第6話 狂気
ユウスケさんの家で彼を待ってから、4日間が経った。
私はなにもせず、布団に横たわっていた。
希望を信じるほど、現実が絶望を私にくれる。
彼と愛し合ったこの場所に、彼が戻ってくることはもうないのだろう。
涙はとうに枯れてしまった。
お腹がすいた。
さすがに死にそうだ。
このまま死のうかとも考えたけど、死ぬのは怖かった。
彼のために後追いする勇気も持てない私自身が、心底嫌になった。
トン...トン...
誰か入ってきた。
まさか...
「ユウスケさん!?」
違う。
再び布団に倒れた。
「お前の大切な物を奪ったヤツらに、やり返したくはないか。」
「......」
笠を深く被った黒ずくめの男。
この感じ...覚えがある...
そうだ...
あのとき、田楽を食べた後に感じた視線。
気のせいだと思っていた、あの感覚に似ている。
彼は私に「復讐」を提案しているようだ。
「......そんなことしても、彼は帰って来ない。」
「力を与えてやる。俺がお前に、剣術を教えてやる。」
「.........」
ガッ!
急にすごい力で首を捕まれた。
「がっ...かはっ...!」
「怒れ! 憎め! 復讐するのだ!
お前の全てを奪ったヤツらに!
お前には底知れぬ怒りがあるはずだ!」
「かひゅ...けほっ! けほっ!」
「その気があったら明日の夕方、お前の良く行っていた屋台に来い。」
トン...トン...
男はそう言い、去っていった。
「何者...なんだ...」
復讐...そんなことしても、彼は帰って来ない。
でも...なんでだろう...
わき上がってくる。
ユウの中に一番ある根本的な感情。
それはやはり「怒り」だった。
理不尽だ。
こんな理不尽を、許してはいけない。
悪は滅されるべきだ。
悪がいなければ、私は幸せになっていたんだ。
私は立ち上がると、愛し合ったあの場所を振り返り、言葉にする。
「ユウスケさん...私は...戦う...!」
――――――――――――
次の日の夕方、私は屋台に行き、豆腐田楽を食べて待っていた。
「来ていたか。」
「あなたは...誰なのですか。」
「私は革命を起こす者だよ。
ユウ。お前の怒りと剣術のセンスは、とても有用だ。」
「革命を起こす者さん。
これからなにをすればいいのですか。」
「それを食ってついてこい。私のことは五郎とでも呼べ。」
つれてかれたのは、寂れた道場だった。
ボロボロで、もう使われていないかのようだ。
「これから、毎朝ここに来るんだ。
剣術を教えてやる。」
「あなたは何が目的なのですか。」
「世界平和。とでも言っておこう。」
木刀を渡された。
「では、私の剣技を授けよう。」
五郎の教え方は、師範とはまるで違った。
心の教えなどない。
ただ、体の使い方と、殺すための間合いだけを、徹底的に叩き込んでくる。
「腰をもっと落とせ。」
「も、もっと?」
半分、嫌味のつもりで異様に低く腰を落として構える。
「素晴らしい。小柄なお前に良く合う構えだ。
特異な構えは、それだけで相手の精神に圧を与える。人間とは、予測不可能な物に恐怖を覚えるのだ。」
「...行きます。 でやぁーっ!」
最初は木刀を振るたびに腕がしびれた。
だが、五郎は少しでも形になると、すぐに次を教えてくれた。
「素晴らしい。こんなに才能に優れた剣士に剣術を教えないなど、勿体ないにも程がある。」
「......」
嬉しい。
誰かに、ちゃんと認められている。
「今日は終わりだ。明日は休め。
明後日の朝、ここに来い。」
「...道、忘れました。」
「......」
五郎は黙って紙に道を描いた。
それから私は、元の道場には顔を出さず、毎朝この男の道場に通った。
「強く思え。相手を殺すと。
人にはそれぞれの原動力がある。お前のそれは、怒りと憎しみ、そしてそれを越えた先の「殺意」だ。」
「相手を...殺す...!」
「素晴らしい...やはりお前は才能の原石だ。」
彼は私を、はっきりと褒めてくれる。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
数日後には、低く構える動きが体に馴染み始めた。
さらに十日もすると、五郎の木刀を二、三合は受け止められるようになっていた。
「時には意地を捨てろ。勝つためなら何でもし、生き延びるのだ。」
五郎は殻のような玉を渡してきた。
「これは...?」
「毒玉だ。いざとなれば相手に投げろ。
お前の投擲の正確さなら上手く扱えよう。」
「......はい。」
そして、二十日が経った頃。
「もう十分だ。お前の吸収力は、想像を越えていた。これをお前にやろう。」
懐から渡されたのは、刃のついた真剣だった。
「...っ!? これを...私に...?」
「復讐を成せ。お前の剣で。」
重く、冷たい感触。
これが私の、復讐の刃。
「...ありがとうございました。」
――――――――――――――
午前の内に終わり、午後に少し遅れて、元いた道場へ到着した。
「ユウ...!」
師範が私に気付き、驚愕している。
「なにが...あったのだ...!」
師範には見えていた。
ユウの、全てを無に帰してしまいそうなどす黒い怒り、憎しみ。
そして、深く、底のない深海のような悲しみが。
「フフ...師範。
さぁ、稽古に参加させてください。」
「ユウ......?」
これから起こることが楽しみでたまらない。
1戦目の相手は、道場では下の方の雑魚だ。
私は彼の目を見た。
強い、殺意を込めて。
「ひっ...なんだ...!?」
彼は足が竦んでいる。
バキィ!
