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リンホンコード ―暁少女と鉄の男の終末歩き―  作者: 卵掛 小保下
旅する無垢人形〈ウェイストドール〉
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6話 被害者はボール


 さて、少女が運転していたバイクは、アンドロイド用である。

 頑丈さも馬力も、すべてアンドロイド規格だ。撥ねられた存在の安全など欠片も考慮されていない。

 

 ユウインの改造したバイクは、内部だけはシャオを守るために柔らかくなっていたが、それ以外は以前のままだ。

 銀色のボールが衝突したロングスクリーンは、割れてはいないものの、大きくヒビが入っている。


 バイクの操作は、ハンドルを握ったままカチコチに硬直したシャオから、ヴィハーンに交代。

 

 周囲を確認し、敵襲もない安全な場所でゆっくり停車し、少女を残してバイクから降りる。

 そのままぐるりと車体を確認すると、再びバイクに乗って電源をつけた。

 

「車体は無事だ。行くぞ」


 その言葉にぎょっとしたのはシャオである。

 常日頃から当たり屋のアンドロイドや、こちらに襲い掛かる小型のメタルシリーズを跳ね飛ばしている彼女ではあるが、このような罪なきロボットを撥ねたのは生まれて初めてだった。


 しかも、さっきのボールは「ぽぴー」と鳴いていた気がする。

 ……もしかして、悪意も何もない。ただ道を通ろうとしただけのボールだったのだろうか。


「ま、待ってぇ。さっき跳ねたボール叫んでて、……どうしよう」


 焦るシャオをよそにヴィハーンはバイクを操作しようとしたが、何かがおかしい。アクセルが作動しない。

 全く動かないバイクのモニターに目をやる。


【衝撃を感知につき、内部スキャン中。スキャンをスキップして走行モードにする場合は……】

 

 バイクは衝撃により、セルフスキャンモードに入っていた。

 緊急解除も可能だが、その後のユゥインからの小言を考えると、大人しく待った方が気が楽なのだ。


 シャオは変わらずにバイクのモニターではなく、遠くに転がる銀色のボールを見続けている。嫌な予感がしたヴィハーンは近づいてはならない理由を伝えた。


「あれはロボットペットだ。アンドロイドとは全くの別物だ」

「どう違うの?」

「所持品だ。単体ではエリアを跨ぐどころか、室内から出ることもできない。そいつを持ちだした誰かがいる。安易に近づくな……。おい、シャオ!待て!」


 ヴィハーンのも聞かずにシャオはバイクから降りると、跳ね飛ばしたロボットペットに駆け寄る。

 彼もすぐに追いかけようとしたが、バイクはスキャン中だ。

 強制的にスキャンを終了させることも可能だが、不具合があった場合は新たな事故につながる恐れがある。


「……荷物が増える」

 

 周囲にシャオとヴィハーン、ロボットペット以外の気配がない事を確認すると、荷台から金属製の太いチェーンを取り出す。

 バイクの前方にくくりつけると引っ張って動かし、シャオの後を追いかけていった。


 


「ロボットペットとアンドロイドがどう違うのかは、わからないけど!」


 駆け寄った先。少女の足元には銀色のボールが転がっている。

 ボールには丸い白い板がぺたりと付いていた。


 板と言っても、アンドロイドやロボットにある、モニター画面の様な印象を受ける。

 その板はわかりにくいが薄らとノイズがかかっているように見える。

 肉体のように、彼らも気絶をするのだろうか。


「ボールくん! 大丈夫?」

「po、popi……」


 しゃがみこんで声をかけるが、微かに揺れるだけで元気はなさそうだ。

 そのうちにヴィハーンも、バイクを引きながら追いついて来た。

 彼はシャオと違い、屈まずに立ったまま、少女の後ろからボールを覗き込む。


「……このタイプなら尚更問題ない。これで力加減を覚える奴も多いぐらいだ」


 そう人気のあるロボットペットではなかったが、《大気圏外から落ちても砕けない》が販売時の謳い文句であったほど、頑丈さが売りであったらしい。

 高級機種ほど触り心地が良い反面壊れやすく、そのため最初に飼うロボットペットとして、まず勧められていたという。

 

 とはいえ、ボールの状態を正しく把握するためにはスキャンが必要だった。あいにくヴィハーンにその機能は無い。

 指輪も対象が登録済なら判別も可能だが、未登録の物は判別が出来ない。

 

 ゆえに、初めて見るものは、作業系のアンドロイドのところまで持っていく必要があるのだが……。


「そのままにしておけ。傷が有ったとして、俺たちがはねる前からついていたものだ」


 ヴィハーンの答えは変わらずそっけない物だった。

 その言葉に反応するかのように、ボール、もといロボットペットが「po、popiぽ、ぽ……」と呟くように鳴いている。どうやら目が覚めたようだ。

 

 うっすらとかかっていたグレーのノイズが消えると、中心に栗色の丸が現れた。

 白い画面と相まって、銀色のボールに大きな目玉が付いているように見える。


 そのまま見ていると、ロボットペットは栗色の瞳をキュウっと吊り上げ、怒ったように鳴き始めた。


「ぽぴ、ぽぴぴぽぴ!」

「酷い? 車両優先道路にお前が飛び出したんだ。10対0でお前が悪い。そもそも飼い主はどこに行った」


 シャオには鳴き声にしか聞こえないが、ヴィハーンは言葉として認識できるようで、しっかり会話をしていた。内容から察するに、このボールは文句を言っているらしい。

 

