛んでいった。
掴んでいた腕を残し、フードのロボットは動かなくなった。
赤シャツの男は飛び出た球型レンズをもとの場所に押し込み漸く顔を上げた時には、既に目の前にヴィハーンがいた。
「っが……」
恐怖から尻もちをつくも、首を掴まれてそのまま同じ目線まで持ち上げられる。
外殻越しでもコアの位置がわかるのか、黒い腕が赤シャツの胸元にあるコアを破壊すべく、貫かんと腕を振りかぶる。
赤シャツは恐怖から滅茶苦茶に体を動かし、何とか逃げようとすると、衝撃でシャツの内側に隠していたネックレスが、正確にはそのチャームが跳ねて襟元からこぼれ出た。
それが、ヴィハーンの今にも貫かんばかりに勢いよく突き出された手の先に、飛び出た。
それは、蜘蛛糸を縒った頼りない紐と、それに通された、ひとつの指輪だった。
「——!」
ヴィハーンの指先に一瞬、躊躇いが生まれる。
——ストップ
赤シャツのコアを貫く直前の体勢で、ヴィハーンの機体が立ったまま停止していた。
今にも貫かんとする指の先には、無事であることを示すようにネックレスの指輪が揺れている。
フード男のハッキングが間に合ったのだ。男から笑いが漏れ出る。
「ハハッ、電脳戦は不得意か。……いや、逆になんでだよ」
彼はヴィハーンの足を掴んだ際に接続し、蹴り飛ばされた後は機能を停止させたふりをして接続を試み続けていたのだ。
何度接続をかけても失敗したが、なぜかほんの一瞬だけ生まれたヴィハーンの硬直。その一瞬の隙間に滑り込み意識を掌握することが出来た。
「おい、生きてるか」
「マジで……死ぬかと思った……」
ヴィハーンの手から抜け出すと、張り詰めていた糸が切れたように赤シャツは崩れ落ちる。
フードの男がのろのろと身を起こし、ヴィハーンの足から腕を外し自身にはめ込む。
残念なことに最初に飛ばされた腕は接続部の金属が歪んでしまい、付けることが出来ない。
怒りからヴィハーンを蹴りつけるが、外殻は彼らの物とは比べ物にならないほど固かった。
「ねえ、これどうすんの。いっそ自壊させちゃえば?」
「もうやった。中枢はむりっぽい」
かと言って地の果てまで歩き続けろと言ったところで無線接続が切れた途端、また襲いかかってくる事は予想がつく。
中枢制御まで掌握することが出来ず、つなぎ続けるのは手間だが、どうしようもない。
「戦闘型なだけあって丈夫だからな。適当なところで破砕機にでも飛び込ませるか」
赤シャツは、胸元のネックレスのチャーム。正確には、シャオの指輪を握りしめる。
(……キミのなまえぐらい、覚えておけばよかった)
その赤シャツの様子が、ヴィハーンの顔のないヘルメット型の頭部、その滑らかな面に反射していた。




