18話 檻
「……エリアルールってどうやって知るの?」
不思議そうな顔をするシャオに、ミウナインはぎょっとする。これを知らずに入るのは実質自殺行為に近いものだ。
というよりも、そのエリアにいる時点で機体には必ず知らされる。
肉体のシャオがわからないならまだしも、同行していたヴィハーンがわからないというのはまさしく異常事態だった。
「知らないの!? よく無事だったワネ……。エリアルールっていうのは、違反したら一発アウトのルールよ。シャオチャンは随分加減されているというか、確保が目的ミタいネ。正規で入れたのに、何やらかしたの?」
ため息をつくと、耳をぺたんと横に倒してまたしょぼんとする。
「アタチ達の場合はネ、デッドラインの隙間かラ入り込ンダまでハ良かったケド、セキュリティロボットにみつかっテ、不法侵入者とシテ追イかけラレたノ。そこまでは想定してたし、何の問題もなかったわ。問題はその後のエリアルールだったの」
【暴力行為の禁止】とは
・本エリアにおいて、治安の維持を担うセキュリティを除き、すべての機体による一切の暴力行為を禁止する。
・本ルールに違反した場合、当該機体に即時回路不全を発生させた後、所定の場所に収容するものとする。
・保釈の為には、一定期間の無償奉仕、または機体のグレードに応じた違約金の支払いを要するものとする。
「殴っちゃダメって事なら、逃げればいいんじゃないの?」
「言っておくけどね、あいつら数だけは滅茶苦茶多いのよ! アラーム出して仲間を集めだすし! それにやり返すのもダメよ。酷いのだと、殴られるのを手で防いだらこっちが暴力扱いだったんだから」
エリアのルールとはそこまで厳しい物だったとは。暴力行為の禁止。指輪に登録されているヴィハーンは、シャオといる限りはそのようなルールには縛られない存在なのだろう。
だが、離れた今となっては再びルールに縛られた存在となったはずだ。
「やっぱり、ヴィーのところに行かないと」
頭に浮かぶのはセキュリティロボット達からシャオを逃がすための破壊行為。あの後も各地で響く破壊音の下にはヴィハーンがいるに違いないが、どのように戦っているのだろう。
バキ、バギ、ギギ、ゴギ――
巨大ロボのほうから何度も硬いものをつぶす音が聞こえる。そちらを覗くと、巨大ロボはミウナインが投げた二体の機体をまるで咀嚼するように粉々にしていた。
「ねえ、ミウって透明になったりできるし、一人だったら逃げれたよね。檻の中の人たちもみんな逃げろって言ってた」
咀嚼後、しばらく震えながら停止する。今度は細かい部品をスイカの種のように飛ばして捨てている。
食べた機体と吐き出す量が合わない。遠くからだとわからなかったが、地面の砂だと思っていたものと同じだった。あれは食べカスみたいな物なのだろう。
「集落の人が食べられないようにするために、いつもああやってご飯を用意してたの? ずっと一人で」
ミウナインはシャオのほうは向かないまま巨大ロボを、正確には仲間たちを、見つからないように顔を半分だけ出してじっと見つめる。
「セキュリティロボットに見つかってもね、はじめのうちは順調だったのよ? でもアタチが油断して最初に捕まったら、みんなして助けようとしてくれたの。アタチのせいなのよ。なのに……。みんながなけなしのお金出し合ってアタチを釈放したの」
彼女がこの危険な場所に一人残る理由。ユゥインに罪悪感を抱きながらも集落には戻らずに、事態を解決する能力もなく、ただ仲間が食べられるまでの猶予を伸ばすことしかできないミウナイン。
『ミウナイン、お前は逃げろ。俺らだと、釈放されてもセキュリティロボットに見つかったらまた捕まっちまう』
『みんなで金出し合ってもな、出れるの一人しかいねえんだよ。なら一番可能性のあるお前が出るのが一番良い』
『お前さんには悪いが、ユゥインさんのお叱りは一人で受けといてくれ。俺は怖いから嫌だ』
いつもはちゃらんぽらんな集落の住人。賭けや電子ドラッグもするし、それで調子を崩したことに怒ったLUBANの店主に、工具で何度も殴られて。
それでも懲りずにまたやるし、なんなら平気で他人を巻き込むロクデナシ共。
なのに皆がミウナインの事を子猫扱いして、いつも優先してくれる。
