第五章 ④
***
煙、炎、空気、雷。見えるけれど掴めないもの、見えなくて掴めないもの。世の中にそう言ったものは数あれど。質感があるのに掴めない物と言えば、挙がるものは一つしかない。
『水』。その姿形は変幻自在に。持つことはできるのに握ることは出来ない。
ぶんっ、と風切り音を立てながら、刃がエイリスの頭上を通過した。
「はぁ……クソッ!」
『本日の第四試合、一年C組エイリス・フォン・ティーニエ選手対二年D組ダンゴ・ロア選手の戦いは、学年の差をモノともしないエイリス選手がダンゴ選手を振り回す展開となっております!』
ダンゴ・ロアの魔装は身の丈ほどもある巨大な戦斧。刃自体の切れ味もさることながら、受け止めれば武器自体の重さで以って圧殺することも可能と、破壊力は絶大。しかし、それはあくまで諸刃の剣だ。
重量故に動きは鈍重極まり、エイリスを捉えるにはあまりに遅すぎた。容易に振り回すことは出来ず、体力の消耗も激しい。振り回す隙を突かれないように絶え間なく動き続けていればなおのこと。
『おおっと、ここでついにダンゴ選手の猛攻が止んだ! ここまで回避に徹していたエイリス選手が動き始めます!』
戦斧を床に立てた相手には、息つく暇を与えない。
「っ!」
一発一発は男と違って軽い。だが、速く、流麗。直線のはずの槍がしなって見えるほどに。
「はあぁぁっ!」
「……!」
『攻防逆転! 激しい斬撃の雨にダンゴ選手、たまらず魔装の具現化を解いて逃げに徹しています』
――んなわけあるか。いくらランクで負けてるからって、下級生相手に。魔道騎士の戦いは魔装だけじゃないんだよ!
武器に使っていた分の魔力を自らの肉体へ。胴に来た刺突を紙一重で躱し、槍を腰と腕で挟み込む。
握ったまま滑るようにして相手に接近。残った左手で拳を放――
「……ん?」
――とうとして、自分の体が宙を浮いていることに気づいた。ひっくり返った天地と、真正面、眼前に広がっているのは白い地面。現状を理解するより早く、ダンゴは床に激突した。
「いっ!」
「残念でしたね」
「ちっ……」
今のは一体なんだったのか。考えるのは後回しだ。
……反省。下級生だ上級生だと学年に固執していた自分が恥ずかしい。自分が向き合っている相手は格上なのだ。それをまともにやりあって勝とうだなんておこがましい!!
「…………」
男の醸す空気が変わったことをいち早く察知したのはエイリスで。やや遅れて、
『ダンゴ選手が武器を手に取った。しかしも、大振りを繰り返していた先程までとは何かが違う! エイリス選手の攻撃に掠めながらも着実に距離を詰めていきます!』
戦斧と体に流している魔力は限界一杯で、維持していられるのは長くて数分。全身に傷を作りながらも、彼の足が止まることは決してない。
焦って振り回さなくても、彼の武器なら一撃当てれば決着はつく。
一歩、また一歩。
覚悟を決めたダンゴ・ロアの迫力に当てられてか、エイリスの動きが微かに鈍ったかのように見えた。その一瞬こそ、彼の求めたもの。剛穀果断に最後の一間を削り取る。
「くっ」
振り上げられる斧に少女の反撃は間に合わない。だからといって大人しく喰らってあげるほど優しくないことも明らかで。雰囲気の変化を読み取った時点から、この状況は想定の内にある。当然、対処法も。
噴水のように湧き上がった水流が彼女の姿を覆い隠す。
「それがどうした!」
――俺の全力を、そんな苦し紛れで防ぎきれると思うな!
踏み出した左足は巨重を支える一本の軸。全身全霊を込めた一振りは、水流ごと吹き飛ばす並はずれた威力。
「――断罪の一振り!(ジャッジメント)」
飛沫が舞う。
「なっ――」
だが、水の切れ間から覗く視界、先にあるはずの影が消えている。
雨の如く降り注ぐ多量の水が音を立てて地面を打つ。
「!」
不意に背中に何かが触れた感触。首だけ振り返ると、ダンゴの背には槍の切っ先が突きつけられていて。
自分と違って油断などかけらもない顔つきの対戦相手。斧の具現化が解け、手元から光の粒子となって逃げていく。
――時間切れか。
魔力ももう底を尽いた。ここから逆転する手段は、自分にはどうあがいても見つけられそうにない。
「……まいった」
『決まったぁ!! 学年首席の実力はダテじゃない。下馬評通りにエイリス選手の勝利となりました!』
場内に響き渡る実況。張られていたバリアが消えて客席からの声がフィールドへと戻ってくる。エイリスも腕を下ろして《蒼穹の涙》の具現化をやめた。
「一年にここまで綺麗にやられるなんて……敵を侮っていたのは俺の方だったか。お前の方がランクは上だっていうのに」
「いえ、私なんてまだまだですよ。たまたま相性が良かっただけです」
あくまで謙虚なエイリスの反応に、ふっと笑みをこぼすダンゴ。
「相性なんか関係ないだろ」
完敗だ。負けた上に気まで遣われたのでは年上として立つ瀬がない。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
互いに一礼し、各々の控室へと帰っていく。選手がいなくなっても場内のどよめきはまだ残り続けて。そのまま、興味は次の試合へとスライドしていくのだ。




