3話 少女、お休みの夜
バイクのライトを消すと全てが真っ暗闇になり、お互いの視界が暗視モードに切り替わる。
ヴィハーンの目に映るゲペレペンゲとは、シャオが言うようなモップに目玉が二個付いたような可愛らしいものではない。
大きなミノムシの人形? あれを見てそう連想できる人がいるとは誰も思わないだろう。
動物の内臓をモチーフにした数多の管を体中から生やし、蠢くその中から飛び出る眼球で、絶え間なく周囲をぎょろぎょろと見定めるアンドロイド。
その姿には多くのアンドロイド/ヒューマノイドが嫌悪感を抱く。
「シャオちゃん凄いよね。僕の事も嫌わずに、傍にいてくれる。嬉しいなあ。前の旧人とは大違いだよ」
「会った事があるのか?」
旧人とは、シャオのように肉体の存在を指す。滅多に〈楽園〉から出る事のない生き物の名称だ。
機体は〈楽園〉に一切干渉できず、外部からの観測もできない。
ゆえに、迷い出てきた旧人がいると聞けば、皆こぞって会いに行くのだ。保護ロボットは容赦なく自分達アンドロイドを蹴散らすので、時間との勝負である。
「いい思い出じゃないよ。前会ったのは……。うん、確か二十年ぐらい前。黒髪の男の子でね。シャオちゃんと同じぐらいの子供だった。怪我してたし、可哀想だったから密猟者から隠そうとしたのに。なんか色々叫んで逃げちゃった。別に捕まえようとしたわけじゃないのに。当時の事は殆ど消してうろ覚えだけど」
事実として、嫌な思い出なのだろう。記録とはショックを受けたものほど強烈に残る。消去指定してもこれほど残っているのなら、それはまさにトラウマとも呼ぶべき事柄だ。
「何故交流を深める」
「ほら、僕らが捕まっていた時。追い散らすつもりで声をかけたんだよ」
それは数か月前。彼らが檻に詰められていた時の事。ミウナインが檻をこじ開けようとしているその隣に、その少女は佇んでいた。
『あー。……そこの黒髪の、三つ編みが素敵なお嬢さん?』
ミウナインを利用しようとする旧人だろうか。こちらに目を向けさせれば怯えて逃げるだろう。そう考えて声をかけたのだ。なのに……。
『こんにちは。私はシャオだよ』
怯えるどころか、にこにこ笑いながら、帽子をちょっと上げて挨拶をした少女。
あの時確かに、ある事も忘れていた何かが満たされたのだ。
「ユゥインさんも良い子だよって太鼓判を押してくれたし。……でもね」
うぞり、うぞり、とゲペレペンゲの機体がうごめく。だがヴィハーンは動かない。ゲペレペンゲの人間性を理解しているからだ。
この状態のゲペレペンゲ。別に暴走しているわけではない。
「誰にでもなつくような子で少し心配。だからヴィハーンのような強いアンドロイドが傍にいてあげてね」
ただ上機嫌なだけだ。〈キモ可愛い〉であるために、彼の機体からはほんの微かに嫌悪感を感じさせる信号が発せられている。ヴィハーンはそれに当てられて話を切り上げそうになるが、その感覚を無視して疑問を投げかける。
「お前はいつもモルグがいないと集落どころか建物からも出ないだろう。それにデッドラインの無いこの街は物資など殆どない。残りカスのようなものだ。何が目的だったんだ?」
その言葉が彼の今回の散歩の目的に刺さったのか、少し体を震わせている。
何かをためらうように眼球をウロウロさせていると、沈黙の中、かすかに音が伝わってきた。
ムシ、ムシ、ムシ。
音の方に目を向けると、シャオが手に持っていたはずのゲペレペンゲの機体のビロビロを寝ながらむしゃむしゃ食べていた。
「!?」
勢いよく立ち上がり慌てて引っ張ると、結構な量が出てきた。気が付かない間にどんどん食べていたらしい。
「……これだよ。この子、なんか幼いよ」
ゲペレペンゲはぽつりとつぶやいた。毛布を掛けなおして、また傍に座り込む。
「子供だ。当然だろう」
「違う。子供なのは変わらないけどさ。赤ちゃんの様な衝動性があると思えば、急に自己申告通り十歳みたいになったり。なんかちぐはぐと言うか」
彼は製造時の初期設定として本来子供の成長に関するデータがあったが、三十二年前に消してしまい、今は存在しない。
とはいえ全て消えた訳ではない。手元に本は無くとも、本を読んだ記憶があるようなもの。
その記憶のおかげでシャオから違和感を覚え、改めて旧人の子供の発達について調べようとしていたのだ。
「今のままでいいだろう」
だが、ヴィハーンは座り込んだまま俯き、ゲペレペンゲではなく、自身に言い聞かせるかのように呟いた。
「あのかみ合わない思考と衝動があったからこそ、あいつは生きている。もう楽園に戻れない以上、今のままにした方が良い。どうせそのうちに死ぬ生き物だ」
遠くから微かにざわめきが聞こえてくる。夜行性のメタルシリーズだ。
メタルシリーズはモデルとなった生き物と生態が殆ど同じで、昼夜で見かける種類が違う。
「ヴィハーンはそれで良いの?」
「俺の事よりも、お前のシャオへの態度をどうにかするんだな。気色悪いぞ」
「だ、だって、嫌われたくない、し……」
今は日付も変わって午前二時。夜行性のメタルシリーズがいつもの日常を繰り返していた。




