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15話 デッドラインの向こう側


 デッドラインを越えても何も起こらず、二人は崩れた町の中をただ歩いていた。シャオは相変わらず、お上りさんのように街をキョロキョロと見回している。

 足元に散らばった瓦礫を乗り越えるように、大股で避けて歩く。行く手を塞ぐ大きな落下物は、ヴィハーンがどかしていく。

 

 この一帯は障害物により、道の大半も埋まっており、放置されたままのように見えた。

 デッドラインの外では、瓦礫も空っぽの機械達も、すべて道の端に避けられていた。片付けられていたのだろう。良くも悪くも、あらゆる意味で。

 

 ヴィハーンは時折立ち止まり、周囲を見回す。倒れ伏している機体を一体ずつひっくり返し、何かを確認していた。


「ねえ、ここってセキュリティエリアなんだよね? デッドラインもだけど、それってどんなものなの?」

「住人にとっては頼りになるが、今の俺たちには邪魔でしかない」


 デッドラインとは、許可のない機体が触れたら、損害を受ける防壁のようなもの。

 さらに、セキュリティエリアには多数の規制があり、その上位に通称〈エリアルール〉と呼ばれる、絶対的な制約が存在する。

 強力であるがゆえに一つしか設定できず、内容はエリアごとに異なる。


「なんでラインを作ったの?エリアだけでいいじゃん」

「予算の都合だ」

 

 元は、あまりにも侵入する機体が多すぎたため、セキュリティエリアの負担軽減のために、導入されたものらしい。基準の詳細は不明だという。


 ヴィハーンは、足元の機体を無造作に蹴り上げてひっくり返し、一瞥して次へ向かう。部品ではなく、誰かを探しているかのようだった。


「指輪があると、そんな危ないところも入れるようになるんだ。……そっか、だからユゥインも外では出さないようにって言ってたんだね」


 シャオは立ち止まりながらウンウン頷き、少し遅れていることに気づくと慌てて追いかけた。

 ヴィハーンは確認の際に一度立ち止まるとはいえ、終わったらすぐに行ってしまうので、追いかけるのが大変だった。


「じゃあ今のセキュリティエリアのルールは?」

「何もない。本来なら表示が出るんだがな」


 エリアのルールがわからないまま散策するのは、埋められた地雷の場所がわからないまま、散歩するようなものだ。

 とはいっても、多くの規則は常識的な範囲に収まるため、通常行動であれば問題は起きにくい。

 彼の倒れている機体への扱いも気にはなったが、エリアルールが発動しないという事は、問題ないのだろう。


「私も何か守ったほうが良い事ってある?」

「ない。肉体のお前は何もできない。死なずに最低限、通信機さえ紛失しなければどうとでもなる」


 尋ねるシャオを一度も見ることなく言うと、ヴィハーンは相変わらず倒れているアンドロイドを、一体ずつひっくり返しては、確認をしていた。


「誰か探している人がいるの?」

「集落の奴らだ。見知らぬ顔でもない。見つけ次第回収する」

「そういえばイン以外にも、集落にたくさん住んでるんだっけ。みんなここにいるの? 許可のあるアンドロイドって多いんだね」


 楽しみにしていた他のアンドロイド達に、ようやく会えると思い、ニコニコと笑う。

 事情など一つも知らない少女は、無邪気に笑っていた。

 

「みんなこっちに来ているの? お出かけした後に、街が広くて迷子になっちゃったとか?」

 

 瓦礫に埋まったアンドロイドを引き摺り出し、確認するも、目当ての機体ではなかったようだ。無造作に放り捨てる。

 

「ギャー! 顔! 顔が!」


 衝撃で何かのスイッチが押されたのか、顔部が弾けるように開き、内部構造が剥き出しになる。

 外れた一部の部品が転がり、シャオは思わず悲鳴を上げた。

 

「……言ってなかったか。一部、デッドラインに穴が空いたらしい。あいつらはそこから侵入したんだろう」


 内部の街は、多くの家屋や機体が、手付かずで残っていることが予測される。そうなるとまさに宝の山で、危険も承知で入ったのだろう。

 ヴィハーンはシャオの様子にも気に留めず、次の機体の検分をしている。だが先ほどまでとは違い、流れ作業のようなものから、次第に荒々しいものへと、変わっていった。


「だが、戻ってこないという事は内部のセキュリティに捕捉され、捕まったと考えられる。……あの、馬鹿どもが」


 ――メキ、メキキキ……バキッ


 倒れている機体に手を掛けたところで、徐々に力が入っていき、ついにはヴィハーンの握力に敗北する。そのまま破裂するように機体の肩が砕けて飛び散った。


「発見した場合、破壊されていたらパーツの回収! フラフラフラフラ、遊んでいるなら、とっとと帰らせるだけだ!」


 面倒だと言わんばかりに、吐き捨てるように、終いには怒鳴るように話すヴィハーンは、酷く気が荒れていた。

 序盤のうちに検分した機体は、転がす程度だったにも関わらず、今では酷く当たるような扱いをしている。

 それを見てシャオは「あっ」と、何かに思い当たったようだった。


「そっかあ。ヴィーは集落の人たちのことが大好き、……というよりは、大事なんだねえ」


 シャオの言葉で我に返ったように、ピタリと止まる。頭部を鷲掴みにしていた手から力が抜け、持ち上げていた機体がガシャンと地面に落下した。

 

「あいつらは、どうでもいい。どうでもいいが、……店主には」


 吐き出すように言うと、ヴィハーンは疲れたように座り込んだ。シャオも向かいの瓦礫に腰を下ろす。


「……ユゥインの親父には、世話になった。だから、あの人が面倒を見ていたろくでなし共も、一度ぐらいは、助けてやってもいいと思っただけだ」


 ユゥインの父とは、部屋にいる、もう二度と動かないアンドロイドの事だ。以前の店主でもあったという。

 もう、彼の動く姿を見ることは叶わない。誰かから聞く事でしか、人となりを知ることが出来ない。先代店主とは、どのような人物であったのか。

 しばらく黙ったのち、ほんの少しだけ、彼から見た先代店主の姿を話した。

 

「特権と見た目を捨てた変わり者で、ヒューマノイドでは唯一といっていいほど、人情のある奴だった」


 ヴィハーンの言葉に出てきた『ヒューマノイド』。シャオは何度も耳にしていたが、どのような存在なのかを一切知らなかった。


「ねえ、ヒューマノイドって何?」

「……。ああ、そうだな。ヒューマノイドというのは――」


 その瞬間、轟音と共に、ヴィハーンが横に吹き飛んでいった。

 何が起きたのか、全く理解が出来ない。


「……え?」


 遅れて衝突音と共に、石壁が崩れる音が響く。


――ヴィーが、いない。


 何が起きたのか理解できず、そのまま体が固まってしまう。

 入れ替わるようにその場にいたのは、全身が白く、上部に黒いガラスを嵌めた丸っぽい寸胴のロボットだ。胴体には文字が大きく刻印されている。


〈―Security―〉


 黒いガラス面に、シャオの姿が映りこむ。すると、周囲にどこまでも響くような音を鳴らし始めた。天辺にはいつの間にか赤い明りが飛び出し、激しく点滅している。


 ビ――――――――――


「うおわ! っ、耳、耳がー!」


 あまりの大音量に、シャオは立ち上がったが、そこは足場が悪い瓦礫の上。バランスを崩し、そのまま頭から後ろに倒れ込む。

 幸い受け身は取れたものの、状況は悪化するばかりだった。


「いででで……。そうだ、ヴィー! 大丈夫⁉」

 

 ヴィハーンは飛ばされた先で、かろうじて形が残っていた外壁に衝突し、崩れた瓦礫に埋まっていた。

 音に引き寄せられたのか、どこに潜んでいたのか見当もつかないほど、ロボットが集まってくる。形状は様々だが、全てが先ほどのロボットと同じカラーリング、同じ刻印を持っていた。

 最初に大音量を鳴らしたロボットは、シャオが一歩下がるたびに、距離を詰めてくる。

 

「シャオ! 逃げろ!」

「無理だよ!ヴィーと離れたらまた……!」


 シャオはつい先日のことが忘れられず、離れるのをためらっていた。頭に浮かぶのは、離れたことで認証が途切れ、見えない何かに押さえつけられた、彼の姿だ。

 迷っている間にも、ロボットたちは円を描くように、包囲を狭めていく。


 そしてヴィハーンは気づく。大量のセキュリティロボット。それらの視線の先を。気が付けば円からヴィハーンははじき出されて、包囲の中心にいるのはシャオ一人だった。

 

「違う! 狙いはお前だ!」


 すべての視線が、シャオに向けられていた。ルール違反など、犯していないはずの彼女に。

 円を構成するロボットのうち、大きい箱形の一体が、胴体を開き、シャオを収納しようと迫る。


「――やむを得ん」


 ヴィハーンは少々傷がつくのは仕方がないとし、無理やり瓦礫を跳ねのけて立ち上がる。

 そしてそのまま突進して、進路上にいたロボットを掴み、開いた胴体へ勢いよく投げつけた。

 投げ込まれたロボットは砕けたが、箱型は丈夫で、わずかに後退しただけでびくともしない。

 

 そのまま、円の中心にいたシャオを片手で掴むように、少女を胴体から抱え込むと、箱型とは反対方向に向かって走る。


「うぐえ!」


 シャオの体はくの字に曲がり、持ち上げられた衝撃と走る動作の振動で世界が大きく揺れて、周囲の状況が全く分からなくなった。

 ヴィハーンはその様子を気にする事なく、そのまま別のロボットに肩からぶつかるように体当たりして包囲網を突破した。

 無理に加速したことで、左足から軋むような嫌な音が響く。

 

 ヴィハーンは倒れこむ直前、シャオを掴んだ腕を大きく振りかぶった。

 衝撃が消え、つかの間の浮遊感が襲い掛かる。

 

「構えろ!」

「え、構えろって、一体なに――!?」


 投げられた先は瓦礫がなく、シャオは転がりながらも体勢を立て直すことが出来た。

 そのまま勢いを殺さないまま立ち上がり、足に力を込め、地面を後ろへ蹴っていく。


「振り向くな! 走れ!」

「――!」


 その声と、同時に聞こえる破壊音を背に、シャオはただがむしゃらに走っていった。今自分がどこにいるのかもわからずに。





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