33話 日常への帰還
次の瞬間、ユゥインが動いた。
まず最も近くのアンドロイドの膝の継ぎ目に棒を差し込み捻る。すると膝がパカリと開いて相手は崩れ落ちてしまった。
次に二歩前に進んで相手の拳をかわし、頭部への攻撃を避ける。
空振りになった拳が味方に当たり、体勢を崩した二人のアンドロイドの目元をユゥインが指先でなぞる。
すると敵は「見えねえ!」「視覚センサーがやられた!」とうずくまって叫んでいた。
そのうずくまった機体達に別の敵が躓き態勢を崩したその背中をユゥインが蹴り飛ばすと、今度は強制スリープモードとなった。
さらに構えている相手に向かって、棒で地面をえぐり、飛ばした土を相手の関節部に噛み込ませた。
動きが鈍った隙に、さらに小石を棒ではじいて別の関節部にも詰まらせて動けなくする。
そして背後からタックルしてきた敵を避けると、すれ違いざまに胸部を叩く。敵は一瞬固まるが何も起きないことににやりと笑う。
だが両手が動かないことに気が付くと、「参った!参った!」と命乞いをする。
あらかた片づけたユゥインは、仕方のない奴を見るようにため息をついた。
「ったく。アンタたち、別のところから来たね? 装備がお粗末だよ、とっとと帰んな。どこも破損させてないし、自分でどうにかするんだね」
ユゥインはけだるそうに立っているだけのように見える。
「修理屋がこんなことしていいのかよ!」
「修理屋だから限度は知ってるし、何かあっても直せるのさ」
ならず者のアンドロイドたちは自分たちで復旧をすると、「くそ、覚えてろ!」と捨て台詞を吐いて逃げていく。
「次は客として来な!」
その後ろ姿に彼女は声をかけて店の中へ戻っていった。
「へ……? イン?」
「ここらは行政の目が無く、治安が悪い。高価な部品を扱っている修理屋は襲撃されることが多い。あいつはその中で数百年店番をしているんだ。強いぞ。」
ようやく追いついたヴィハーンは何があったのかを察すると、彼がユゥインを心配しなかった理由を説明した。それと同時に、シャオの後ろ盾としてとんでもない影響力があることも。
アンドロイドたちにとって、修理屋であるユゥインは楽園でいうお医者さんなのだ。必要不可欠な存在と言ってもいいだろう。
それはさておき。
「か……か……」
「?」
「かっこいい……!」
シャオは目をキラキラさせながら店に走り、飛び込むように入店。ユゥインは丁度持っていた棒を壁に立てかけていたところだった。
「イン!ただいま!」
「ああ、お帰り。今日は……って、ずいぶんと汚れたね」
頭から足先まで砂で汚れたシャオをはたき、汚れを落とす。服はすぐに綺麗になったが、本人はまだ砂だらけだった。
そんなことは気にもせず、シャオは先ほどの立ち回りの感想を忘れないうちに大声で伝える。
「イン、さっきのかっこよかった!」
「ああ、見てたのかい」
特に照れる様子も、気まずそうにする様子もない。ユゥインにとってはこれも日常の一つなのだろう。
「それでね、私にも棒術教えて!」
そうお願いするシャオに難しそうな顔をする。まあ、様子から察するにお断りのようだ。
「あたしがかい?適当にぶん回しているだけで何かの流派でもない。悪いけど他所に……! って、ヴィハーン! てて、てめえ! 今度は何をしでかしたあ!」
だがシャオに続いて帰還したヴィハーンを見て、ユゥインは悲鳴まじりの怒声を上げた。
胸部に穴が空いており、内部が露出。
頭部に穴はないものの、大きくへこむようにへしゃげており、内部の状況はもうお察しである。
片足に至っては消滅し、関節部の金属は捻じ曲がるようにめくれあがっている。
指も殆どが千切れかけており、残った数本のコードによってぶら下がっているだけだった。
もう言葉も出ないようで、ただ絶句し固まるユゥインにシャオが近づく。
「イン、お土産だ、よ?」
シャオも悪いと思っているようで、笠で顔を隠しながらカバンからそっと取り出して、恐る恐るそれを差し出した。
