4話 シャオのおしごと③
朝の七時
外はとっくのとうに明るくなっているものの、空は雲に覆われている。ただ、雨の気配はなさそうな薄さだった。
「……で、場所……は」
「…そ……ールは、詐……」
昨夜から変わらずヴィハーンとゲペレペンゲが話し込んでいる。
今まで行った街や、集落外のアンドロイド、それらについて情報交換をしている。とはいえ、ヴィハーンもゲペレペンゲも確証をもって話せるのは二年前までの事で、今現在の事は何もわからないのが実情だった。
「……あさ?」
その二人の話し声でシャオは目を覚ました。昨日の夜は起きていたつもりだったが、いつの間にやら眠ってしまったみたいだ。
ぼんやりする頭で眠気覚ましに、手の中の紐で手遊びを始める。ふと、握っていた紐に目を向けると
手の中にはゲペレペンゲのビロビロの千切れたものがあった。
一気に目が覚めてガバリと体を起こす。
「おはよう!」
「ぁ、ぉ、おはよう、シャオちゃん。ごぎ、ご機嫌い、いかが?」
「起きたか。それとゲペレペンゲ。普通に接すればいい」
ヴィハーンにそういわれるも、ゲペレペンゲは恥ずかしそうに眼玉を奥に引っ込ませ、文字通りただの毛玉のようになった。
「ヴィーとゲペちゃんって、もしかして夜からずっとおしゃべりしてたの?」
「ぅん。ぉ、お互い、い、いつも活動する場所も、違ぅからね」
「情報交換だ。と言っても、周辺の大まかな状況が分かっただけだが」
「……あ」
そこでゲペレペンゲが何か思い出したかのように引っ込めていた目玉を戻し立ち上がると、何かを振り落すかのようにモップの体をユサユサと震わせる。
するとどこにしまい込んでいたのか、いくつかのメタルシリーズの機体がどんどん出てきた。
ガラン、ガラガラガラ、ゴトン。
「こ、これ、忘れてた。ここら辺のメタルシリーズ。小型ばかりだけど、だいぶ動きが、違うから」
落ちているメタルシリーズは確保時の傷なのか全てが捻じれ曲がっていたが、相変わらず工芸品のように精巧な姿形だ。
だが、姿は今まで見たものとは生き物の種類が違っていた。
「あれ、虫じゃないね」
「ぅ、うん……。この辺りは、鳥が多い、よ」
ゲペレペンゲが一機ずつ並べなおし、見やすくする。鳥型のメタルシリーズだ。
シャオの脳内に浮かんだのは、以前、上に掲げたメタルカブトムシが攫われた時の事。
気が付いたときには既にはるか遠くを飛んでいた、銀色の鳥だった。
「む、虫型と違って動物型は、状況次第ではシャオちゃんも、ね、狙うと思うから。気をつけて、ね」
「え、なんで?」
今まで遭遇したメタルシリーズはすべて機械部品に夢中で、シャオのほうから手を出さない限り、こちらの事など眼中になかった。
それなのになぜ動物型は違うのだろうか。
「メ、メタルシリーズって、せ、先祖は、アミノ酸系列の生き物だったんだって。そ、そそ、それに、ににに……」
「その名残で生態も非常に似通っていると言われている」
ゲペレペンゲの震えがもう爆発寸前のように大きくなってくる。ヴィハーンは彼の説明を補足するように割り込むと、そのまま地面に並べられた機体のうち一体を指す。
「ここらへんで厄介なのはメタルカラスだ。こいつらは光物が好きでな。煌めく部品や装飾品を持っていれば必ず襲う他にも――」
「黒い布を振ると、襲ってくるとか?」
「楽園にもカラスはいたか。お前が知っている動物の習性はメタルになっても引き継がれていると思ったほうが良い」
その代わり、悪い事ばかりでもないという。ごく稀に巣の中に貴重なものがため込まれていることがあり、それを狙ってあえて巣に突撃するアンドロイド達もいるという。
「僕は歩いてるだけでも襲われる……」
それを聞いてゲペレペンゲが少しだけ切なげにつぶやいたが、思い出したようにシャオの手を、その中にある千切れた彼の一部を見つめる
「もし、よかったら、それ、あげる。あえて引き寄せたい時とかに、使うと良いよ」
「ありがとう! 大事にするね!」
どうやら、ゲペレペンゲのビロビロは本体から離れても有効らしい。シャオは嬉しそうに服のポケットにしまい込んだ。
ヴィハーンが立ち上がり、シャオと一緒に今日の探索の準備を始める。
