16話 ふわふわな猫
ヴィハーンと離れ離れになり、シャオは行く当てもなく、エリアの中を逃げ回っていた。昨日ヴィハーンに言われたことを今になって思い知る。
『お前は逃げ隠れることを優先しろ』
「私、本当にできることがないんだなあ」
ロボットが見当たらない物陰で一休みしている間、指輪の機能を改めて確認する。周辺の地図に敵のロボットが表示できるのは朗報だった。
一旦オフにしていたが、またその地図を出すために設定をする。
【皆さんの安全を守るセキュリティロボットの現在地です。お困りの方は声をおかけください】
「あれ、セキュリティロボットっていうんだ。そのセキュリティロボットに困ってるんだけど……」
逃げるために利用している機能とはいえ、毎回出てくるこのフレーズには微妙な気分になる。
時折遠くから、けたたましくアラーム音が聞こえることから、ヴィハーンの大体の位置はわかる。とはいえ、周辺には未登録のメタルシリーズがうようよいる。一人では危なくて行けない。
ヴィハーンと連絡を取ろうにも、登録機体一覧の名前が、灰色に表示されており、認識が出来ない。やはり、遠くへつながる機能が、壊れているのだろう。
まあ、こちらから話しかけたところで、今現在彼が応答できるかは、別問題なのだが。
見知らぬメタルシリーズが、すぐ隣をウロウロしている。でかい毛虫のように全身に針を纏っていて、とても危ない。
シャオ一人では、未登録のメタルシリーズにできることは何もなく、ここも移動したほうが良いだろう。
ヴィハーンと距離ができてしまうが、仕方がない。足音を立てぬよう、静かにその場から離れる。
物陰から出て、マップをずっと見ながら歩いていると、ぐにゃりと何かを踏んづけた。
「ギニャ!」
「え?」
足元を見ると、真っ白に毛が生えそろったモフモフ尻尾を踏んづけていた。というよりも、すぐ横に頭が真っ白な猫のアンドロイドがうずくまっていた。鱗の革ようなバンダナを首元に巻いていて、カウボーイ風の服装だ。
シャオは生きているアンドロイドを見るのはこれで三体目である。
「チョッと! ひとの尻尾踏んづケちゃっテ! 何か言う事無いワケ⁉︎」
そのまま見つめていると、猫頭のアンドロイドがこちらをキッと睨みつけてくる。全くもって気が付かなかった。だがそれは言い訳にしかならない。
「尻尾を踏んじゃって、ごめんなさい……」
「ふん、アタチは優しいカラ許してあげルんだカラね!」
そういいながらシャオのことを頭の先から足の先までじっくりと観察する猫頭。どこか舌足らずのような話し方をしている。
「アンタ、ここラじゃ見ないボディね。よくそンな柔らかボディで生き残れタわね。ある意味称賛ものだワ」
「そうかな、今まで困ったことはないよ?」
「そんなワケ無いでショ。その全身を覆う表層クッションはセルフヒーリング素材かしラ?」
興味深そうにまじまじと見る猫頭。彼女からどのような機体なのか色々聞かれたものの、さっぱりわからない。どう答えればいいのかわからず、とりあえず笑って誤魔化していた。
「自己治癒機能を付けた高級モデルね。その分日々のメンテがスッゴク大変だけど。アタチ、都市に住んでたコトがあるから詳しいのヨ。アンタ、よっぽど凄いコネが……」
そこで言葉を切る。何かに思い至ったのか、先ほどまでの勝気な態度から一転。瞳がキュウっと小さくなり、一歩、二歩、と後ずさりをする。
「アンタもしかしテ、ヒューマノイド⁉︎」
耳を後ろに倒し、足に力を込め靴の裏からジャリ……と音が鳴る、今すぐにでも走っていきそうな勢いだ。
突然の態度の変わりようにシャオは目を白黒させる。
(また、『ヒューマノイド』だ。ヴィーからは聞きそびれちゃったなあ)
「違うと思う。ねえ、ヒューマノイドって何?」
「……記憶域の破損? だから此処に来たって事ネ」
シャオの疑問に猫頭は呆れたように目を細め、力を抜くように姿勢を直す。だが詳しく説明する気はなさそうだった。
「金持ちって覚えテおけバ十分ヨ。……アンタ、訳アリなのネ。言っておくけど、コノあたリ一帯はアンドロイドの街ヨ。アンタの修理は専・門・外! 悪いことは言わないカラ、元居たとこに帰んなサイ!」
「えっとぉ~。……そういわれても村にはもう帰れなくて。橋が壊れちゃっててぇ……」
「ハア?村ぁ?懐古趣味ネえ。アンタどこのエリアから来たのヨ」
