27話 子猫の決意、目覚めの一声、悪霊の目覚め
「ふっざけんじゃねーぞ! フィッシュボウル!」
決まったかのような空気感を吹き飛ばすように、怒鳴り声が響く。トカゲ頭だ。
彼の目の前の柵だけ後付けのように多くの溶接がなされている。暴れたのか、シャオの腕よりも太い柵が歪んでいることから。その強さが窺えた。
彼は割れた金魚鉢頭をものすごい形相で睨みつけていた。
喉から言葉とは違う、ケッケッケと音が漏れ出ている。
「ふざけてなんかないさ。いつだって俺は真面目だよ」
「じゃあカスだな!」
酷いねえ、と言いつつ声だけ笑っている金魚鉢頭――フィッシュボウルはぴっちりとした皮の手袋を越しに、柵をキュッと握るとそのままギジリと苛立たしげに握り込んだ。
「なら、代わりの案を俺に頂戴よ。言えないだろう? ……子猫はなけなしの勇気を出してくれたのに。馬鹿トカゲ以外、檻を城だと思ってるぐらいだ」
声だけにこやかに軽く言うが、どこか自嘲の様な響きが感じられた。その言葉に全員黙ってしまう。
その間もドームが開き、警報ランプが光るたびに金属のロープが、いや、今はアームが投げつけられる。
人間の脆さに配慮しているのか、直撃をあえて避けているのだろう。代わりにアームが戻るたび、一緒にシャオを連れて行こうとする動きをする。
動きや道具に少しずつ調整が入っているのか、先ほどまでは檻を盾にするように隠れていればよかったのが、気を付けなければ連れていかれそうなぐらいだ。
先ほどまでシャオに興味津々だったアンドロイド達も、関わりたくないと言わんばかりに目をそらす。
真実、彼らにとって、シャオとはよそ者でしかないのだ。助けに来たのはあくまでも、少女自身の勝手な行動に過ぎない。
後ろ盾になったかもしれないヴィハーンも、串刺しになったまま動かない。ヴィハーンを知る彼らは、少女が男を焚きつけたのではないかと疑いさえもしていた。
少女を必要とする存在は、ここにはいない。
シャオさえも自身の事をあきらめかけていた。
たった一人を除いて。
「アタチ、シャオちゃんのこと売ったりしないワ」
「どうして? 全員助かるかもしれないだろう」
ミウナインだ。この間も檻を中心に、飛んでくるアームを避けるためにシャオを抱えて跳びまわっている。
「アタチ、そろそろヤケになっテ、あのデッカいのに突撃しヨウとしてタノ。ヴィハーンさんはアト数十年は来てくれなかっただロウシ、そうなったら、その間はずっとユゥインさんに心配かけたままニさせてたワ」
「なんだと?」
その言葉にフィッシュボウルは声に焦りと怒りをにじませる。彼にとってミウナインは逃げてほしい大事な集落の子供だからだ。
「だからお前は逃げろって言っているだろう! いつまで甘えたなんだ! お前は捨て猫じゃないんだ、早く帰れ!」
「アタチが一番逃げちゃいけないのよ! アタチのせいで、みんな捕まるどころか、痛めつけられたんだカラ!」
彼女は心の底から叫ぶように大声を出した。
檻の中のアンドロイド達は皆考えもしなかった、ミウナインの罪悪感が、その理由が声になって彼らに伝わる。
彼らはずっと、ミウナインが離れない理由を、捨てられた子猫が戻るようなものだと思っていたのだ。寂しいのが嫌だからという理由でここにいる甘えただと思っていた。
でも違った。
彼女が苦しんでいることに、誰も、何も気が付いていなかった。
「ミウ……」
気づかわし気に腕の中からミウナインの事を見上げる。彼女はシャオを抱えなおすと、決意したように、宣言した。
「シャオチャンを渡すってことは、今言った事を全部受け入れるってことよ。アタチ、ソンナの嫌。渡して助かっても、絶対に後悔するんだかラ!」
しばらくの無言の後、フィッシュボウルが諦めたように腕を下した。大きくため息をつく。
「そーなの。……ねえシャオちゃん」
「なに?」
「その子猫ちゃんの事、よろしくね」
シャオはふふんと、フィッシュボウルの言葉を鼻で笑う。
彼の恐ろしい発言で危機が迫ったことは重々に承知しているが、それよりも、彼らがミウナインの事を甘ったれだと思っていたことがおかしかったのだ。
「言われなくても当然だよ。友達だもん。それにえっと、確か……。」
シャオは名前を呼ぼうと思ったが、言葉に詰まる。彼の名前を知らなかった。記憶をたどるように視線を泳がせる。
「フィ、フィッシュ……。そうだ……魚団子!」
