表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童話についてアレコレ  作者: 七瀬みる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/44

ユング・フロイト・リンガ・リンガ

 フロイトのいわゆるエディプスコンプレックスは、日本では、一時、マザコンの代名詞のようにもいわれましたが、本質的には、むしろ、どちらかというと、ファザコンのほうに近いものかと思います。

 なんとなれば、そこにおける主題はあくまで父と子の葛藤であって、母は勝者のためのトロフィー程度のものでしかない――のではないか?

 エディプスのみを過剰に特権化せず、むしろ、ルネ・ジラールの三角形的欲望、その内的媒介の思春期男子的ヴァリエーションのひとつとでも思えば、すっきり理解できるものかと思います。


 対して、ユングは、母性のはたらきを、グレートマザーの原型として実体化してみせます。そのぶん、母性社会日本の病理~のように、河合隼雄的に便利ではあったかもしれません。

 さりとて、そのグレートマザーの負の側面からの、子どもの救済者として登場するのは、やはり、父。

 母子密着を否定して、子ども(≒男の子)に向かって、「大人になれ」と命じる、父権的な世界であることは、実は、ユングもフロイトとそれほど異なるわけではない、ようにも思えます。


 ハリウッド脚本術の元ネタになったジョゼフ・キャンベルの神話学は、ユング派の影響をおおいに受けていますが(実際に読んでみると、それだけというわけでは決してなさそうですが)、そうして生み出されたハリウッド映画というのは、かなりの部分が、すこぶる父権的でマッチョなものです。リンガ崇拝。パパダイスキ。


 しかし、そうなると、問題は、やはり、フロイト的テーゼ――「抑圧されたものは回帰する」かもしれません。


 父たちのいとなむ健全な・あかるい・社会的・経済的・政治的生活――昼の世界。

 それは、悪しきグレートマザーの「闇」を排除することによって成立している。

 とすれば、その排除され、抑圧され、追いやられた「闇」は、いずれ、かならず、回帰してこざるをえないことになるでしょう。


 異界・他界・神隠しといった遠野物語的な世界も、あるいは先日の谷川ゆに子のいうなつかしい故郷としての「あの世」も、いずれこうした排除・抑圧から、必然的に析出されてくるものなのかもしれません。

https://ncode.syosetu.com/n7715ll/37/


 しかし、また、光と闇はいずれ共犯関係。光に闇が添う云々。そもそも、人間が、単なる男や女ではない、父や母になるのは、子づくりの結果なのだから……ボーイ・ミーツ・ガールも、誕生も、死も、いずれはおなじく生命のサイクルの一断面。単に相互に排斥的なだけではないでしょう。


 などというと、いちおう、きれいには、まとまりますが……


 しかし、やはりどうにも、父性の導きと母性の誘惑――光と闇の綱引きというこのまとめでは、焦点となるのは、あくまで「男の子」。

「そして少年は大人になる」≒「そして男の子は男になる」

 どこまでいっても、父と息子の物語、ということになってしまって……。

 女の子はどーすんだろうね?という素朴な疑問は、置き去りになる気がしなくもありません。


 というところで、唐突ですが、長くなるのでいったん〆

 この稿、つづきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