そういわれると、ヴィハーンについてきただけのシャオは村がどこにあるのか、そもそも村のある方角もわからず途方に暮れてしまった。ただ唯一わかることはなんと呼ばれていたかだけである。
「たしか、んー。……楽園って呼ばれてた!」
「フーン、楽園から来たノネ。そンナ名前の街この辺りにナイわヨ?どンナ田舎……ハァ? モシカシテ、旧人⁉」
突然、ボンっ!と猫頭の毛が膨らんで毛玉のようになる。
先ほどまで開けていた距離をぎゅっと縮めてシャオの顔の前で手をグパッと広げる。
頭と同じ、真っ白なモフモフの毛に覆われた5本指。そのすべての指にいろんなデザインの指輪がじゃらじゃらと嵌っていた。
そのままシャオのほほを両手で包み込んでグニグニとする。
「うぶぅ! 何!? 何なの!?」
混乱するシャオをよそに、猫頭は泣きそうな声でしゃべり倒す。
「これで、これでアタチもあの人と同じになれるのネ! 指輪だってたくさん集めたノヨ!」
「痛いよ! 刺さってる! 刺さってる! 指輪が刺さってるよ!」
そう大騒ぎしていると、小石が足元にコロコロと転がってきた。小石が転がってきた先を見ると、そこには警告灯を極限まで真っ赤に染めた警備ロボットがいた。それを見て二人が思ったことは奇しくも揃っていた。
「「わ゙ー!」」
頭を振ってシャオは猫頭の魔の手から逃れると、くるりと背を向けた。
「じゃあ私いくね、バイバイ!」
猫頭はやみくもに逃げようとするシャオの服をひっつかんで引き留める。
「待ちナサイ! ただ走っても追いつかレルンだかラ。相手に合わセタ逃げ方ってモンガあるのヨ!」
「例えば?」
「奴らナラ、黒いところ、アイカメラがそう! チョットでも衝撃を与えればしばらく止まるケド、でもソれは無理だカラ、アタチの技能で……!」
「わかった!」
シャオは警備ロボットに地面の石や空き缶などを手あたり次第投げつけた。そのうちの一つが黒いガラス。いわゆるアイカメラに当たって体が大きくのけぞる。
壊れてはいないものの、ガラス面には【Error】と赤い文字が絶え間なく表示されている。周囲が見えなくなったのか、手当たり次第、滅茶苦茶にに動き出した。
「アンタ、やルじゃナイ! じゃ、付いて来なさイ!」
そういって手を離すと走り出す猫頭。走っているうちに猫頭の体がどんどん透けているように見える。いや、シャオの肉眼では見えているのだが、指輪越しの認識では薄れてしまったのだ。
指輪に頼り切ってしまえばはぐれるのは必須。シャオは必死において行かれないようについていった。
しばらく駆け回ってようやく一息つくシャオと余裕そうに毛づくろいする猫頭。
「ぜぇ、はぁ……」
「ステルスモードだカラそんなに早く動いてなイのに。旧人って本当に脆弱なノネ」
息も絶え絶えのシャオをあきれたように半目で見る猫頭
「それは、猫頭が……ぜぇ、速すぎるんだよぉ、はぁ……」
「人のせいにしないでチョウダイ……って、『猫頭』? ハァ⁉ 何ソレェ! ダッサイ! それアタチの事じゃ無いデしょうネ!」
シャオが勝手につけていた仮名を聞き、素っ頓狂な叫び声をあげる。そうこうしているうちにようやく息が整ったシャオが遅れて自己紹介をした。
「だって名前知らないし。あ、私はシャオ。君は?」
「フン、シャオチャンね。いいワ、教えてあゲる。アタチの名前はミウナイン・ターキッシュアンゴラ。旧人には特別に、ソウ! ト・ク・ベ・ツに! カワイイ~アタチの名前をフルで呼ぶことを許してアゲルわ!」
よほど自身の名前が大好きなのだろう。許す許可とは言うものの、どちらかと言えばそう呼ぶように要求するような言い方でふんぞり返るミウナイン。
「わかった。よろしくね、ミウ!」
「ハア⁉ ミウ⁉ 省略するのがモデル名だケならまだワカルけど、名前まで省略スるなんて! ちゃんと人の話聞いてタ⁉」
「……やっぱり猫頭?」
「モット嫌に決まっテルでショ⁉」
だがシャオはまたもや呼びやすいように勝手にあだ名を作ってしまった。それを聞いたミウナインは大声を出し、ぎゃいぎゃい騒いでいる。
幸いなことに周辺には先ほどのような警備ロボットはいないようだが、それでも避けたほうがいいのは明白である。
傍で倒れている機体に群がったメタルシリーズだけがその騒ぎを聞いていたが、彼らには誰かの喧嘩なんてかけらも興味ない。
機体に傷をつけ、そこから滲み出るオイルをただうまそうに啜っていた。




