「異説・猿の婿入り」について
童話? 創作昔話? "二次"創作昔話?
なんというのかアレですが、新作一本公開しました。
異説・猿の婿入り
https://ncode.syosetu.com/n6187mu/
最近、この連載でも、やたら異類異類いうてると思うたら、つまり、これ書いてたわけですね、と(笑
まあ、いつものことですが……わりと連動してます?
※エッセイはこちら↓↓↓
異類について
https://ncode.syosetu.com/n7715ll/60/
龍宮クエスト
https://ncode.syosetu.com/n7715ll/61/
作品情報にも書いたとおり、「猿の婿入り」は有名な民話。ですが、わりとヒドイというか、完全に猿が被害者ではないかとむかしから思うておりました。
それはなにも当方だけにかぎったことではなく……
たとえば近藤よう子さんのマンガ『雨は降るとも』など、「わるい娘じゃ、猿がかわいそうじゃ」「そんなに好いてくれるなら猿の嫁になってもよい」などという姫さんが(たしか)登場していたような気がします(身分ちがいの恋のメタファーでもあったかしら?)。
童話など書くようになった折から、フォークロアへの関心もあらためて再燃している今日この頃、イモヅル式にそんなこんなを思いだし……とこうしているうちに、うっかり思いついてしまったのが、つまり、このお話なわけです。
有名なのでいまさらですが、一応、まとめておくとすると、原話のあらすじは――
農作業に嫌気がさしたじいさまが、「猿でもいいから手伝ってくれたら娘を嫁にやる」などとウッカリ口にしたら、本気で猿が手伝いにでてきて、娘を嫁にやるはめになるものの……この娘が知恵者で、重い荷(※臼のほかにもバリエーションあり)を背負わせたまま、「あの花とって」とねだったところ、猿が木から落ちて川流れ。娘はぶじ帰ってきましたという、なんというか、美人局みたいなお話。
この猿が流されながら歌など詠んだという話も多く……各地の民話サイトなど覗くと、いろいろバリエーションもあるようです。
ちなみに、西日本では、嫁入り当日の犯行。さくっと行って・さくっとヤッて・さっさと帰ってくる、往路型が多いそうですが。
東日本では、一定期間、夫婦生活をおくったあと、里帰りのときに犯行に及ぶという、復路型が多いそうです。
会ったばかりの実質赤の他人をコロすのと、それなりの期間生活を共にしたパートナーをコロすのと――西の直線的な単純明快率直さにくらべて、東の計画性というか冷徹さというか根深くも強靭なサツ意というか、どっちがどっちなのでしょうねえ。あ、どっちもどっちですかそーですか。
閑話休題。なので、当方の作品でも、一話は往路、二話は復路になっておりまして……そのままハッピーエンドで終わろうかなとも思ったですが、しかしそれはそれで、むずがゆい。
当人同士はいちゃいちゃ・らぶらぶでよいとしても、村落共同体的には、そういうわけにいくめいなあ、というかなんというか……。
そもそも、フォークロアというのは(個人の作品ではなく)常に共同体のフォークロア。
で、その村落共同体は、前回引用した堀切直人的な「排除」の上に構築されているわけで……抑圧排除の領域であるお山の異類と、人的秩序の領域である里の娘の結婚≒異類婚を、村落共同体が安易に認めてしまったら、フォークロアらしさが失われてしまうよなあ、などと意味不明の脳内供述をくりかえしつつ、三話はああいう形になったわけです。
(※もしも、あそこでヒロインががんばって、異類婚を家族や村人に認めさせてしまったら、あるいは、それこそ――個人が共同体を変革する――ハリウッド的なヴァージンズ・プロミスの物語になるのかもしれません??? あー、それとも駆け落ちエンドでもよかったのか。書いてるあいだはコロッと忘れてましたですが、大蛇と姫さんでそんな伝説みたいなのもあったですしねえ…それでも共同体=殿さまサイドがサツ意をもつのは同じなわけですが)
そういう意味では、河合隼雄さんのいう「蛇は蛇として、殺してめでたいと思っている国」という範疇からは、ぬけだしていないわけですが……
だからといって、単に原話の逆張りをするだけだと、フォークロアの「否定」になるだけのこと。それよりは、むしろ、そういう「殺し」にどういう意味・機能があるか、フォークロアの否定ではなく「解明」のほうが、味わい深いかなーなどとも思うわけです。いや、ホントのところは知りませんけど(汗
ちなみに、河合さんは例の論文ではあまり区別をつけていませんでしたが、ひと口に異類婚姻譚といっても、異類がオスである「○○婿」と、異類がメスである「〇〇女房」とで、違いがないでもないわけで……
例外はもちろんあるでしょうが、全体的な傾向としては、「〇〇女房」の場合は離縁だけですむケースが多く、時には子どもがうまれて無事に育つこともある一方、「〇〇婿」の場合は猿でも蛇でも殺害されるケースがわりと多いような気もします。
蛇婿の場合、妊娠・出産の場合もありますが、その子というのも蛇でして、基本、鏖殺されるのが……遠野物語はじめ民話のパターンだったかなあ、と。河童もそうですね。
このあたりにも民俗の集団無意識みたいなものが何らか作用しているのかもしれませんねえ。レヴィ・ストロース的な「女性の交換」とかいうとちょっと地雷原なのであまり踏みこみたくありませんが(汗
当方の作品も、つまり、その「〇〇婿」のほうなわけですからして、なおさら、生存エンドにはできにくかったというか、したいと思えなかったのかもしれません。
まあ、おかげで、原話のオチであるところの、歌エンドをあらためて踏襲することもできましたし、結果オーライというか、本人的には、納得してます。
(※歌エンドということは、つまり、歌の由来を説明する、ある意味、歌物語であって、歌の由来譚として、このほうがよくね?と、当方的にはいいたかったのかもしれませんですねえ…)
それに、まあ、最終的には仲を裂かれたにしても、「裂かれる」ことが可能だったということは、その前提として「結ばれる」こともできていたわけでして……当の嫁ごにサツ害される原話にくらべれば、第三者にヤラれる本作の場合、婿どの的にはロミジュリ的な甘さも味わえたかもですしねぇ。
前述の近藤よう子さんのマンガにしても、姫さんが河原者と駆け落ちしたところで、現実的に行き着く先は、元の許嫁がいうとおりの窮乏・貧苦のあげくのはての……かもしれないわけですが。それでも何でも「雨は降るとも」今この瞬間の完全燃焼~みたいな価値観もあるわけでしょうほどに。
あ、ちなみに、嫁ごのその後、ですが……
・髪をおろして尼寺に~という出家エンド
・あるとき急に叫んで、山にかけいって、それきり~という失踪エンド
・ふつうに人間の男に嫁いで幸せに~という、こともなしエンド
・その後まもなく亡くなったエンド
など四パターンほど考えましたが、どれかひとつに固定したくもなかったというか、どれを書いても蛇足かな~ということで、ああいう歌エンドになったというわけでもあります。
まあ、何が正解かはわからないというか、正解がいくつもあるのがおブンガクってやつかもしれませんが(笑
民話・説話・フォークロアその他もろもろに興味のある方面も、そうでもない方面も、どうにかして、おもしろがっていただけまいものかというか、たのしんでいただければよいなー、などと思ったりもする今日この頃なわけです、はい。
異説・猿の婿入り
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