第5章 ⑤
「はぁ~」
戦いの緊張感から解放されて、エイリスはほっと一息。集中のために試合前にはいつもより暗めに設定してあった照明の明るさをもとに戻して、備え付けのソファに腰を下ろす。
毎朝のランニングの成果か、体力がついてきた実感がある。さっきの試合も結構動いたはずなのにまだまだ大丈夫だ。
これまた備え付けの冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクを飲み干してゴミ箱へ。
「さて、と」
あんまり長居していると次の人が来てしまう。
勝ったおかげで気分は上々。足取りも軽く、彼女は出口への通路を歩き出した。
コツ、コツ、と足音が壁に反響する。階段を上りきれば外はすぐそこ。扉を開けると沈みかけた太陽の眩しさに目がくらむが、それも一瞬のこと。
出口付近に立っていたパートナーの男子にはすぐに発見。向こうも気付いたのか、エイリスの方へ近づいてくる。
「お疲れ。おめでとう」
「ありがと」
短く言葉を交わすルーミックとエイリス。
時刻はもう夕暮れ時で、一日の用事はほとんど終わった後。寮への道を二人並んで歩く。
「とりあえず、お互い一勝ね」
「今月のランク戦は一回だけなんだろ?」
「ええ。次はまた来月……だけど、他の人の戦いを見るのも勉強になるでしょう? 歴代のランク戦の映像が残っているといっても、やっぱり生で見た方が色々わかることもあるでしょうし」
「そうだなぁ……」
ルーミックの返事は煮え切らないもの。
たしかに正論ではある。大切だとも思う。しかし、彼としては見ているだけというのは少々もどかしい気がするのだ。どうせなら自分で戦ってみて反省点を探した方が良いのでは、なんて思ってしまう。
「ああでも、シングルの人がどんなものなのかは見てみたいな」
「それは私も。けど、実現は難しいのよね」
「どうして? ランク戦は全員平等に組まれるんだろ?」
「ウチの学園の生徒数を思い出してみなさいよ? 一桁同士が当たるのなんて、その中からたった九人よ。確率が低すぎるわ。ダブル以下の人が当たった場合、ほとんどの人が棄権するし」
ランク戦において怪我は自己責任。最悪命まで失いかねない戦いで、敵わないとわかっている相手に挑むのは得策ではない。
「ランクの低い側は負けた時のリスクもないから簡単に棄権できるしね」
たかだか一つの学園内でのランキングだ。シングルだけに与えられる特典はあるが、無くても別段困りはしない。そんなことに将来までかける必要性は薄い。
たしかに納得のいく理由。
「まぁ、俺なら戦うけどな」
「でしょうね。あなたならそう言うと思ってたわ」
「エイリスは?」
「えっ?」
「エイリスもそうじゃないのか?」
「……さぁ、どうかしら」
同類に向けるような悪戯っぽい笑顔で笑うルーミックに、彼女が返したのは曖昧な笑み。
はぐらかそうとしたわけではなく、悩みは本心から。挑戦してみたいと思う反面で、頭に浮かんでくるのは現在の序列九位のこと。
中等部時代に一度も勝つことのできなかった同級生。
高等部に上がって成長したのは間違いない。なのに、それでも、記憶の中の彼にさえ勝っているか自信が持てない。
加えて、彼でもまだ九位なのだ。シングルの中では最下位。上にはまだ八人もいて。一度もシングルの戦いを見ていたにルーミックと違って、そうやすやすと口に出せるほど甘くないことを身を以って知っているだけに。
――って、いけないいけない!
せっかく勝ったって言うのに、いきなり沈んでいたのではもったいない。暗い考えは頭を振って追い出してしまう。
ただでさえ最近は忙しかったし、前回の気分転換はそれどころではなくなったしまった。隣りを歩くルーミックをちらっと盗み見る。
……我ながら単純なもので。
初日からの印象こそ最悪で敵視していたはずなのに、たった一回助けられただけで……。脳内で勝手に美化されたあの日のルーミックの登場シーンが頭をよぎる。
「ち、ちがう。これはちがうから」
顔が熱くなっているような気がするのは、本当に「気がする」だけ。 何も関係なんてないんだから!
「さっきからどうしたんだ?」
「なんにもっ」
質問からは顔を背ける。本当に、最近の私は色々おかしい。ペースが乱れすぎている。原因は言わずもがな。何でもない風を装いながら、エイリスは少し歩調を早めた。顔を見ないように、見られないように。ルーミックを一歩追い越し、視線は前に固定させて。
「ところで、明日の休みはヒマなの?」
「明日どころかだいたいの休みに予定がない」
「うわぁ、寂しい」
自分のことは棚に上げて、大げさに驚いて見せる。エイリスだって人のことは言えない。
「だ、だったら、一緒に街の方へ行かない? セフィア先生に一撃当てれたし、ランク戦にも勝ったことだし、息抜きってことで」
「まだ一か月も経ってないのによく行く気になるな……」
「だって街に罪はないもの。犯人は捕まったんだし、いざとなれば誰かさんがまた護ってくれるんでしょう?」
「護ってもらうタイプでもないクセに」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
天然なのか確信犯なのか。的を外してくるような態度に少しだけむっとしつつ。
「まぁ、最大限努力はするけど」
「なら、決まりね。詳しいことはまた夜にでも連絡するわ」
いつの間にか寮はすぐそこ。男子と女子では建物自体が違うのでここでお別れだ。
「じゃあまた明日」
「ええ、また明日」




