写経:4(または、うさぎ穴ルール)
以前、「水のトンネル」を写経したとき、佐藤さとるさんは「メルヘン」と「ファンタジー」の違いにこだわっていた作家さんだった、と、書きました。
当方の理解力だと、あまりうまくまとめられないのでアレですが……
フシギ現象がアタリマエに起きて、だれも不思議に思わない――のがメルヘン。フシギ世界そのもの。
フシギ現象などありえないはずの世界でフシギ現象が起きる(≒登場人物がオドロク)のがファンタジー。リアルの世界にフシギ世界が貫入してくる感じ?
……みたいな印象だったかしら?
もちろん、境界線はあいまい。グレーゾーンは大きいでしょうけれど。
――――(引用ここから)――――
一般の写実的文学作品は現実と同じ世界のもとに描かれていて、当然ながら非現実を排除している。これも、もちろん一次元だが、メルヘンのように非現実をあたりまえとした世界もまた、一次元である。それに対してファンタジーは、この両方の性格を兼ね備えている場合が圧倒的に多く、二つの世界を結ぶためのくふうがさまざまになされる。
(佐藤さとる『ファンタジーの世界』)
――――(引用ここまで)――――
つまりは、この「二つの世界を結ぶためのくふう」というのが、先日ふれた「アリスのうさぎ穴」なわけですかね?
しかしこれがなかなかムツカシイ。
佐藤さんがしばしばファンタジーの定義の好例として引用されるロバート・ネイサンにいわく、
「起こったことなどなく、起こり得るはずもないこと。だが、起こったかもしれないと思わせるもの」
だそうですが……
なんといっても「起こり得るはずもないこと」が「起こる」なんてのはつまり矛盾なわけで、ふつうはそれこそアリエナイ。
どうやって「起こったかもしれない」などと「思わせる」か、説得力をもたせるか。
わりと難題。
だからこそ「くふう」ということにもなるわけでしょうけれど……。
「二つの世界を結ぶ」というのですから、実際に空間的な「通路」のようなものになる場合もあるでしょう(それこそうさぎ穴のような)。
しかし、別にそれだけに限った話でもないでしょう。
『トムは真夜中の庭で』なら、うさぎ穴になっているのは、空間よりもむしろ柱時計が打つ「時間」ですし。
『マリアンヌの夢』ならベッドにいながらにして見る「夢」ですし(あるいは病気かもしれませんし、二人同時という条件もあるかもしれませんし、いやあるいはすべて一方通行の妄想かもしれませんし)。
ほかにも、たまたま何かを見つけたり、入手したり、といった、「アイテム」や「トポス」。儀式的手順をふんでみたり、封印や禁忌に抵触したり……といった「行為」なども、うさぎ穴になることがあるでしょうか。
そういえば、超常的な方面のホラーや怪談といったジャンルは、それこそ現世と魔界・霊界・他界・異界、文字通り「二つの世界」が結ばれてしまうわけですから――佐藤さんの整理にしたがうのであれば――ファンタジーの近縁といってよさそうですね。いろいろな「うさぎ穴」がありそうです。
ところで、佐藤さんがいうように、ファンタジーといっても、ベースはリアリズムであるとするなら、そうした「うさぎ穴」もただデタラメに出現するだけでは説得力がないでしょう。
物理法則は無視してもいいでしょうが、作中世界内での一貫性というか、論理性というか、相応の規則性や再現性――なんらかもっともらしいルール――などは、欲しいところかと思います。
だからといってあまり合理化しすぎるとファンタジーというよりSFになってしまうかもしれませんけどね……(まあ、佐藤さんは、SFはファンタジーの一種、として、星新一さんの作品をファンタジー童話のアンソロジーに収録したりもしてますが)。
上述の『トムは真夜中の庭で』なら、時計が夜中に13回鳴らないといけませんし、『ナルニア国物語』でもナルニア産の木で作ったタンスだったりとか、ナルニアがわで召喚アイテムをつかったやつがいたとか、相応に理由のある「うさぎ穴」が毎回用意されていたかと思います。
佐藤さん自身、上で引用した著書では、古今のファンタジー童話の名作の数々から、「うさぎ穴」の例をいくつも紹介されていましたね。
ということで……
たまたまなんとなくそんなこんなを考えていたところ、ふと、じゃあ、そうしたうさぎ穴ルールの設定がおもしろい作品を、いくつか選んで写経してみようか、などと思いついた今日この頃なわけです。
前ふり長くてスミマセン(汗
とりあえす、第一段は佐藤さんの「この先ゆきどまり」。
作者自身が(うさぎ穴とは別の意味で)「これは書いておいてよかった、と思う作品」といっていらした一作ですが……
・佐藤さとる「この先ゆきどまり」
文字数 10516 文字
改行除く 10303 文字
改行・空白除く 10153 文字
原稿用紙 31 枚
……でした。
カウントサイトで昔懐かし原稿用紙換算枚数も表示されていたのでついでにコピペしておきます。
1万字。これも感覚的にわかりやすい「節目」ですが……ちょうど30枚くらいなのですね。二重に「節目」かしら。
読む方の生理的にもちょうど手ごろな長さかもしれません?
それはそれとして……
いろいろ工夫をこらしてフシギ現象のルールを作りこんである一作。むしろ全篇がルールの探求に終始しているような作品ですが。
同時に、「水のトンネル」のときもそうでしたが、うさぎ穴への導き手として「犬」が登場する作品でもあります。
こうした異類――われわれとは異なる常識を持っているかもしれないと思わせる存在――というのも、ファンタジーの回路として、しばしばみられる「仕掛け」のひとつかもしれません。
アリスのうさぎ穴へアリスを導き入れるのだって、つまりは、うさぎだったわけですしね……。
主人公自身は、フシギ現象などありえない(はずの)リアリズム世界の住人だとしても、それはあくまで、主人公たちが世界をそう認識しているというだけのこと。
この世界のなかには――となりには――そばには――実はいつもあたりまえに異界が存在しているのかもしれません。
ただ、人間がそれを知らないだけかもしれません。
犬とか猫とか、人間とは異なる感覚器官をもった生物には、人間とは異なる世界が見えているのかもしれません。
もし、なんらかのきっかけで、その秘密を垣間見ることができたなら……
……なんて、わくわくさせることに成功したら、それがつまり「くふう」がうまくいったということかもしれません?




