13話 見知らぬロボット③
工場の奥。入口付近に置き去りにしたバイクのライトは強い光源ではないので奥までとなると、どうしても手元が怪しい程度には暗くなる。
だが、男はもちろん、指輪の補助機能で微かな光源さえあれば見えるシャオも視界には何ら問題は無かった。
大蜘蛛がいなくなった事もようやく確認できたのか、ステルスシートは荷台の外に丸められて置かれている。
『<高純度Spd溶液> 製造:アラブネ工業』『<味覚カートリッジ・アソートセット> 製造:UMA未確糖』『緊急修復キット』
『KJ備蓄バッテリー』『ジャンクボックス』……その他様々。
奥にたどり着くまでに手に取った物を、赤シャツの男が手にしやすいように並べる。そして指示通りにシャオは次々と作業を進めていった。
「じゃ、今度は充電するからコイツの足首引っ張って。接続外すから」
「足に充電口があるの?」
「違うよ。このまま充電すると火花を噴くから外すの。そうやって遊ぶこともあるけど、今はそれどころじゃないし」
修理はLUBANでずっと見ていたが、修理がてらの遊びは見たことが無い。
修理中に遊ぼうとしたアンドロイドは勿論いたのだが……。
『修理中つーのは暇でしょうがねえ。シャオちゃん、此処に電流を当てると煙が出るんだぜ。みるか?』
『おや、思ったより元気だね。人格域を調整してやろうか?』
『大人しくします』
ユゥインが決して許さなかった。これがプロと個人の差と言うものだろうか。
未だ横たわるフードを被ったアンドロイドのジャケットのファスナーを下すと、胸部の外殻が露になる。それに手をかけ指を差し込むと、その隙間へ備蓄バッテリーのケーブルを差し込み接続する。
無事充電が開始され、弱々しかった首のランプが安定した光へ変わった。充電中を示す赤色だ。
「なんで外さないの?」
「ねじ山が馬鹿になっててさ、外すには壊すしか無いんだよね。だから隙間から無理やり差し込んでるの。充電口がマグネットタイプで助かったー」
そういって、『<高純度Spd溶液> 製造:アラブネ工業』を手に取り、缶の封を切り取り開ける。内部は白い液体で満たされており、赤シャツの男は切り取った封を匙の代わりにして液を掬い、取り外した足を抱えて焦げ付いた関節部に流し込む。
「それって偽物のSpd溶液って聞いたけど、使っていいの?」
「あーこれね。固まるまで数時間かかるし、ダマもできやすいから液体繊維としては劣悪どころか別物なんだけど、接着剤としては結構いいよ」
固まった後も柔らかいし。と接着剤兼関節部のクッション材として使う彼に、シャオは思ったことを伝える。
「内部の配線は? 焦げてるし、そのままは良くないんじゃないかな」
「あ、……あー!」
◆
「ジャンクボックスに新しい足があってよかったね」
「処分予定のジャンク品っつても、さすが正規品。正直言って前の足よりも調子いいすわ」
一通りの修理を経て新たに足もついた男は、胸に<味覚カートリッジ・ぶどう> を差し込んで酒を飲んだ大人みたいな声を上げている。
「っかああ~!」
「それってどんな感じ? ぶどうが入ってるの? それとも煙の液?」
「どんな感じ……。ブドウの情報が入ってて、差し込むとブドウだーってなるかんじ。煙の液は幻惑リキッドの事かな。本当はあれが良いんだけど、前に集めたのが全部偽物でさ、みんなでBAD入っちゃった。もうマジトラウマ」
差し込んだ味覚カートリッジは使い捨てなのか、抜き取ると箱に戻し、また新しいカートリッジを差し込んでいる。今度はチョコ味だ。
「よく差すの?」
「あんまり。お金かかるし。それと、食べるって言ってね。聞いたやつによってはメッチャ怒るから。……キミさ、本当は聞きたいことが別にあるんじゃない?」
このまま時間つぶしても良いけど、とシャオの方を見るでもなく、ぼんやりとしながら話を振る。
「……私ね、知りたいことがあって。でもヴィーが、いつも一緒にいる人が、知らなくてもいいって誤魔化すの。だから、その」
気になっていたのは本当だが、なんとなく避けていた話題。
本当はゲペレペンゲに聞くつもりだったが、不在で叶わなかった話題。
喉が止まったかのように言葉が出なくなる。しばらくの間無言の時が流れたが、男はシャオを急かさない。どうでもいいからだ。その中途半端な無関心さが今のシャオには心地よかった。
ようやく意を決すると、腹に力をこめて声を出す。喉からは先ほどまでの張りのある声とは違い、不安そうに揺れる声しか出ない。
「ヒューマノイドって、なに?」
「まあ、ありていに言えば元旧人。いや、当時風に言えば元人間かな」
男は悩む様子も無く疑問に答える。何てことないようにカートリッジを交換する。
無言の間も使い続けたせいで、箱の中身は大半が使用済み。既に残りわずかとなっていた。
「え、そうだったの! ……ほ、他、他には?」
あまりに簡単に答えが返ってきたことに驚くも、この機を逃さぬとばかりに、男に詰めよる。
「ちょっ、危なっ、あっち行って」
詰め寄ったことでその体が差し込んでいるカートリッジに当たりそうになり、男は鬱陶しそうにシャオを押し退けた。
「なんだったかなー。肉体は不便だから機械の体に替えた、だったかな。生身ゼロだから、生体ペットみたいなサイボーグでもないし」
「……それだけ?」
「新たな人類がヒューマノイド、未進化が旧人って分類だった気がする。オレが覚えてるのはそれぐらいだよ。勉強って嫌いなんだよね」
思い出すように目を閉じるが、何も思い浮かばなかったようで再び目を開けた。
そのまま再度カートリッジを交換。レモン味と書いてあり、「すっぺぇえ!」と仰け反っている。だがやめる気はないのか、うめき声をあげている。
「なんでみんな教えてくれなかったのかな」
「ぐ、ぅう。ヒュ、ヒューマノイドってそれだけで特権階級だからさ、もうやりたい放題なワケ。それでさ、被害者も多いんだよね。でもキミは関係ないじゃん? キミの事が大事だから気にしてほしくなかったんでしょ」
「そっか……」
不安の一つが解消されてほっとするシャオの横で、男はやはり耐えられなかったのか、早めにカートリッジを交換した。次の味はハニーバターホイップパンケーキ。どうやらこれで最後のようだ。
まるで救いが来たと言わんばかりにリラックスをしている。
「あーこれ! いいね~! ……ま、もう戻れないけどね」
「なんで!?」
「それこそなんで! だよ。キミさ、あんな高性能なバイク乗って家出しちゃって。許されると思うの? オレだったら絶対許さない」
「い、家出のつもりなんかじゃ」
「まあ今回はこうやって助けてもらった恩があるわけだし、お礼に安全な街まで連れて行ってあげるよ。とりあえず、今充電中の仲間の目が覚めたらね」
「……うん」
使い切った最後の一本を箱に入れると、「はい、オシマーイ」と箱ごと中身を投げ捨てる。
蓋は閉められていないので、投げ捨てられた先で当然中身が散らばる。
あれだけ必要とされていた物がああもあっさり捨てられたことに、どこか胸が苦しくなった。




