第四章 ①
目が覚めると、見慣れない天井が広がっていた。白いベッドに白いシーツ。それから隣の椅子には一人の少女。
「エイリス……?」
「気がついた?」
頷いて上半身を起こそうとすると節々が痛む。見れば体のあちこちに包帯が巻かれていて……けれどその割にはもう傷は塞がりそうになっているように思える。
「ここは?」
「学園の治療室。先生の中に治癒魔法の使い手がいてね、大抵の怪我はすぐに治るの」
「ちゃんと二人とも無事だったんだな。先生が来てからの記憶がないけど……」
「ルーミックは気を失っちゃったから。騎士はあの後セフィア先生が倒したし、誘拐犯は捕まったわ。私たちが戦ったフロアにいた男や、外にいた仲間も含めて全員。
あの騎士の能力は自分の斬撃を空間に記憶させることだったって。私たちと戦ってる間も剣を振るうたびに相手の攻撃は残っていて、それを空間に思い出させることによって、離れていても傷を負わせられる。……相手が何もしていないのに斬られたのはそういう理由だったそうよ」
「そうか……」
「う、うん」
寝起きだからか頭が上手く回らない。ぼんやりとまだ気だるく、横になってしまいたい衝動を堪えつつ。
室内に沈黙が降りてくる。窓の外の世界はもうすっかり暗くなっていて。
ちらちらとルーミックの方を盗み見しながら話を切り出すタイミングを見計らっているエイリスがいる。
「そ、その――」
「そういえば、今日は何日なんだ?」
まさかあれから数時間しか経っていないとは思えない。返ってきた日付は、自分の認識と一日分の誤差がある。
「丸一日寝てたってことか……。情けねぇな」
結局自分が出来たことと言えば時間稼ぎくらい。全開の力を使って、その上二対一だったというのに結果はお察し。
「そんなことない!」
いきなりの大声に驚きながら、ルーミックはエイリスの方を向く。
「あ、ごめんなさい……」
当の本人も叫んでしまったことを恥じるように俯いて……けれどしっかりとルーミックから目を逸らすことはなく。
「あなたが来てくれなかったら私はあのまま殺されてたと思う。あなたの電話が無かったら先生が来てくれることもなかったし、頑張れなかった。だから……」
キッとあげた顔には清々しさ。頬が朱に染まって見えるのは照明の加減のせいではないのだろう。
「だから、情けないなんて、そんなことないから」
「あ、ありがとう……」
「礼を言うのは私の方でしょ?」
真摯な言葉が面はゆい。目を合わせていることも恥ずかしくなって互いにそっぽを向いてしまう。二人とも何を言ったらいいのかわからないまま、また静寂。ただ、これはさっきまでと違って、どこか心地よさを感じるような、そんな静けさだ。
満足、なんて口が裂けても言えない。
――でも。
自分でも口元が緩んでいるのを感じる。そうやって感謝してもらえるのなら、自分のしたことにも意味があるのだと思えるから。
どれくらいそうしていただろうか。まだ春だというのに、二人の体感温度は真夏並み。火照った頬がさめるのを待って、エイリスが口を開いた。
「でも、ルーミックはどうして昨日あんなところにいたの?」
「…………」
「?」
その質問に正直に答えるべきか迷いどころ。
答えに窮するルーミックの姿にエイリスは不安げに首を傾げる。
「私変なこと聞いた? 答えたくなかったら、答えなくても大丈夫だけど」
「いや、そういうわけではないけど……」
理由は極めて個人的はもの。わざわざ言うのも恥ずかしいし、言わないのもそれはそれで後ろめたいことがあるのだと誤解されても困る。
――ああ、もう! どうにでもなれ、だ。
「エイリスを探しに行ってたんだよ」
「えっ――?」
「ずっと雰囲気悪かったし……。俺たちが言い争うのってだいたい戦い方とか鍛え方とか、騎士関係のことばっかりだろ? だからそういうのが関係ないところから仲良くなろうと思って。部屋に行ったらルーメイトの人から街に出かけたって聞いたから、その後を追ったってわけ」
少しストーカーじみている気がしないでもないので言うのを躊躇っていたのだけれど。
「…………」
やはり少し気持ち悪かっただろうか。黙り込んでしまったエイリスの方を向くのが億劫だ。
しかし、彼女が固まったのは、彼の予想とは全く違う原因から。
思いもよらなかった返答に処理が追い付かずにフリーズする、そんな彼女の背後から、音もなく忍び寄る影が一つ。
「もしかして、お邪魔でしたかぁ?」
「わぁっ!?」
「あらあら……そんなに驚かなくても」
「いきなり現れられたら誰だってそうなります!」
喋り方で誰かは丸わかり。
飛び退いた拍子に倒してしまった椅子を立て直しながら、エイリスは抗議の目をセフィアに向ける。




