1.エルとファル
魔力の強奪とは、陰属性魔術特有の現象であり、その使い手はごく限られたオドの特性の持ち主のみである。
この世界で魔術とはふたつに分けられる。
それは『空間干渉魔術』と、七種類の『属性魔術』である。
この国は十数年前に起きたある事件により、特に結界術に力を入れており、その結界術や飛行魔術などは、『空間干渉魔術』に入る。
そしてあの竜災の時、ファルと呼ばれた少年が使っていたであろう陰属性魔術は、もう片方の七種の『属性魔術』の中に含まれる。
王宮内にある図書館、その奥の窓際に座り、エルは魔術の基礎の本を開いていた。
エルはこれまで学校へ入ったことはなく、家庭教師から教養を学んできた。
この中等部の範囲である魔術の基礎も既に習っていたが、実際にこの目で、世にも珍しいあの陰属性魔術を目にした後となれば話は変わってくる。
エルは基礎の基礎を再度読み直すことによって、知識の見落としがなかったかを再確認していた。
「属性魔術のうち、陰と陽は『二大属性魔術』と呼ばれる……。基本的に陽属性魔術の使い手が多い中で、稀に陰属性魔術の使い手が現れることがある」
エルも陽属性魔術をベースに持っている。
陽属性魔術とは、陰属性魔術の対であり、魔力を流し込む性質があるのだ。
そしてほとんどの者はこの陽属性魔術の性質をベースに持っており、それは基本属性魔術である水や炎などの橋渡しの役割を担っている。
『属性魔術』とは七種に分けられる。
二つは『二大属性魔術』である陰陽と、残り五つは『基本属性魔術』である火水雷土風、合わせて七つ。
「やっぱり陰属性魔術の記載は、あまりないのね」
そして魔力はそれぞれ、生物の体内のものはオド、体外のものはマナと呼ばれている。
例えばエルは、その体内にあるオドから、陽属性魔術を介して魔法陣と魔術式をイメージし、詠唱を口にすることによって、水属性魔術を行使することが出来るのだ。
同じように陰属性魔術も五つの基本属性魔術への橋渡しとして使うが、その性質は少し異なる。
「陰属性魔術とは、魔術を奪う性質がある。それ自体は有名な話だけれど、実際に使い手が少ない分、まだ明かされていないことは多い」
陰属性魔術はそれ自体が、謎だらけな存在なのだ。
更に、陰と陽が特殊であるのは、陰陽そのものの具現化のハードルが高いこともその理由のひとつである。
例えば陽属性魔術では光の魔術が生成出来るのに対し、陰属性魔術では魔術を奪うこと、それしか知られていない。
陰と陽は、魔力の濃度が高い者にしか、そのものを具現化出来る力を持たないのである。
つまりあの時、広範囲の炎を一瞬で消したあの少年・ファルは――少なくとも魔力の濃度が濃い陰属性魔術使いということになる。
そこまで考えた時、エルの背後から人の気配を感じた直後、本を読んでいるすぐ横に誰かの手がついた。
「属性魔術の基礎、読んでるのか」
エルは眉間にシワを寄せるが、その声に反応をする気はなかった。
エルを閉じ込めるかのように机に手を置かれると、視界の端にサラリとした柔らかい黒髪が映る。
この距離感のバグっている男こそ、まさにエルが陰属性魔術を調べることになった原因である。
「編入前に復習してんだ? 基礎の基礎を」
その男――ファルは、ハッと笑うようにしてエルの顔を覗き込む。
「視線がうるさいです」
「俺が教えてあげようか」
「結構です」
とはいえ、まさに調べていた陰属性魔術の使い手本人なんだよな……と、正直少し興味はあった。
けれどそれを願うのも、何となく癪に障る。
エルはさすがに鬱陶しく感じ、本を閉じた。
「近いです、離れてください」
「嫌だね」
「図書館に用があって来たんじゃないんですか?」
そもそも王宮内の図書館なんて、許可の通る者が限られている。
国から認められた研究職や関係者、国王や殿下の側近などだが、見習い研究員のエルのように特別に許可を頂いている者もいる。
この男も恐らく……陰属性魔術の使い手としてここの出入りを許可されているのではないか? とエルは踏んでいる。
とはいえ、この男は自由すぎる。
ここへ来たとしても本など読むことなく、エルに突っかかってくるばかりだ。
そんなことをしていて上の人に怒られないのだろうかと心配にすらなる。
「用なら今している」
「……何を?」
「邪魔しに来た」
「いい加減にしてください、明日の準備でもしていればいいではないですか」
エルは明日からアルカナ学園の高等部へと編入する予定であり、この男と同じ学年になる。
そうなると魔術を見る機会もありそうだという点では少し期待をしているが、ダル絡みをされたいわけではない。
ただ遠くから少し眺めるだけの距離感でいいのに、このままではそれが叶いそうにない。
エルはため息をついて、男の手を払って立つ。
「私は明日に備えて帰ります。では失礼します」
「仕方ないか。また明日な」
「……えぇ」
できれば明日からも顔を合わせたくはなかった。
(邪魔しに来たってクソガキかよ)
夕日が森へと沈んでいくのを横目に見ながら、エルは借りている部屋へと帰っていった。