その様子をゲペレペンゲはしばらく眺めていたが、バイクは建物内に置いていく事に疑問を投げかけた。
「バイク盗られない? それに、メタルシリーズに見つかったらバラバラになるよ」
このバイクが無くなった場合、ヴィハーンだけならまだしも、シャオが集落に戻るのは非常に困難になる。「探索が終わるまでここに居ようか?」と提案もしてくれたが、それについては既に対策済みだった。
「問題ない。ステルスシートがあるからな。これで覆う事で機体の探知からは逃れることが出来る」
荷台から一枚の大きなシートを取り出し、バイクに広げると、シャオの肉眼では何も変わらないが、機体からの認識がシート外へと逸れるようになった。
「ヴィハーン。それって、所持と使用毎に許可が必要な物じゃなかったっけ。何で持ってるの?」
「そもそもどこの誰に許可を求めろと? すべて今さらだ」
「それもそっか。僕もそういうの探そうかなあ」
ゲペレペンゲはそれを聞いて納得し、深呼吸をするように機体を膨らませた。
「僕はまだこの辺りをもうちょっと散歩していくよ。二人とも頑張ってね」
「うん。ゲペちゃんもまた集落でね」
バイバイ、と手を振って、シャオはヴィハーンと共にその場を後にした。向かうはエリア中心部にあると言われる店舗群。裁縫レンガ通りだ。
◆
道中遭遇したメタルシリーズをいなしつつ、様々な店舗を探索する。
依頼の品のうち、<油膜除去剤>と<防錆油>は無事手に入れることが出来たが、<幻惑リキッド>と<A・コア>、<Spd溶液>が一つも見当たらない。
「せっかくウィン姉さんが場所も教えてくれたのになあ」
「<幻惑リキッド>は正しく扱える奴は少ないが、求める奴は多い。既に根こそぎ回収されたかも分からんな。<A・コア>は運だ、どうしようもない。<Spd溶液>に関しては、そうであってほしくは無かったが、まあ……」
ヴィハーンはそこで言葉を区切り、なにやら考え込んでいる。しばらくして、大きなレンガの大通りに到着した。ここが裁縫レンガ通りなのだろう。多くの工場や店が立ち並ぶ中、とある一軒の小規模な工場の前に立つ。
その工場は売り場も兼ねており、素朴で温かみのあるデザインの建物だったが、なぜか入口には大きな家具が置かれ、出入りが出来ないようになっている。
外から建物を調べると、それなりに面積のある建物であることは分かったが、窓は全て金属板でふさがれており、内部の様子をうかがう事が出来なかった。
ガンガンガン!
ヴィハーンは金属板を叩くと、またしばらくの間考えこむように立ち止まる。
この時、シャオの耳には届いていないが、ヴィハーンが金属板を叩いた直後、内部からは軽いひっかくような音が響いていた。
「だろうな……」
面倒だと言わんばかりにため息をついた彼は、道中集めた油のいくつかを機体に掛け、また、周辺にある彼にとっての手ごろな大きさの石を幾つか拾い集めていく。
ある程度集めると、シャオを工場の外側の入口横で待たせ、決して中に入らないように強く言い聞かせた。
内部は暗く、シャオでは身動きをとることも難しいからだ。
「ヴィー、何をするの?」
「内部を確認するだけだ。少々荒事になる。此処で待っていろ」
シャオの待機を確認した後、ヴィハーンは入口を塞ぐ大型家具に手を掛け退かそうとしたが、何かがくっついているように抵抗感を感じさせる。
構わず一息に家具を退かすと、露になった家具の裏側はまるでレースのように白い糸でびっしりと覆われていた。
粘着性があるそれはクモの糸だ。
室内には爪楊枝ほどの太さのクモの糸が縦横無尽に張り巡らされていた。
また、家具で見えなかったが、扉は既に壊れており、一部が残っているだけだった。この家具はかつてここに来たアンドロイドが扉の代わりに置いたものなのだろう。それが何のためなのかはすぐに分かった。
確認のために、部屋の奥へ石を投げる。
ヒュッ……、コン。
——ガシャァアアアン!
石が物音を立てたと同時に、間髪入れずに室内にいた"何か"が石が当たった場所に勢いよく飛び掛かった。着地地点にあった木製の作業台が一瞬にして粉々になり、
振動で工場全体が震える。
ヴィハーンが危惧していた相手が暗闇の中、天井から姿を現した。




