17話 気づいたこと
<ウェイストドール>
エリオは自身をそう称した。だがシャオにとってそれは聞き覚えの無い名称だ。
「ウェイストドール? それって何?」
初めて聞く言葉だったが、シャオは昨日赤シャツに掴みかかられそうになった時に彼が『ドール』と呼んだことを思い出した。
「さあ? でもみんなそう呼ぶよ」
ウェイストドールと名乗ったエリオ自身も、知っているのは名称だけで、襲い掛かってくる人が全員そう呼んでくるから知っただけの事らしい。
二人して顔を見合わせるが、疑問が解消されることは無い。
エリオは少し離れた場所で物思いにふけるゲペレペンゲに大声で尋ねた。
「ゲペペさーん! ウェイストドールについて何かご存じですかー!」
エリオの発言にぎょっとしたゲペレペンゲは、慌てたように立ち上がってシャオ達の元に駆け寄る。
走り寄る姿は、中途半端に羽が抜かれた鶏のようだ。
「ちょっ……! そういうデリケートな事はあまり大声で叫ばないの!」
この場には三人以外いないにもかかわらず、ゲペレペンゲは周囲に聞こえないようにコソコソと話した。
「ウェイストドールって言うのはね、無許可で作られた機体の事だよ。子どもが欲しいアンドロイドが作ることが多いんだ。人権が無いから私有地でしか稼働が認められなくて、だから、その……」
「だから僕を多くの人が追いかけてきたというわけなんですね。ルールに厳しいなあ」
納得したように相槌を打つが、そのうちに首を傾げ始める。
自分に襲い掛かった人たちがルールに厳しいようには到底思えなかったからだ。
「その割には所作が雑な人ばかりだった気が……」
「ルールの為じゃなくて、部品が欲しかっただけだと思う。エリオ君ってウェイストドールにしては高品質すぎるし」
ゲペレペンゲはエリオの誤解を訂正する。
エリオは機体から衣服までその全てがどれも高品質だ。並のアンドロイドではお目にかかることすらできないパーツばかり。まさに歩く宝箱だ。
そう。高品質すぎるのだ。
そこでゲペレペンゲは一息ついて、恐る恐るといったようにエリオに尋ねた。
「その、も、もしかして君の制作者は、アンドロイドじゃなくて——」
「僕を作った人の事かい? ヒューマノイドだよ。同居人なんだ」
ゲペレペンゲの様子とは真逆で、エリオはあっけらかんと伝える。そこにはシャオが見てきた、ヒューマノイドへの負の感情と言うものは欠片も感じられなかった。
「ヒューマノイド!? ……あれ、親じゃなくて?」
「うん。起動した時からそう名乗ってたからね」
思いがけない情報に、食い入るようにシャオが質問を投げかける。
村では家畜も飼っているし、子供の生まれる過程ぐらい知っている。
そして金属の体のアンドロイドは子供を産むことが出来ない。産めないからこそ、子どもを作るという事までは納得できた。
(でも、エリーを作った人を親じゃなくて同居人って言うのって、なんで?)
仲が悪かった? 労働させるために作った? 飽きられた?
——ヒューマノイドは、皆が言うように、悪い人しかいないのだろうか。
「ねえ、同居人のヒューマノイドって、どんな人なの?」
「シ、シャオちゃ——」
シャオは自分の質問がかなり踏み入ったことだと、口に出してから気がついた。しかし、既に出た言葉は引っ込めることが出来ない。
ゲペレペンゲは慌てるように目をぎょろぎょろさせており、エリオは——……。
「決して問題の無い人では無かったし、いっぱい喧嘩もした。でも、……とってもロマンチストで、優しい人だったよ」
太陽に向かって手を伸ばし、指の隙間から漏れる光がエリオの顔を照らす。眩しかったのか目を閉じると、今度はかつての日々を思い返しながら指折り数えている。
「外に出られない、ネットワークにもアクセスできない僕のために、多くの事をしてくれたんだ」
日中エリオが退屈しないように、その同居人は電子端末ではなく、手でめくれる本を用意したという。
隣の部屋も買い取り壁を抜いた事で部屋を拡張。図書部屋をつくり、さらには温室を作って小さな花畑を用意し、読書部屋まで作り上げた。
「この時にポピーとお隣さんになったんだよ」
エリオは他にも、映画を一緒に見たり、隔離VRで世界旅行の擬似体験。工作をして物づくりもしていた。
さらに同居人は自らの機体を経口摂取可能タイプにし、料理も共に楽しんでいたという。
「エ、エリオ君の同居人って、政府高官? 大企業のCEO?」
「知らないです!」
ゲペレペンゲは体を縮こませている。彼曰く、エリオの生活はアンドロイドは愚か、並のヒューマノイドでもできないことらしい。
残念なことにシャオはエリオの説明がよくわからず、ぽけっとした顔で理解を諦めた。とりあえず話だけは聴いている。
「あの人と別れて、外の世界を知れば知るほど、僕がどれだけ恵まれていたのか。あの人がどれだけ僕を大事にしていたのかがわかる」
エリオは少しだけ気恥ずかしそうに。そして、とても嬉しそうに。
「僕、あの人の事がだいすきだ!」
二人に振り向き、はっきりと伝えた。
その言葉に少女は久しぶりに視界が開いたように感じたが、同時に素直な彼の事が羨ましくなった。
(……そうだったんだ)
視界の開いた分だけ、シャオの胸の詰まりの正体が見えてくる。
シャオは外に出てからの今までを、ずっと流されるままに過ごしてきた。
ヴィハーンだけでない。集落の皆からも、彼に協力するという形で何かを秘密にされ、誤魔化されていた。
それが嫌になって勢いのままここまで来たのだ。
ゲペレペンゲを探すためなのは、確かに彼に聞けば良いという思いがあったが、結局のところ、動くための口実に過ぎなかった。
今までの自身を思い返す。
目隠しするように内緒にしてくるヴィーから離れたくて、ここまで来た。
だが、「教えて」とちゃんと言ったのか。隠され、誤魔化されることに「嫌だ」と言ったのか。
——言っていない。
隠されていると気づきながらも目をそらして、不満なのに黙って。我慢の限界が来ても、結局バイクに勝手に乗って逃げるという形でしか表現できなかった。
(私、ちゃんとヴィーに謝らないと)
傍にいてくれた人を裏切るような酷い事をした。相棒だと言っておいて、なのに話し合うことも無く自分勝手に逃げた。
『シャオ! 何をしてる、馬鹿、戻れぇえ!』
あの言葉は怒りの声じゃない。
今になってようやくそのことに気がついた。