 そして今度は何がいけなかったのか、ボールは強い怒りを示すように大きく鳴き、ハチャメチャに転がりだした。

 その様子を見たシャオはボールの進む先に小石を投げては、その球体が踏みつけることで弾けるように砕ける小石を見て、また手ごろな小石を探している。


 ヴィハーンは天を仰ぐと、日光がアイカメラを直撃する。それにより警告画面で視界がふさがれ、何も見えなくなったヴィハーンはもう何もかも面倒になった。


「……わかった。その『友達』とやらはどこに行った」


 諦めてそう尋ねると、暴れまわるロボットペットと、それに続いて小石を投げるシャオの手もぴたりと止まる。

 すると、まるで泣いているかのように画面内の茶色い丸の縁がぐにゃぐにゃと歪んだ。


「ぽ、ぽぴぽ…」

「はぐれたのか。ロボットペットを飼うやつなら、機体もそれなりに良い物だろう。時間は掛かれど、……襲われた? なら既に解体されている。諦めるんだな」

「ぴ!?」


 あまりの言葉にロボットペットは鳴き声の代わりにヴィハーンの脛に体当たりしようとしたが、突撃したところで踏まれて止められる。

 そんな一人と一匹の会話を眺めていたシャオが、思わず疑問を投げかける。


 「あれ? 部品になるのはもう動かないような、壊れたアンドロイドだけじゃないの?」


 シャオは今でこそ動かない機体を遠慮なく漁るようになったとはいえ、以前はあまりいい気分ではなかった。

 だが、機体で生きる者たちはその殆どが魂を別の場所に保管しており(有料)、機体はあくまでも入れ物に過ぎないと聞いてから遠慮なく漁るようになった。

 

 そう。あくまでも”もう動かないような、壊れた”機体の話である。


 そんなことをするのはシャオの知っている限りでは以前に対峙した、赤い捕食型のみ。

 治安の悪そうなアンドロイド達が集落に訪れることもあるが、目当ては修理屋で、住人を襲う輩は見たことが無かった。


「もしかして、またあの大きいのが、どこかの街を占拠してるとか?」

 

 ヒィェエ……と体を震わせて、恐る恐るロボットペットに尋ねるも、それは質問の意図はよくわからないようで不思議そうにしている。

 攻撃の意思は無くなったのかヴィハーンからコロコロと離れるが、相変わらず返答はなかった。


「金が無い奴は機体の交換どころか修理代にも手が回らない。そういうやつは部品持ち込みで修理代を抑える。そのため、機体を狙った強盗は昔から多かった。肉体と違って、機体はいくらでも替えが効くからな。ヒューマノイド相手でなければ罪は軽い」

「よくあるんだ!?」


 楽園とは違う治安事情に愕然とする。

 大人向けの読み物で人の悪辣さが出てくる物語もあったが、あくまでも物語。現実にあるとは思いもしなかった。


「……ぽぴぃ~」

 

 二人が話し込んでいる姿を眺めるのに飽きたのか、あっちにフラフラ、こっちにコロコロと動くロボットペット。

 その姿に気が付くと、シャオはボールを抱き上げるべく屈みこんで手を伸ばす。


「おい、やめておけ。お前には無理だ」

「ん~。でも悪い子じゃなさそうだし、道端に置き去りにするよりは連れて帰ったほうが、友達とまた会いやすいんじゃないかな?」

「そういう意味ではない。そいつの——」


 ヴィハーンが何か言いかけたのを聞き流しながら両手でボールを掴む。そのまま持ち上げるべく力を入れる。


「うぐぅ、う、ぎぃ! お、重ぃい!」

「ぴぷぷぷ」


 ハンドボール程度の大きさのロボットペットだが、想像よりもとんでもなく重かった。

 持ち上げられないわけではないが、覚悟をもって全身力まないといけない。気を抜けばバランスを崩して転んでしまいそうだった。

 それでも歯を食いしばって震える腕でどうにか腰の高さまで抱え上げる。


「もう、ちょっと、で! ……あ」


 だが、達成直前に、その手からボールが消えてしまった。

 

「……そいつの重さは数十㎏。無理だと言っただろう」

 

 見かねたヴィハーンがそのボールを片手で掴み上げる。シャオとは違って、果実をとるかのような軽い動作だった。

 そのままゴミ箱に投げ入れるように荷台に放るとガゴンッ、と重々しい音が響き、荷物に埋もれていく。同時に不満そうな鳴き声も聞こえた。

 

 そんなボールの様子にヴィハーンは目もくれず、バイクのモニターを確認する。既にスキャンは終了とのマークが出ており、問題なく走行が可能だった。

 

「あとは俺が運転をする。これ以上お荷物を増やすのは御免だ」

「ボール君は荷台に置いたままでもそう変わらないけど……。ねぇ、お荷物って、もしかして」


 彼は少しだけ顔をそらし、そのまま画面内の運転手設定をヴィハーンに選択。そのままバイクを走行モードにする。


「無視しないでよ! あ! もうわかっちゃったからね! 私に言ったんでしょ!?」

「黙っていろ。舌を噛むぞ」


 シャオが運転するモードは安全機能がすべてONになっているが、速度が出ない。

 その代わり、ヴィハーンが運転する場合は速度の制限は特になかった。安全機能も無いが。


 周囲の景色が線になるほどの速度で走行する中、シャオの座席周りは多くの保護機能が備え付けられており、比較的快適だ。

 

 だが荷台は誰かが乗ることは想定しておらず、快適さとは無縁の環境だった。


 ガダン! ガダガダッバガン! ゴドンッ!


「ぴぴぴぴ! ぴぴ、ぴぃいー!」


 跳ね上がる荷台の中で、ロボットペットは泣き叫ぶように声を上げ続けていた。



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