ガラスの靴をはいた赤ずきん
ワタクシゴトで恐縮ですが要介護の母にサブスクでアニメとか見せたりすることがあります。
アニメといっても、昭和の少女マンガ原作だったりそれこそハ〇ス名作劇場だったり、つまるところ、佐藤さとるさんのいう「二種類のおもしろさ」でいえば、『小学生全集』のほうに相当するようなものが多いですが……。
ここ一連の「赤ずきん」の話は、まさにその佐藤さん的『小学生全集』的おもしろさとも関係あるんじゃないかと――少し前に書いたとおり――思ったりもする今日このごろ。
実際、とある名作劇場アニメを母に見せていたところ、そういやこれも「赤ずきん」かしら?などと、そう思ったりもしたのでした。
『小公女セーラ』です。
原作はバーネットの『小公女』ですね。アニメのイジメ描写があまりに鬼畜すぎて、食指が動かず、まだ読んでませんが(汗
そのうえ、アニメのほうもまだ途中まで、それも母のついでにチラ見ていどにしか見ていませんが……
ついでに名作劇場はアニオリ祭りなので、陰湿ないじめ描写やガチクズキャラがどこまで原作に忠実なのかも不明ですが……
それでも、やっぱり、骨格くらいは、見えてくるもので(物語類型なんて雑駁な話ですしね)……。
裕福だった女の子が、親をなくして貧乏になって、いぢめられて、そこからの大逆転、という……物語のパターン的には、シンデレラなんですね、これ。
原作に同じシーンがあるのか不明ですが、とりあえずアニメ版には、主人公が年少組にまさにその「シンデレラ」の物語を話して聞かせる場面などもあったようなので、わりとスタッフ的には確信犯なんだろうと思います。
たとえていうなら、学院長≒継母、イジワルな同級生≒義姉、みたいな立ち位置。
そこへ失敗したと思われていた父親の事業が実は大成功していて、莫大な遺産という名の"ガラスの靴"が登場する……と。
問題は、それが同時に、赤ずきんパターンとしても読めるのでは?ということで……
学院長≒継母、イジワルな同級生≒義姉――とすれば、彼女らに支配された学院は、グレートマザーの母胎的空間≒オオカミの腹の中、と、いっていえないことはなさそうです。
そのオオカミの腹の中から、ヒロインを救いだすというのですから、インドからきた紳士というのも、つまり「猟師」の資格十分。
しかも、その「猟師」が、どうやら「父」の親友という展開みたいですから、ユング大歓喜の鉄板アーキタイプというところではないでしょうか。
やはり赤ずきん――というより昔話――というのはなかなか汎用性が高いもののようです。
ただ、グレートマザーからの救助者は、赤ずきんの場合はあくまで猟師。ユング的にはそれが父性の機能(切断)だというような話にはなるみたいですが、物語上で実父が登場するわけではありません。
シンデレラにいたっては、救い手は、魔女だったり王子だったりするわけで。王子は、まあ、男性原理とかなんとかコジツケられるかもしれませんが、魔女のほうは父どころかむしろグレートマザーの一種(「産婆」役ならそれはそれでアリという気もしないでもないですが笑)。
もっというなら、「父」――特に実父が活躍するケースって、昔話には、あまり多くもない気がしないでもないですねえ。「ヘンゼルとグレーテル」みたいに役立たずだったり、三人兄弟譚みたいに冒頭でさっさと他界したり。
むしろ、難題求婚譚の嫁の父≒義父的なキャラのほうが、試練として立ちはだかる「父」として機能する場合が多いような……
家庭「内」を支配する母性に対して、家庭「外」で日銭をかせいでくるべき父性というのは、もともと外部性・他者性をおびるべきものなのかも……いや、わかりませんけど。
そのあたり、なお、まだ、気になる点がなくもなく……
こうした物語の類型的な話は、まだしばらく――童話を書いているかぎりは、ずっと?――つづきそうというか、つづくのだろうなーという気がしている今日この頃です。
雑駁な話なのは百も承知ですが……実作者のハシクレのカザシモの一種としては、自分が書くべき物語の――「骨格」全体とまではいわないにしても――せめてその「背骨」くらいは見きわめておけないものか、などと、思わないでもないのです。
(当方自身の童話には、最近、わりとストレートに「父」が登場したりすることもあるので、なおさらです)