「ぐぁぁぁぁー!!」
ただでさえ雑魚の上、動きの鈍くなったヤツなど敵ではない。
右腕を思い切り叩いてやった。
今のは恐らく折れただろう。
「見ましたか? 師範。
私はこんなにも強い。」
「......」
次に出てきたのは、道場で三番目に強い男。
私は左半身を前に、腰を極端に低く落とした。
木刀の先が、ほとんど地面を這う位置。
「ユウ...なんだ...その構えは...!」
相手の目を見ると、この男も私の殺意に動揺を見せた。
バッ!
低い姿勢のまま踏み込み、スライディングするようにして刀を避けつつ通り抜けると、通り抜けざまに膝裏を抉るように打った。
「ぐぅぁっ!」
そしてしなやかに立ち上がると、体勢を崩した背中に、全身の体重を乗せて叩き込む。
「がぁぁぁぁあー!!」
「ユウ! 勝負はついていただろう!」
「相手が戦えなくなるまでが勝負じゃないですか? 師範?」
師範は短く息を吐き、隣にいた男に目配せした。
「......与太郎、頼むぞ。」
「わかりました、師範。」
一番弟子が出てきた。
私の顔にも緊張が走る。
異様に腰を低く落とした異質な構えを取る私に対し、彼は綺麗に基本の構えを取る。
殺意を込めて目を見る。
だが、怯まない。
何か風が吹いたような感覚。
殺意のもやが吹き飛ばされたような感じ...
彼は落ち着いて静かに私を見据えている。
「清らかな心ってやつですか。
それがどこまで役に立ちますかねっ!」
私が襲いかかる。
コンコン!
素早い連撃は防がれた。
やはりやり手だ。
「ふっ!」
攻撃をしかける。
ゴッ!
「がっ!?」
避けられ、胴体を木刀で叩かれた。
「クッ...クソぉ...っ!」
終わり、かと思っていた。
バキッ! ゴッ! ドスッ!
終わらず、ひたすら木刀でボコボコにされる。
「い、痛いっ! やめっ! いぎっ!」
師範は、悲しそうにユウの姿を見る。
そしてユウには聞こえない声で呟いた。
「ユウ...もう、剣を握るな...
お前に合った他の道を探すがいい。
それが、お前にとって一番幸せな道だ...」
与太郎にボコボコにされ続け、私の心は折れかけていた。
「ひっ...! やめてっ...ごはっ!」
やめてくれない。
どうして?
どうして私がこんな目に遭うの?
打たれる度に骨に響くような鈍い痛みが私の心を恐怖に染める。
そして沸き上がる。
憎しみが。
理不尽だ。
理不尽だ...!
許せない...!!
「ぐっ...うぅ...あぁぁぁぁ...!!」
畜生!殺してやる!殺してやる殺してやる!!
「与太郎っ! よくやった...もういい...」
「師範...ユウにはまだ強い怒りと憎しみが残っています。私がここで、ユウの...
剣の道を絶ちます。」
彼は思い切り叩こうとしている。
私の何かを壊す気だ。
振り始めた。
壊される。
ウザい。
そんなこと、させるか。
「ウォォォォォォォー!!」
「くっ...!?」
怒りを込めた雄叫びを上げると、与太郎の動きが止まる。
そしてその隙に、彼の胸部を木刀で突いた。
「ぐぁはっ!?」
彼は膝をつき、立てなくなった。
私はそれを――
ドカッ! バキッ!
何度も踏みつけ、蹴りつけた。
「ユウ! やめろ!やめんか!」
門下生が5人掛かりで私を組み伏せ、地面に押し付ける。
それでも私は笑っていた。
「くっふふふふふ...!」
これでわかった。
私は、強い...!
師範、次はあんただ。




