1話 シャオのおしごと①
――――衝突事故より二日前。
LUBAN、店舗奥の私室内にて。
時計がカチコチ進む中、少女が一人、下唇を噛んで空中を睨みつけている。シャオだ。
空中の画面に、アンドロイドたちの名前と欲しい物、その報酬が少しずつ入力されていく。
画面上部には【メモ機能】と表示されていた。
「みんなが見るなら良いけど、これ私しか見えないのに。残さなくてもいつも覚えてるじゃん。あーあ、筆でかけたらいいのになー」
ぶつぶつ文句を垂れながら、ムスっと面倒そうに空中のパネルを一文字ずつ指でつつく。
うっかり狙った文字の隣を押してしまい、打ち直すため慌てて消すと、今度は消しすぎてしまった。
「……ぅぎっぎぎぃ!」
わなわなと震え獣のように唸るシャオは、入力作業という苦しみの中に捕えられていた。
これはシャオの指輪の機能だ。本来なら思うだけで入力できるのだが、まだ慣れていない少女では雑念が多すぎて、文章が滅茶苦茶になってしまう。
そのため補助機能としてパネルを呼び出し、一文字ずつ入力していた。
しかしこのパネル、扱いにくい。
反応はするものの実体がなく、指先は空を切る。感触のないまま操作するのは、慣れないシャオにはなおさら難しかった。
「いい加減使いこなせ。……鉛筆やボールペンはないのか?」
荒ぶるシャオに声をかけるのはヴィハーンだ。
二か月ほど前からつい最近まで、所々外殻に赤い部品が見えていたが、今では艶消しの塗装も終え、その姿も元の黒い機体に戻っている。知らぬものからすれば、どこにも不調を抱えているようには見えない、普通のアンドロイドだ。
「鉛筆は村には無いよ、すっごく高いもん。そういえば先生は持ってたかな? でも使ったことはないや。ボールペンは本で見た事あるぐらい。そもそも楽園に無いと思う……っと、よし。おわったー!」
入力を終え、苦行から解放されたかのように晴れ晴れとしているシャオはそのままベッドに倒れこみ、寝転んでリラックスしていた。
「何を言っている。仕事はこれからだ」
そこへ冷静な指摘が入った。
そもそも、シャオの仕事は依頼品の収集であって、メモをすることそのものではない。
入力に必死で肝心の事が意識の外へ飛んでいたシャオだったが、「あ、そうだった」と、キリリと顔を引き締める。
「えっと、確か今、依頼を受けている人は五人だったと思う。……うん、五人だね」
画面を記憶と照らし合わせながら、確かめるように上から順に依頼主の名前と内容を目で追っていく。
【受諾中の依頼】
【フィッシュボウル <油膜除去剤> 「研磨剤タイプね」】
【ナルギレ <幻惑リキッド> 「なんでもいいぜ。たくさんくれ」】
「フィッシュさんって綺麗好きだよね。ナルさんは種類問わず沢山あればOK」
【モルグ <A・コア(破損済も可)>「宝さがしは好きかい?」】
【T.K. <防錆油> 「工具は日々のメンテが大事だからな」】
「モルちゃんは変わらず破損したコアが欲しくて。T.K.(タコのアンドロイド)は……バラさんが千切った腕はもう大丈夫なのかな?」
【ウィンズバーク <Spd溶液> 「裁縫レンガ通りにあるよ!」】
「ウィン姉さんのSpd溶液って、何だろ?」
「機工スパイダーシルクの原料だ。ウィンズバークは駆除業者の一人。仕事に使うんだろう」
「入れ物は?」
「金属缶だ」
発見さえできれば指輪の図鑑に登録され、視界に入った場合に教えてくれる機能がある。
だが見たことが無いので、まずその姿かたちをヴィハーンから聞いて覚えるのであった。
「まずは、ウィン姉さんの依頼からにしようかな。裁縫レンガ通りってどこか知ってる? 初めて聞いた」
「順調に探索して、此処に戻るのが二日後になるエリア内にある」
中々に遠い場所だ。往復の時間だけでアンドロイド達を待たせてしまう事がほぼ確実だった。仕事で使うという事で早めに渡したかったが、難しいだろう。
「あー、そうなると急いでも結構待たせちゃうよね」
「どこがだ?」
悩むように唸るシャオに、ヴィハーンは不思議そうに返す。先ほどの筆記用具での会話もだが、このように常識をすり合わせるのはお互いの日課のようなものになっている。
早くも互いに齟齬が発生したことに気が付いたヴィハーンは、すぐに認識を確認した。
「え?だって二日も待たせちゃう」
少女は実感していないが、生きた年数による時間感覚の差は人間だけでなく、数十年以上稼働する機体も例外ではない。
何秒、何分、何時間、何日。細かなカウントはメモリの負担でしかないのだ。
この集落のように外部との接続に乏しいエリアに住まうアンドロイドなら、なおさらであった。
「アンドロイドにとって、期限を決めていない事柄は数か月待たせた程度では十分に早い方だ。まあ、十年、二十年になると話は別だが」
「そうだったんだ。でも、そこまで待たせたら今度は私が忘れちゃうよ」
「だから記録に残せと言っているんだ。パネル入力が嫌ならとっとと思考入力に適応しろ」
それを聞いた少女はイー!と嫌そうな顔をするが、状況はもちろん、自分の能力も何も変わらない。
「……昔の人は凄かったんだよ。頭の中がスマートでね、勉強もできて何でも知ってて、きっとみんな眼鏡をかけてたんだ」
シャオは言い訳しながらベッドに転がり、畳んであった布団も広げる。不貞腐れて寝ようとしていた。
「そうか。今日は入力の練習日にすると良い。探索は明日だ。備えておけ」
そう言い残し、ヴィハーンは外へ出るべく体を反転させる。
彼はシャオと一緒にいることが多いが、危険区域でなければ共にいる必要はない。
彼自身、急ぎではないものの、やる事はあるので今日はお互い別行動だ。
それに、備えろとは言ったが、シャオがやることは何もない。バイクの荷台には、アクシデントで集落に戻れなかった時のために、長期間滞在用のセットが積んである。準備は既にできているようなものだ。これは頭を使って疲れたであろう少女への、彼なりの気遣いだった。
だが、シャオはそれを聞くとベッドから転がり落ちるように飛び起きて、ヴィハーンにぶら下がるように縋りつく。
「やだあー! 今日、ううん、今から行く! 依頼と宿題は、溜め込んだら後で泣くことになるんだからね!」
ヴィハーンが予想してなかったのは、シャオの気力と体力は有り余っていたという点だ。
やる気があれば体力は回復するような、幼い子供独特の謎生態に関しては、いくら意思疎通をしても、変わらずに理解が追いつくことはなかった。
「それに、ずっと部屋にいたらカビが生えて分解されて、跡形もなくなっちゃうや」
「それが本音だろう」
探索に出かけるべくバネのように飛び出ていったシャオに続き、ヴィハーンも外へと出ていった。
行き先は、先日隣に完成した車庫。バイクや探索用の道具を保管している場所である。




