21話 猫の絶体絶命
ミウナインはひたすらに走り回っていた。シャオが無事に逃げられるように。そして逃げた先で、もう持たない自分の代わりにユゥインへ謝ってもらうために。
周囲は一方通行を表す矢印や越境禁止の壁が乱立している。このエリアでの道路交通法だ。この制限の中逃げるのはなかなかに大変だった。
「コっちヨ!バーカ!」
ミウナインは、あの真っ赤な巨大ロボが襲撃してきた際に、一つだけ気が付いたことがある。
あれは確実にシャオを狙っていた。ただ物陰に座っていただけの旧人を。
周囲の家屋の破壊も許されるような確保は、対象がミウナインたちのようなデッドラインを不正に越えた機体にのみだ。
なのに正規の手段で乗り越えたはずのシャオを狙った。
今までは自分たちが不法侵入と火事場泥棒のようなことをしたから仕方がないと思っていたが、こうなると話は別だ。
「自分たちも好き勝手しておいて、よくセキュリティ名乗れるワネ!」
ここ数か月の間、一度も湧き上がることのなかった怒りによって奮い立ち、今までは出来なかった大胆な動きもできるようになっていた。
数時間前までずっと怯え潜んでいたのが嘘のように、わざとすぐそばを横切ったり、相手の機体ぎりぎりまで近づいては、掴まれそうになったところでするりと逃げたりしていた。
だが、それも時間の問題。あまりに無茶な動作は、薄皮一枚残った内部の保護膜が裂けて、中身が零れ落ちる危険があるからだ。
でも、それでも良い。怯え隠れていた数か月間よりも、シャオと出会った数十分のほうがよっぽど満たされたのだ。
「旧人って、思ったヨリ普通ナノネ」
内部の観測が不可能である楽園に閉じこもり、滅多に出ることのない〈旧人〉。どんな存在なのか知っている人はほとんどいない。
時折迷い出てしまった個体が保護されたと耳にする程度だ。
ヒューマノイドと同じで人間を祖先に持つが、旧人はヒューマノイドには進化できなかった種類、という程度だ。
だから体が脆いだけで、ヒューマノイドとおなじ、いけ好かない生き物だと思っていた。なのに、まさか……。
「アんナにおバカな生き物だったナんテ!」
運動機能が自分よりも劣っていて、体が脆くて気を使わねばならない不便な生き物。
世間知らずなのにニコニコと笑っていて、媚びてるのかと思えばそうでもない。なにも考えていないと思っていたら、周囲の事をしっかりと見ていて、臨機応変に対応する。
こちらのサポートなんか道案内ぐらいだった。
「……もっト、話シタかっタワ」
ある程度形を保っていた住居に隠れて、薄暗い部屋の壁にもたれる。
ヴィハーンも心配だが、シャオが持つ何らかの通信機を使って入ったなら、殆どのルールは免除されているはずだ。まだ檻に搬入されていないという事は、今後も暴力行為にさえ気を付ければ彼が捕まることはない。
広場からも距離が開いたことで、自身の最期が皆に見られる心配もない。
「死に様を見られルナンテ、御免だモノ」
轟音と共に周囲が明るくなった。天井を破壊されたのだ。幸い破片などが当たることはなかったが、それは奴に見つかったことでもあった。
機体はまだ動けど、気力の尽きたミウナインは伸ばされる腕をただ見つめていた。
そして電流を纏った長大な杭が目の前の腕に突き刺さる。
「――エ?」
刺さった腕が動かなくなり、もう片方の腕でミウナインを掴もうとしたところで、頭部の前を杭が通り抜ける。
大きく仰け反ったところに、そのまま二本、三本と続けて他の部位にも突き刺さった。その杭はただの金属棒ではない。目の前のロボットは酷く痙攣し、それ以上の行動が出来なくなっている。
この金属杭はなに?エリアルールはどうなったの?そもそも誰が――。
そのまま呆然と眺めていると、声が聞こえた。
「よく耐えた、ミウナイン」
そちらに顔を向けると、数十年前、最後に見た姿よりも酷い損傷を負ったヴィハーンの姿。そしてそのすぐ後ろにいるのは。
「シャオチャン。何デ……」
「謝るときは!自分で謝らないとダメなんだよ!」
シャオがミウナインをまっすぐに見ていた。不思議と目をそらせない。そんな、強い目だった。




