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リンホンコード ―暁少女と鉄の男の終末歩き―  作者: 卵掛 小保下
旅する無垢人形〈ウェイストドール〉
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7ー④ フィッシュボウル


 フィッシュボウルが道の反対側からやってきた。空っぽの金魚鉢頭のアンドロイドは立ち止まることなく、歩きながらヒラヒラと手を振る。

 

「あらら、シャオちゃんじゃないの。ヴィハーンもどうしたのさ。まだ仕事の時間でしょ? もしかして頼んでた……うわっ……。ま、頑張ってね」


 面倒ごとは御免だとそのまま去っていこうとする彼を、シャオはバイクに座ったまま身を乗り出し、逃がさないと言わんばかりにスーツに手を伸ばす。

 ボタンの隙間に指を差し込んで、ボタンごと服を握りこんだ。


「今日はもうおしまい! それと、フィッシュさんはこの子の事何か知ってる? 助けて!」

「嫌だよ、シャオちゃんが拾ったんでしょ。お前が責任取るんだよ。わかったら離しな」

「そこを何とかー!」

「はいはい、なんとかなんとか」


 引き留められたフィッシュボウルは面倒そうにため息をつき、そのまま気怠そうにヴィハーンに話しかけた。

 

「ヴィハーン、あんたが付いていながらペットなんか拾っちゃって。元居た場所に戻しな。ユゥインが面倒を見ることになるのが既に目に見えているんだよ」


 どうにかしろとヴィハーンに伝えるも、絶妙に視線が合わない。それでもフィッシュボウルは無言で圧を掛け続けると、ヴィハーンは仕方がなさそうに返答をした。

 

「……俺は止めた」

「失敗してる言葉に意味はないのよ。我儘許しちゃダメでしょ」

 

 フィッシュボウルはヴィハーンをひとにらみしてから、シャオへと視線を移す。

 顔はないが、冷たい目で見ていることが何となく感じ取れた。

 

 先ほどの会話を聞いた感じだと、拾ったペットの世話を押し付けようとしていると思っているらしい。

 その誤解を解くため、シャオは慌てて訳を話す。

 

「ち、違うよ、フィッシュさん。この子、一緒にいた友達とはぐれたんだって。だから何か知っている人がいないか、みんなに聞いて回ってるの」

「ああ、そうだったの。お前なりに責任を取ろうとはしてるのね」

 

 飼育するために拾ったのでは無い事に納得したのか、厳しそうな雰囲気が少しばかり和らぐ。

 そのことにシャオはほっと胸をなでおろした。

 

 しかし、フィッシュボウルはそこで気がついたことがあった。"そもそも、ヴィハーンが聞けばいいのでは?"と。

 その方が手間もかからず、本来ならそちらの方がいい。

 とはいえ、物事はそんなスムーズに進むことはない。

 

「どうやら俺の事が気に食わないようでな。質問に答えん」

「ぴー!」


 ロボペットの怒りの鳴き声にヴィハーンへの怒りと受けた仕打ちが含まれていたのか、フィッシュボウルはまた呆れたようにヴィハーンに顔を向けた。

 

「……あんたね。そんな事したらそりゃ怒るでしょ」


 フィッシュボウルはため息をつくと、ロボットペットに許可を取ってから抱きかかえてグローブの中で滑るように転がし、様々な角度から観察する。

 

 その手つきは慣れているようで問診の口調も優しく、ロボットペットも居心地がいいのか、大人しくされるがままになっていた。

 

「よし、じゃあ最後に。君のモニターは初期設定のままかい? ……そうか。ありがとう」


 あらかた見終わると、最後はあやすように撫でている。

 そしてフィッシュボウルから見たおおよその推測をシャオ達に伝えた。

 一見無傷で何の障害もないが、継続的に強い衝撃を受けた形跡があるので、一度ユゥインに見せた方がいい事。

 ロボットペット曰く、逃げてる時に捕まって、ハンマー投げのように振り回されて飛ばされ、その後ウロウロしてたらバイクに轢かれたこと。

 他にも色々あったが、フィッシュボウルは出身地の推測もしていた。


「このペット、モニターの目の色がヘーゼルだ。ここの土地の子じゃないね」

「なんで目の色でわかるの?」

「地域ごとに種類があって、初期設定で選択できる目の色が微妙に違うのよ。その場所に住んでいる奴らになじみがあるようにね。ここら辺ならブラックかダークブラウンだ。それと西の方から来たんだとさ」


 シャオはロボットペットの栗色の瞳を改めて見つめる。そもそも、変更可能なことを今初めて知った。

 それはそうと。

 

「むむ……」


 シャオは何か言いたげにじとりとフィッシュボウルを見つつも、その手は変わらずフィッシュボウルの裾をぎっちり握ったままだった。

 彼のアイロンのかかってピシっとした服も、そのあたりだけ皺くちゃになっている。

 

「……言いたいことがあるならとっとと言いなよ。どうしたの?さっきまでの喧しさとは打って変わってダンマリしちゃって」

「この子と私への対応に差がある!」

「当然でしょ。お前ね、図々しいんだよ。ちょっとはこの子みたく……。いや、それだけ図太い方がこっちも気が楽だな。どうせ短いんだ。細短いよりは太短い方がこっちも安心するね」


 シャオに向かって鼻で笑うと、ロボットペットを荷台にそっと戻し、今度こそさようならと言わんばかりに手を振る。

 いや、手を振るというよりは、『あっち行け』と言わんばかりにシッシと手を払っている。

 シャオが怪我をしないように手加減はしつつも、その手を振り払うためにぐい~っ……と時間をかけつつその手を引き剥がそうとしていた。

 

「なんかすごく失礼な気がする!」

「事実でしょ。俺達機体は数百、数千。もしかしたら永遠を生きるかもしれないけど、お前は肉体。俺たちが欠伸をしている間に寿命で死んでるような存在なの。お分かり?」


 フィッシュボウルの言葉は、何を今さら、とでもいうように、当然のことを話すような口ぶりだった。

 シャオは普段意識していないが、確かにアンドロイドたちは皆百年は生きている者たちばかりだ。

 

 薄々わかっていたことを改めて突き付けられ、言い返すことが出来ない。

 おまけに、しがみ付いていた手もとうとう引きはがされてしまい、敗北感のようなものを覚える。

 

「ぐぬぬ。じゃあもっとよしよししてよ」

「もう十分してるでしょ……」

 

 その隣でヴィハーンは何も言わず、ただ空を見ていた。


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