20話 ちいさな自信の喪失と獲得
シャオと合流したヴィハーンの視界から、多くの標識、制限が溶けるように消えていく。その中にはあの厄介なエリアルールも含まれていた。
「まず、お前は何を見た」
「うん。ヴィーから離れてからね、色々あったんだ」
シャオは自分が見た数々の出来事を話した。
ミウナインと出会った時の事。尻尾をふんじゃったけど許してくれたこと。
都市に住んだことがあって、ふわふわで、集落のアンドロイドの人たちの事が大好きな事。教えてもらって石を投げたらセキュリティロボットが少しの間止まったこと。
檻の中のアンドロイドたちは賭け事をしていて中にはにはタコが……
「まて、そこは要らん。ミウナインがいたのか? 色々聞いただろう、何があったのかを言え」
集落の人たちがみんなエリアルールに引っかかって収容された事。
お金を出し合って、ミウナインを釈放したこと。
ミウナインは捕まったアンドロイドたちが無償奉仕として食べられないように、代わりに街の機体を集め続けて、もう数か月になること。
先ほど、四体アンドロイドの腕がちぎれかけて、ミウナインは背中に瓦礫が当たって、酷く傷ついたこと。
「それとね、ミウナインが『ユゥインさんには代わりに謝って』って。いま、あの真っ赤な巨大ロボを一人で引き留めてるんだ!」
「……大体は分かった」
そのままヴィハーンは彼らの元へ去ってしまった。シャオはそれを見て、酷く心臓がぎゅっとするような感覚を感じる。
シャオは分かっていた。自分がいなくても、ヴィハーンはあのセキュリティロボットの集団を無傷でどうにかする実力があるし、むしろ自分をかばう事でいらない傷を負う羽目になる。
楽園を出てからどこか物事を夢見心地で考えていると思う。分かっているのに、せっかく憧れていた外の世界に出たというのに、迷惑しかかけていない。
何が正解なのかもわからない環境で、うまく考えることも出来ない。鼻の奥がツンとすると、今度は目の奥が熱くなり視界がぼやけていく。
そうやって何もせず立っていると、足音が聞こえる。ヴィハーンだ。シャオが付いていかなかったので戻ってきたのだ。
「何をしている、お前がいなければ意味がないだろう」
動いても、動かなくても迷惑をかけてしまう。そのことにさらに胸が苦しくなる。
「あ、……ごめん」
せめて遅れないようにと、ヴィハーンの傍を歩く。指輪を覆うように手を重ねて歩いていると、ヴィハーンが訝しげになる。
「おい、さっきからどうした。手を痛めたのか?」
「ううん、緊張しちゃっただけ。大丈夫だよ。」
くよくよ考えるのは後でいい。何も考えないようにするのは簡単だ。いつも通り笑うえばいい。シャオはいつも通りの顔で笑いかける。
それを見たヴィハーンは足を止めると、違うだろう、と呟いた。
「指輪の価値とお前の価値は、別の物だ」
「……え?」
「お前のような人間じゃなかったら、俺はあの集落には決して連れて行かなかった」
ヴィハーンが話すのは、通信機を利用した信頼という名の搾取と廃棄の話だった。それは二年前までは日常茶飯事だったこと。
酷い時には通信機の主から、登録の抹消か、犯罪を犯すかを迫られ、文字通り使い捨てにされた者もいたという。
集落のアンドロイド達はそうやって元居た場所から追い出されたのだ。
ユゥインがいるあの集落には。そうやって傷つき、世間からあぶれたアンドロイドが数多く存在していた。
そんな中、通信機を持ったシャオは彼らを傷つける存在になるかもしれない。好き嫌いのようなものではない。それこそ生死に関わる問題なのだ。
「だが俺は……。あの集落に連れて行ってもいいと思える程度には、お前に価値を感じた」
それを聞いて、少女は先ほどまでとは違う思いから胸が苦しくなった。外に出てからは何かがすり減るばかりで、ひたすらに苦しかったのだ。
だが今では満たされるどころかそれを受け止めきれず、ついには目からポロポロと溢れてしまった。
「ありがとう、ヴィー。私、すごく苦しかったんだ。いるだけで邪魔になるんじゃないかなって」
「そうだな。脆弱なお前は本来なら扱いなど良くて人語を話すペットだ」
「……~! ヴィー! からかわないでよ!」
「思ったより立ち直るのも早かったな」
ヴィハーンは昨日の夜、シャオが眠りについた後、忠告されたことを思い出す。
『あんたねえ、あの子で何をしたいんだい? 親父はあんたの事情をを知ってたみたいだけど、あたしは違う。あまりに目に余るようだったら……』
自分とて、親切心から助けたわけではない。自身が慈愛に満ち溢れているとは、振動膜が割れても、疑似声帯が潰れても言えない。
彼なりに打算があったから助けたのだ。ユゥインはその打算とシャオがどう関係があるかについて危惧している。
「……相変わらず、おせっかいな奴だ」
「ヴィー?」
何でもない。と手を振り、話を仕切りなおす。
今やるべきことは、ミウナインと集落のアンドロイド達の救助だ。
「でもどうやって?」
「見ていてある程度把握したが、恐らくあれが異常の原因だ」
ヴィハーンが指す〈あれ〉とは、まさに今大暴れしている真っ赤な巨大ロボの事だ。
本来なら治安維持を担うロボットは業務内容によって形は違えど、統一感のためにカラーリングは同じである。一部例外はあれど、あれほどまで目立つ個体が違う色合いなのはありえない。
また、セキュリティロボット達が今まで確保したアンドロイド達を進んで提供していることから、今現在、あれは街のシステムとして組み込まれている事。
そして、破壊されてはいけない最優先機体になっていると見て取った。
そこまでは状況を整理できたとは言え、ならどうすればあの赤いロボットを止められるかがわからなかった。特に、背中をひどく怪我したミウナイン。あの背中を見た限り、彼女の耐久性はアンドロイドの中では下のほうだ。急がねばならない。
「いま周囲にはあの赤い捕食型を除き、システムに属するロボットはいない。まずミウナインをあれから離すぞ。どのように止める?」
そういうが、どうすればいいのかがわからないのだ。
必死になって考えていると、ヴィハーンがなぜ悩んでいるのかわからないという風に話した。
「あれらの一時的な止め方を教えてもらったんだろう? どうやったんだ?」
そういわれて思い出すのが彼らの頭のあたりにある黒いガラス部分、即ちアイカメラ。そこに石を投げて一時的に停止させていた事。
「そっか! 黒いアイカメラに当てたら……!って見当たらないね」
全身真っ赤な機体には、見ての通り、黒い部分などどこにもない。
「弱点じゃなくても、動きが止められるのがあったらなあ」
そのつぶやきに反応したのはヴィハーンだった。シャオは知らないことだが、彼はセキュリティロボットと対峙しているときに、拘束用の武具を数えきれないほど投擲されていた。それらの殆どは既に効力を失って地面に落ちている。
だがその中の一種類だけ、機体に直接干渉することでしか発動しない、ある意味での未使用品が地面や壁に残されているのを知っていた。