一瞬だけ、場が止まった。
友達と呼ばれたミウナインは尻尾をぴんと立ててニヨニヨと震えていたが、幸いアンドロイドたちは魚団子発言に意識が持っていかれたので、誰も気が付かなかった。
「美味そうな名前になったじゃねえか!お前今から名前魚肉ソーセージな!」
トカゲ頭がものすごく爆笑している。笑いすぎて仰け反り、後ろのアンドロイドにぶつかりそこで喧嘩が起きていた。
フィッシュボウルは一瞬固まったものの、トカゲ頭は無視して、すぐに落ち着いたように取り繕う。
「……まあいい。それに、なんだって?」
間を置かず、シャオは言葉を続ける。
「私、ミウが弱くないの知ってるよ」
ミウナインは数か月という長い期間を、希望も見えない中、ずっと一人で耐え忍んでいた。
そうやってめぐってきたチャンスを逃さず掴んだ彼女は、どう考えても強いのだ。
だが雰囲気がまとまっても現状は変わらない。
「とはいっても、さて。どうするか――」
「ヴィー! 起きてよー! 会った時、頭も体も穴開いてたじゃん! 大丈夫だよ、起きてよー!」
「それね、普通死んでんのよ。あいつがおかしいの」
シャオの叫び、と言うには悲劇性を感じさせない、どちらかと言うと朝の目覚ましの様な大声に、フィッシュボウルは呆れたように返事を返した。
そのとき。
アアア――――!
突如響き渡る咆哮。捕食型のあたりからだった。
「なんだよ!今度は何が出てくるんだよ!」
「あ、起きたの」
狐頭のアンドロイドが耳を抑えながら叫ぶ。気絶していたのだが、落ち着いたころに咆哮が響いたことで今度はたたき起こされたのだ。
イライラしながら耳を澄ませる狐頭。だがすぐに目を見開いた。
「ヴィハーンだ! すっげえバカスカやってるぞ!」
「はあ? ヴィハーンならさっき死んだ……。なんだ、あれ」
そこにいたのはヴィハーンで間違いない。杭は引き抜かれ、自由自在に駆け回っており、まさに一騎当千。吹き飛んだはずの足には、杭だろうか?棒が突き刺さって足の代わりになっている。
周囲を囲っていた壁と材料補給を兼ねていたセキュリティロボット達は、止めるためにヴィハーンへ群がるが、次々と鉄くずに変えられていた。
「あの部品いくつかもらえねえかな。材料持ち込みにして修理費用抑えてえ」
「言ってる場合か。様子が変だぞって、避けろ!」
後はシャオを捕まえるだけだと、のんびりとアームを繰り返し伸ばしていた捕食型の突如様子が変わる。
「ミギャア! っ! シャオチャン!」
「どわー!」
ぐにゃぐにゃだったアームがものすごい勢いで伸ばされ、まっすぐな一本の棒のように地面に突き刺さる。もう、死んでもいいまではいかずとも、生きてればどうとでも、という勢いだ。
あまりの勢いに、檻の上まで追い込まれる。ミウナインは避けるも着地の際に体制を崩し、檻を挟むように別々の場所へ二人転げ落ちてしまった。
それを逃がさないようにか、セキュリティロボット達が押し寄せる。シャオではなく、ミウナインの元へ。
「私は大丈夫! ミウナイン、逃げて!」
「嫌ヨー!さっきあれだけ啖呵きったノニ!」
「そのためにミウが死んだら意味ないよ! 今だけだから、すぐに別の場所で会おうね!」
この猛攻はミウナインの排除の為だろう、無理にシャオの元へ行けば破壊は必須。
「っ~! 覚えてナサイ! ユゥインさんにハ、アタチと一緒に怒られるんダかラ!」
そういって、ミウナインは多くのロボット達を引き連れたまま広場を離れていく。残るのは保護ロボット達のみ。
いつの間にか破損していたが、動きに支障はないようだ。先ほどまでのように怪我の無いよう、また穏やかに追い立て始めた。状況はかなりまずい。
だが絶望的というほどではなかった。
「数は少ない。時間が勝負なのは、向こうも同じだ」
ヴィハーンの様子を見て、「お前さんの体力があるうちは」と、キセルが刺さったような様な顔のアンドロイドが穏やかに語り掛ける。頭部が布で包まれた、年老いた雰囲気とはアンバランスな、若い男性の声だ。
「ありがとう! キセルおじいさん!」
「キセ……。儂は三十一式・CBL・ナルギレ。長いならナルギレとでも」
「うん! ナル!」
「……ああ、ナルだ。さんを付ければもッといい。おしゃべり程度なら、儂に任せな」
ナルギレはキセルから煙をふわりと漂わせながら、へっと笑い、そう答えた。