力なく壁にもたれる姿は、まるで行き場の無い捨て猫のようだった。
「無償奉仕をすれば出れるんじゃないの?」
「アタチもはじめはそう思ってたけど、部品が足りないのはあいつらも同じみたい。あの捕食型に機体をささげるのが無償奉仕みたいね。でも、いつまでたっても、檻から出られないから……」
一定期間のルールなら、いつか終わりが見えるはず。そう信じてミウナインは、日夜セキュリティロボットの目を搔い潜りながら、できるだけ無傷で部品の詰まった機体を集めては広場に運んでいた。
だが無事な機体も少なくなり、今となっては街に徘徊するセキュリティロボットとの取り合いに近い状況だ。
ミウナインの集めた機体でその日は乗り越えられている。無償奉仕として認められているのは間違いない。なのに、解放される気配がなかった。
精々が一~二週間の無償奉仕。それがもう数か月続いている。
ミウナインは、もう限界なのだ。心も機体も、その全てが。
本日の分は終わったのか、捕食型は檻はそのままに広場の中心にまた陣取っていく。沈むように座りこむと、顔を上げた。
すると、偶然その天辺にある警告灯、そのガラス面に、壊れた室内の壁に掛けられた大きな鏡が映った。
正確には、その鏡に映りこんだシャオの姿が。
捕食型がその巨体に見合った大音量で、まるで準備運動をするかのように稼働音を数度鳴らす。
「ん……? なにかおかしいわね」
二人が不思議に思い顔を上げていると、檻の中のアンドロイドが声を上げた。
「ミウナイン! いたら逃げろ! デカブツの様子が変だ!」
次の瞬間、シャオ達が潜んでいる場所の斜め後ろの住居に、広場にいたはずの巨大ロボが突っ込んでいた。轟音と共に土煙と砂埃が舞い上がり、あたりが見えなくなる。
「シャオチャン! ……ンギャゥ!」
あたりが何も見えない中、ミウナインがシャオを持ち上げてすぐに場所を離れる。
「げほっ、げほ……。ごめん。それとありがとう、ミウ」
「イイのヨ。それにアタチも……油断してたもの」
ある程度離れた場所につくと、シャオを下して背中を軽く押した。思わず振り返る。
「アリがト、シャオチャン」
「……ミウ?」
一歩、二歩とミウナインが後ろに下がる。
「アタチ、ずっと辛くて苦しくて。逃げたくても怖くてできなかったの。でも話を聞いてもらったらすっきりしたわ。お礼に逃げるだけの時間は稼いでアゲル」
そのまま二人の間には、互いに手を伸ばしても決して届かないほどの距離が出来ていた。
「急にどうしたの?」
「大丈夫よ。アタチこのエリアの事、隅々までしってるのよ?でも、ユゥインさんには代わりニ謝ってチョウダイ」
ミウナインが背を向ける。そこには先ほどまでは無かった裂傷があった。どこかぷにぷにと柔らかそうな断面の中に金属部品が露出している。巨大ロボの突撃時に、飛び散った瓦礫がミウナインの背に当たったのだ。
「ま、まって……」
「言っておくけど、もっとひどい怪我をしたこともあるのよ?こんなのちょっと毛並みが乱れたぐらいなんだから。……それじゃ、元気でね」
その言葉を最後にミウナインは正しく猫のように音もなく駆けて行ってしまった。
暴れまわる巨体が引き起こす土煙に消えるまで、肉眼でも、指輪越しでもその姿が消えることがなかった。
シャオはそのあとを追いかけようと一歩前に出るものの、ぐっとこらえて後ろに駆けだす。
道中のセキュリティロボットをミウナインから教えてもらったとおりに対処するが、できるのはそれだけだ。彼女一人にできることなど何もない。
そう、一人では。
走った先で角から現れた大きな影に衝突する。布越しとはいえ非常に硬く、そのまま仰け反って尻もちをついてしまった。
「シャオか、無事だったか」
だいぶ衣服が汚れているとはいえ、朝見た時と同じ姿のアンドロイドの男。彼はシャオの事を一瞥すらせず、先のほうを見ている。だがそれでもかまわなかった。
「お願い」
懇願するように服を掴む。そしてミウナインが向かったであろう方向を指す。それは奇しくも男が目的とする方向だった。
「ミウを……。みんなを助けて! ヴィー!」
その言葉でようやく男は――ヴィハーンがシャオに目を向けた。
「……ああ、俺もそのつもりだ。あの馬鹿どもを、なんとしてでも帰らせるぞ」




