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第三章 ⑨

***

「おおおおぉぉっ!!」

「ふんっ!」

「はあぁぁっ!」

ルーミックの斬撃は盾によって払い落とされるが、その隙を埋めるようにエイリスが間合いの外から内から援護する。時にルーミックに並び、時に二人から離れて。アンドレの反撃を絶妙のタイミングで抑え込む。

そのおかげで、ルーミックは剣を振るうことだけに集中できるのだ。

ルーミックの技の威力も速さも、セフィアと戦った時と比べて段違いに強い。攻撃の波は絶え間なく。だが、目の前の騎士にはその猛攻でさえ有効打にすらになってくれない。

――しかもこれは。

明らかにオーバーペースなのでは? 少なくともエイリスにとっては。

いくらセフィアが来てくれるとは言っても、それがいつになるのかわからない以上こんな短距離走のように全てを使い切る戦い方では長くは持たないはずだ。不安が胸をよぎる。

「ガキがっ!」

闇雲に振り下ろされたアンドレの刀はかすりもせずに空を切る。

似たような景色が延々続いている中にあって、目印になるのは積み上がったガレキだけ。めまぐるしく動きまわっていたせいでそこからはずいぶん離れてしまっている。

「ふぅ……」

「はぁ、はぁ……」

三人の中で息が上がっているのはエイリス一人。

敵の一挙手一投足への注目が彼女にある違和感を覚えさせた。

「あの盾……」

溶けているのだ。

均一的にはなく、無造作に。何ともなっていないところもあれば、もう少しで貫通してしまうのではないかと思うほどまで融解が進んでいるところもある。エイリスの水でも貫けなかったほどの硬度の盾が、だ。

「これがお前の力か、小僧」

 盾だけでなく刀の方も。刃こぼれなんて生易しい次元じゃない。歪になった自分の魔装に目をやって、憎々しげにアンドレが舌を打つ。

「そうさ。自分の炎を凝縮して刀に押し留めることによって、触れたものを溶かして断つ。あんたの武器ももう使い物にならないだろ」

「……この程度、お前らごときを殺すのに支障はないな。それにもう、タイムアップだ」

凄惨な形になった短剣を見てもその顔から余裕が消えることはなく。むしろ楽しそうに弾む声に、二人は眉をひそめる。

「これまでに色んなヤツと戦ってきたが、俺の魔装をここまでボロボロにしたヤツは初めてだ。学生にしちゃ頑張ったが、諦めな。ここはもう俺の支配下だからな」

根拠の見えない自信は、しかしただのはったりとは思えない。そもそもまだ向こうはまだ能力を使っていないのだから。

ルーミックとエイリスのアイコンタクト。うかつに近づくのは危険か。エイリスならこの距離からでも十分に攻撃出来る。

「でも……」

彼女もかなり限界が近い。格上相手に守りに入る無謀さはこの前学んだばかり。

……ここにきての単独プレー。パートナーを信頼しきれなかったルーミックの行動は。

自身の最高速で以って、この勝負を終わらせること。

けれど、振るった刀がアンドレに届くことはなかった。

「なっ……!?」

何もないハズの空間で突如脚に走った痛みに、ルーミックの速度が落ちる。

一度ではなく、二度、三度と。あらゆる方向から同時に切り付けられたかのような激痛。アンドレまでの短い距離を詰める間に、目立った傷のなかった彼は全身血まみれの傷だらけ。止めと言わんばかりに、不可視の攻撃がルーミックを切り裂いた。

「ルーミック!」

「だい、じょうぶ……」

膝から崩れ落ちそうになるのを、剣を支えにどうにか堪える。

形勢が傾くのはいつだってあっという間。やりあえるんじゃないかという期待はあれど、油断はなかった。

――なのにこのザマかよ。

これだけ喰らっても未だに何が起こったのか皆目見当もつかない。気づけば倒れないように踏ん張るのでやっとという現状。駆け寄ろうとしたエイリスも足をやられて崩れ落ちる。

「ここまでだな」

勝利を確信し、後は悠々と敗者に止めを刺すだけ。

「ま、まだだ……。まだ……!」

グッと立ち上がろうとする姿は痛々しくて、目を逸らしてしまいそう。

「終わりだよ、さっさと逝きな」

アンドレが一歩歩みを進めようとすると、それを阻むように波が押し寄せる。

「っ!」

 足止めにもなりはしない、無駄なあがき。

「はぁはぁ……」

道のりには血と水が混ざって流れている。

いつの間に移動したのか、ぐったりと倒れ込んだルーミックをかばうようにして、エイリスは一人立ち上がった。

そんな光景に、アンドレは大きなため息をつく。

「往生際の悪い。いい加減わかれよ。もう勝ち目はねぇんだよ!」

「嫌よ」

キッパリと凛とした声。その目は決して死んでいない。

「助けてもらって……私のために負わせた傷が――」

助けてもらった人が、まだ諦めてもいないのに。

頭が不可能を訴える。

「私はまだ動けるのに……」

自分一人なら逃げられるのではないかと考えるどうしようもない自分がいる。

「けど、そんなの」

『心』が、叫ぶ。

「こんなところで屈してたまるもんですか!!」

「よく言いました、エイリスさん」

「えっ?」

ふわりと、視界の中で栗色の髪が揺れる。敵を見据えていたはずのエイリスの瞳が映すものは変わっていて。

「せ、先生……」

「はい、先生ですよ。遅くなってごめんなさい」

「あ、あれ……?」

穏やかな笑みに気が緩んだのか、足から力が抜けて、へたり込んでしまうエイリス。

「そ、そうだ、ルーミックが!」

「い、いや、俺は……」

「……大丈夫みたいですね。少なくとも、命に関わる傷ではなさそうです」

まともに立つことさえままならないルーミック。しゃがみこんだセフィアの手が、そんな彼の頭を優しく撫でる。

「よく頑張ってくれました。すぐ病院につれていきますから、あとはわたしに任せてください」

「はい……」

ルーミックの意識はそれっきり。重くなった体はセフィアが受け止めて、ゆっくりと地面に寝かせてあげる。

そんな背中に背後から忍び寄る影があった。

「先生!」

注意を促す声にはもはや振り返ることもなく。振り下ろされた刃を『手』が受け止める!

「チッ」

「そんな刀で向かってくるなんてどうかしてますね。まぁ、逃げようとしてもさせませんけど」

……初めて見る。中等部時代からセフィアを知っているエイリスでさえ、こんなに怒った彼女の顔は見たことがなかった。

「正騎士の身でありながら犯罪に加担し、あまつさえ守るべき市民にまで手を上げるなんて、許せません。恥を知りなさい」

いつもの間延びした口調もなくなっている。

「ふん、教師だか何だか知らねぇが、説教されるいわれはないぜ? 自分の力を自分のために使って何が悪い」

「力を人のために使うのが騎士です」

「わかってねぇな。『誰かを助けたい』も『誰かのためになりたい』も結局は自分の願望だろ。結果他人のためになったとしても、動いたのは自分のためじゃねえか。俺とどこが違うってんだ? 今あんたがこうしてるのも動いたのは自分のためじゃねぇか」

「否定はしません。今のわたしは、わたしのためにあなたを倒します」

「言ってな。そこから一歩でも動いて見ろ。一瞬でそこに転がってるガキみたいにしてやるよ」

「そうですか。では――」

――――。

「ぐっ……!」

相手に反応さえ許さずに。突如現れた白い手が、アンドレの巨体を殴り飛ばす。その一撃は重く。男は向かいの壁まで吹き飛ばされた。

「――では、一歩も動かずに倒すとしましょう」

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