30話 煙の大博打
「……、き……」
暗闇の中、声が聞こえる。子どもの声が。
常に苛まれていた苦しみから、ここ数日解放されていたことですっかり忘れていた。
「……ィー、起き……」
亡霊の声は無くなったが、いつもと違い、なぜか子どもの声だけが残った。これは――。
「ヴィー! 起きてよ!」
頭部、集音機付近での大声による衝撃によって意識が覚醒し、体を勢いよく起こす。ぼやける視界の中、すぐ横にはシャオが座り込んでいた。大きな一枚の鱗模様のレザー布を頭からかぶっており、手には合皮の手袋を着用している。鱗模様にはどこか見覚えがあった。
「状況を」
「へ! あ、えっとね……」
飛び起きるや否や、状況説明を即座に求めるヴィハーン。そんな彼にシャオはたどたどしく説明した。
ヴィハーンが串刺しになった後、捕食型の周囲に多くのセキュリティロボットが集結し、次々と部品になったこと。
保護ロボットが壊れた後は、捕食型に乗せようとしているが、どうやらシャオを無傷で捕まえたいらしく、遠回りな方法で捕まえようとすること。
シャオをかばったミウナインが集中的に狙われたので、一時的に離脱したこと。
そして集落のアンドロイドたちは……。
シャオが指した先を見て、ヴィハーンはとても現実とは思えなかった。
視線の先には、集落のアンドロイドたちが塹壕を作り、動きの早いアンドロイドが場をかく乱させたりと、無駄の一切ない連携をしている。
普段の彼らを知る者にとっては世界が終わってもあり得ない光景だった。
「うぉらああ! ナルギレえぇぇ! いつまで走ればいいんだこれえ!」
バラヌスがシャツの中に入れたシャオの笠をかぶせた人形を大事に抱えて、ひたすら走り回っていた。その背中は皮がはがされており、銀色の外殻が露出している。
シャオの被っている布は、正確には彼の皮であることが判明した。
その後ろをセキュリティロボットと捕食型のアームが付け狙っている。アームは最後に見た時と違って金属のロープのようなものから、どこか芯を感じる金属のホースのようで、グネグネと動くことも可能なようだった。
「さっきペナルティが解除されたばっかだろうが! それまで寝てたんだ。走り始めぐらい気張りやがれ!」
あたりにうっすらと煙を漂わせていたのはナルギレだ。視界がぼやけていたのはそのためだった。
「よお、寝坊助。随分いい夢見たようじゃねえの。大変だったんだぜ? お前さんを寝かしつけるのはよぉ」
ナルギレは軽く話すが、いくら酷く破損していたとはいえ、戦闘型の本気だ。自身が暴れていたとしたら意識がなかった分、リミッターも作動していなかったはず。
誰も欠けてはいないように見えるが、彼らの破損の何割がヴィハーンによるものかわかったものではない。
そう話すと、ナルギレはゲラゲラ笑いかけて、シャオがいるのを思い出すと咳ばらいをした。
「お前さんは集落の奴らを誰も傷つけとらんよ。文字通り、煙に巻いたのさ」
シャオに配慮してか、安心させるように穏やかに語り掛けるが、普段のナルギレを知っているからだろう、ヴィハーンは面倒臭そうにする。
「普段から真面目にしておけばミウナインが噛みつくことも無いんじゃないか?」
「ハッハァー! ありゃ子猫のための健康診断ってやつだ! ま、元気チェックみてえなもんよ」
笑いながら液の入ったカートリッジを数種類ずつ吸い込んでいる。そのたびにじわじわと中身の量が減るが、同時に煙の範囲も濃く広がっていった。
「エリアルールはどうした」
ヴィハーンはシャオという正規の手段でクリアしているが、ナルギレはそうではない。
都市部のコアにハッキングできるような電脳戦に強いアンドロイドも存在していたが、少なくとも集落にはいなかった。
ナルギレも例にもれず、ただのメタルシリーズを駆除する掃除夫だ。そのような技能を持っていたとは到底思えない。
「ん? お前さん知らんかったのか。儂はなあ、まあ、元から煙を出すのが仕事だからな、キメさせるのは暴力にはなんねえのよ。……ああ、そろそろバラヌスも限界みてえだ。体力ねえなあ」
ナルギレが言いたいのはアンドロイドそれぞれの製造目的によるものだ。その技能は犯罪に触れなければエリアルールの適用を免除されることがある。
だがここまで巧みに操ることが出来るとは知らなかった。
ナルギレはおもむろに胸元を開く。隙間から見える白い肌は人間の皮膚そのものだったが、そこには複数の差込口が見えた。
カートリッジを数本取り出しまとめて差し込むと、頭部から吸うのとは違い、一気に中身が吸い込まれていく。
「液がもう補充出来ねえと思ってたからな、今までケチっちまってた。だがな、今がキメ時ってやつだろ。……残りの手持ち、全部使うぜ」
正真正銘、一世一代の大博打なのだろう。見えないが、表情の抜け落ちたような印象を感じる。
「今いる雑兵は連れて行こうじゃねえか。……お嬢ちゃん、囮作戦はヴィハーンに言っとけよ」
「うん!」
二人の会話に不穏な気配を感じ、問いただすために立ち上がるナルギレの腕を掴もうとするが、その手は跳ね除けられ、彼はそのまま広場の中心へと走り去っていった。
「まて、何の話だ。説明を……!」
「お嬢ちゃんから聞きな! 相棒なんだろう?」
ブワリ。
そうして、周囲に煙が濃霧のように広がると何もかもを全て覆い、一切が見えなくなった。
「ヴィー、あのね、さっきトカゲさんが、あの捕食型の弱点を見つけたんだ。」
真っ白な暗闇の中、この状況を解決するため、何をするのかを話す。無音の空間に急かされるように、ヴィハーンの声にいら立ちが混じる。
「すぐに話せ。今この状況を逃すわけにはいかない」
「違うよ。この煙はナルさんが説明と場を整えるためにやってくれたんだから」
そういってシャオが話したのは、ヴィハーンが倒れていた間の出来事と、バラヌスがどのように弱点を見つけたのか。
「アームを伸ばす時だけ見える、赤いランプ。あれがコアなんだって。」
全ての機体に共通する弱点である〈コア〉と、それが目視できるタイミング。
ナルギレが言う〈囮〉。
これからすべき事など、考えるまでもなかった。