呆然としながら受け取ったものを見ると、それは拳ぐらいの、宝石のようなものだった。
「きれいだから、インにあげたくて、でもこれしか。……ごめんなさい」
シャオは知らなかったがこれは捕食型のコアの中心部、そのさらに一部だった。ガラスと宝石の区別がつかない少女にとっては等しく綺麗なお宝である。
価値があるかどうかは別として。
「これは……」
ユゥインはそのまま受け取り、色々な角度から観察する。宝石用のルーペは要らないのか、代わりに瞳孔が大小変わっていく。
使いどころに悩む代物なのか、はたまた使い物になる代物ではないのか、眉間にしわを寄せて唸っている。
そんなユゥインの思考を遮るようにヴィハーンが話しかけた。
「それとだな、集落の奴らが戻ってくるぞ」
「は!?今までどこにいたんだい、あいつらは!」
手にしていた欠片を乱雑に引き出しに放り投げる。数か月もの間消息不明だった彼らの手掛かりに居ても立ってもいられなくなった。
「やはりセキュリティエリア内部だった。檻に詰め込まれていたぞ。どうやら入ることは出来ても、内部では駆除対象のままだったようだ」
本来セキュリティに捕まるという事は、必要以上の刑罰を受けないという事でもある。警備を担う上級アンドロイドが私刑を行う事は珍しくないのだ。
内部の状況を知らない者にとっては安全が確保されたことに他ならない。
それを聞いたユゥインの体から力が抜けたようにぐったりとカウンターの椅子に座り、安心したように息を吐く。
「っはぁ、あきれた。……これで懲りたらいいんだけどねえ」
だるそうに棚の補修テープを幾つか手に取る。これ以上機体がばらけないように固定をするのだ。修理部品が無い今、できる事はそれしかない。
だがヴィハーンはそれを手で制した。
「負傷者も多数いる。俺は明日以降でいい」
眉を顰めるユゥインをよそに、シャオの服の背をひっつかみ、荷物のように持ち上げる。
突然体が浮いたシャオは足をバタバタさせるも、手足は宙を掻くばかりで何もできなかった。
店の奥にそのまま入ろうとしたが廊下に入る直前、まだ何かあったのかピタリと止まると一言呟いた。
「良かったな」
それだけを残してヴィハーンは去っていった。店内に残るのは言葉の意味が分からず、訝しそうな顔をする彼女一人だけだ。
「……よかった?」
今無理にでもしなければいけない処置でもない。手に持った補修テープを棚に戻し気怠そうにため息をつく。
突然、店の入り口が勢いよく開き、多くのアンドロイドが来店した。
「こんにちはですユゥインさん!」
「ユゥイン、怪我した!直して!」
「腕が外れたんだが、自分でやったら逆になったし戻せねえ!助けてくれ!」
『『ユゥイン!』』
ここ数か月とは打って変わってとんでもなく騒がしくなる。
先ほどまでの気怠さはどこかへ飛んでいき、ぽかんとしているユゥインをよそに、どんどん客が入ってくる。皆、行方不明になっていたアンドロイドだった。
だが彼女の顔に陰りが出る。
「アンタら……。悪いけどね」
直してやりたいのは山々だが、店には部品がない。悔しい思いで顔をしかめる。
その時、「持ってきたぞー!」とまた声が聞こえてきた。
何事かと見ていると、アンドロイドの一人が両手をすり合わせて頼み込んでくる。
「わり、ユゥイン、俺たちいまみんな金がねえんだわ! 部品は持ち込みで勘弁してくれ! 支払いは余った部品を全部回すからさ!」
店の前にはいつの間にやら、複数の赤い台車に多くの部品が山盛りになって運ばれてきた。
動けないアンドロイドも一緒に積まれている。
彼らは今のLUBANの状況を知らないだろう。部品の持ち込みは金の節約でしかない、苦し紛れの頼み事。だが偶然とはいえ、それがユゥインにも救いの手となったのだ。
「……! ハハ! 任せな! ここにいる奴ら全員直してやるさ!」
その言葉に、そこにいる皆が嬉しそうに歓声を上げた。
仕事を請け負うユゥインはどこか生き生きとしている。
彼女の顔からは、影が消えていた。




