異類婚余話
何につけ例外というものはあるもので、グリム童話を読み返していたら、「一時的に人間に化けて人間と結婚した異類が正体をあばかれて離縁or殺害される」でもなく、「魔法で一時的に異類にされていた人間が人間にもどって人間と結婚する」でもない。ストレートに「異類が人間になって人間と結婚する」お話があったのを、思いだしました。
「三枚の鳥のはね」(KHM63)です。
もっとも、これも、異類婚姻譚というよりは、末子成功譚かもしれませんですが……ヒキガエルがもとは人間だったと説明されるでもなく、結婚したあとで正体をあばかれて破談になるでもなく、その「末子」が元カエルのお姫さまと結婚してメデタシメデタシ、みたいになっているのは、まちがいありません。
おおまかな筋立ては……
王様があととりを決めるため、三人の息子に課題をあたえて送りだす。その行く先を決めるのに、三枚の鳥の羽をなげて、それぞれ羽が落ちた方へ行けという。
で、兄二人はそれぞれの方向へ行きますが、末子だけは羽が足もとにおちたのでどこへも行けない。どこにも行けないが、ふと見ると、その足もとに地下への入り口がある。そこをおりていくとヒキガエルの世界。
そこでヒキガエルに助けてもらって、つぎつぎ課題をクリアしていくわけですが……三つだされる課題の最後が「いちばん美しい嫁さんをつれてきた息子の勝ち」というもの。で、末子が連れて帰るのが、ヒキガエルの変身した美女。それで勝利してメデタシメデタシ。
くりかえしますが、魔法でカエルにされていた人間、などという説明はありません。あるいは、もしや説明がカットされているだけで、本来はカエルにされていた元人間のお姫さま~だったりするのか?と疑ってみることもできるかもしれませんが……しかし、これも、どうなのでしょうねえ。
すくなくともグリムの決定稿だと、最後の最後、カエルが人間になったあとでも、まだひとくさりありまして、そのお姫さまが、元カエルとしての能力(※ジャンプ力)を活かしてさらなる勝負に勝つという……だから、元人間どころか、なおさらカエル属性のほうが強調されていたりもするくらいなのですよねえ。
なので、必然的にコメディタッチにもなりますが(笑
しかし、異類婚といえば、これこそまさに、正しい異類婚というべきかもしれません。
西洋にもあるんですね、こういうの。
でも、なんで、他にはないのでしょう?
キリスト教の影響、と決めつけるのも、安直な気はしますが、やはり、昔々のもともとは、西洋にも「正しい異類婚姻」の昔ばなしがあったのでしょうか。
それが、いつのまにか、「あくまで元人間との結婚」にすりかわってしまったのでしょうか?
(それとも、当方が知らないだけで、ホンモノの異類との結婚の物語も、意外とたくさんあるのかしら???)
いずれにせよ、先だって考えたように、西洋のフォークロアに、あくまで「魔法で一時的にすがたを変えられていただけの元人間」との結婚に偏した傾向があるとするならば――
この昔ばなしも、正面切って異類婚を前面に押し出していれば、無意識の「検閲」にでもひっかかって、もっと変形されていたのかもしれません。
が、全体の結構があくまで末子成功譚であったがゆえに、(ついでにたわいない笑話のようでもあるがゆえに)、「検閲」のお目こぼしが発生した……なんて事情でもあるのでしょうか?
いずれ推測というか憶測というか、コジツケの域を出ませんし、あるいは、先述のように、単に元人間云々の説明がカットされているだけかもしれませんが……
同じグリム、同じカエルであるにもかかわらず、もっと有名な「蛙の王さま(KHM1)」のほうは、まさにモロに典型的な「魔法で一時的にすがたを変えられた元人間」との結婚でしかなくなっていることを思えば、実に、対照的というか、この差は何なのだろう、と、ふしぎに思ったりしないでもないのです。
もちろん、そんな「検閲」なんてことではなく、元人間婚も元異類婚もどちらもある、つまり豊かなバリエーション、というだけのことなら、それはそれでいいのですが……
しかし、また、グリムには「三人姉妹」などという話もあって、これなどはカエルならぬ、クマとワシとクジラですが、魔法で異類にされた人間との結婚が三組も発生。そこまで「元人間」であることにこだわるかと、その要請の根強さに、驚きあきれるほどですから……
そういう事例と見比べてしまうと、上述の「元カエル」との結婚は、なおさら異彩をはなって、いわくありげにも見えるのです。
そのうえ、カエル、ヒキガエル、ガマガエルなどというのは、西洋にかぎらず、さまざまな文化圏で、一定の存在感をもったアイコンのひとつでもあるでしょう。かくいう日本にだって、児雷也だのガマの油だのあるわけですし。
そういう意味では、わりと「異教的」なにおいのするモチーフではあるのかもしれませんし、魔女の秘薬の材料とかにされがちなのも、非キリスト教的というか、土着のニオイがするからかも……などと、ついつい、コジツケたくなるユーワクも感じやすくなってしまうのです。
はたまた、カエルとくれば、ヘビですが。「黄金の山の王さま(KHM92)」などには、魔法で蛇にかえられたお姫さまというのが登場。主人公がこれを救って人間にもどして結婚するわけで……そういう意味では河合隼雄さんのいう「魔法昔話」の典型ではあるのですが。
しかし、どうもこの場合、この姫の居城というのがこの世ではない異界の存在めいていて、しかもその異界というのが、川の裏側のような、つまり水界らしくもありますので……。
ヘビというのは日本その他「異教的」には水神さま。それを思えば、このヘビにされたお姫さまというのも――西洋式の「検閲」によって「魔法昔話」に変形される以前には――実は竜宮城の乙姫さまのような、あるいは一炊の間のうたた寝にアリだかハチだかの巣にまねかれて殿さまになった類の民話のように、もともとは、ヘビのほうこそが本体だったのではないかと推測することもできないことはなさそうなのです。
しかもこの場合、ごていねいにも、数年後、主人公が里帰りしたいといいだし、ならばこのアイテムをもっていけ、ただしこういうことはするな、と、タブーの約束、という……まさに浦島太郎式の展開をもむかえて、なおさら乙姫様的というか、「異教的」な伝承との類縁を感じさせたりもするのです。
そして、この約束は――当然ながら――やぶられるわけですが……その結果、突然、お姫さまが心変わりして、主人公を捨てるという超展開(笑
ですが、これも、異界の女≒異類と結婚したあと、約束を破って、別離に終わるという……見るなの座敷式の異類婚姻譚がもともとのベースにあるのではないかと、推測してみることは可能でしょう。
まあ、グリムの場合、そこから、お姫さまへの仕返しという、クドイ展開になっていくのは、われわれがわのフォークロアとは、だいぶかけはなれた感性かもしれませんが……
それもやはり「検閲」の結果の変形というか、それこそ西洋式の合理化(だか不合理化だか)の都合なのかもしれないと、推測することは、なおまだ不可能ではなさそうです。
その変形のすさまじさに、「西洋」の特殊性を見るべきか、あるいは、どれほど大きく変形されていても、やはり根っこはつながっているのだと、無意識の普遍性に瞠目してみるべきか……
どこまでいっても推測・憶断・妄言みたいなもので、たいがいにしとけというところではありますが、ホドホド程度に妄想してみるのも、またたのしからずやというか、民話・童話・昔話の醍醐味のひとつではあろうかと思ったりしないでもないわけなのです。はい。




