第4話 暗雲
あれからというものの、道場で私が勝つことはなかった。
まぐれだったのだろうか...それとも相手の調子が悪かっただけか...
でも、あのとき少し「私が何かをした」感触があった気がした。
......なんてまぁ、気のせいか...
ユウスケさんにはあれから一度も勝ってないなんて言ってない。
「このまま行けば絶対最強になれる!」とまで言ってしまった。
とても言えない。
「はぁ...私...格好悪いなぁ...」
いつものように豆腐田楽を口に頬張る。
そして仕事へ向かう。
「ユウ、あの人が来てるぞ。」
「あの人...?」
店主の視線の先に、黄色い羽織を着た、大柄な上客が座っていた。
「あっ...」
苦手な人。
大柄ですごく重く、その上で私のような小柄な女にのしかかって致すのが好きな男。
「行って来い。」
「わかりました...」
席に近づくと、酒の臭いが漂ってくる。
嫌な顔をしたくてたまらないが、取り繕って笑顔で接した。
「お客様...本日はどうなさいますか?」
「おー来たかユウちゃん! 待ってたぜ。」
「では、ご案内いたします。」
特別室に案内すると、案の定、その男は容赦がなかった。
大柄な体を預けられ、胸が圧迫される。
息が浅くなり、苦しい。
「ふっ...うぐっ...!」
「良い声だな...たまんねぇぜ。」
さらに、強引に次の行為を求められた。
喉の奥まで侵され、吐き気と息苦しさで視界がちらつく。
苦しい。
誰か…助けて…
ユウスケさん…
やっと終わると、今度は自慢話が始まる。
「今度なぁ、外国製のすっげぇクスリ持ってくるからなぁ。」
「クスリ...ですか...?」
「おう、トんじまうやべぇクスリでよぉ。役人に口止め料払ってやっと手に入る超高級品だ。」
「へぇ!すごいです!それ持って来れちゃうんですか!? かなりの立場にいるんですね!」
「へへ...おうよ。」
内心、どうでもいいと思っているけれど、怒らせるとなにをされるかわからない。
言葉に細心の注意を払い、男を喜ばせる。
少しすると、自慢話もやっと終わり、配給に戻った。
「ユウ、大丈夫か?」
「...は...はい......」
行けとか言ったくせに、今さら心配したフリかよこのクズ...!
仕事が終わると、ユウスケさんの家に行った。
起きてるかな...迷惑じゃないかな...
どうしよう...嫌われたくない......
でも、会いたい...!
コン...
なるべく、寝てたら起こさないように静かに戸を叩いた。
ドン...
物音がする。
ガラッ、と戸が開く。
私はすぐに、なにも言わずに彼に抱きついた。
「あはは、おいおい、そんなにくっつくなよ。
ほんとユウは子犬みたいだなぁ。」
「えへへ...! 今日もここで寝たい!」
「おいで、可愛がってやる。」
私の頭をぽんぽんとしてから、一緒に布団の部屋に向かった。
身体を重ね、乱れ合った後、彼に仕事の愚痴をこぼした。
「喉に出されて...ほんとに苦しくて...
しかもなんか外国から薬を持ってくるみたいなわけわからない自慢話もされて...」
「ユウ...その話...他の誰かにしてないよな...?」
「えっ? してないよ。」
「そうか...それ、他の人には話さない方がいい。」
「え、わ、わかった...」
私の話のせいで空気が緊張してしまった。
なんか...怖い。
ごまかすように、布団に潜り込んで彼のをペロペロと舐め始めた。
「ちょっ...あはは! 急にするなよ。」
「んへへ...!」
好きが抑えきれない。
彼の身体にすりすりと頬と身体を擦り付ける。
「フッ...よく懐く子犬ちゃんだ。
ほら、仰向けになれ。」
「ん。」
仰向けになり、手を広げて抱きしめて欲しいとアピールする。
幸せすぎるこの時間。
今日、仕事であった嫌なことが浄化される。
そんな時のこと。
「んっ...あんっ...! あっ...え...?」
「ユウ? どうした?」
「い、いや...」
私が少しだけ開いた戸をじっと見ていることに気付いた彼は、すぐにそれを閉めに行く。
「あぁごめん、少し開いてたね...」
2人しかいないため、外に直接繋がる場所以外は開けていた。
しかし、その外に直接繋がる戸が、少しだけ開いていて、私はその隙間から誰かが覗いていたような気がした。
「大丈夫だよ。ユウ。」
頭を撫でられる。
嬉しい。落ち着く。
...ずるい。
しかも普段少し砕けた喋り方するのに。
こういうときだけすごく優しい喋り方...
撫でられたせいですぐに堕とされ、隙間の件を忘れて行為を続けた。
朝になると、やはり彼は私を起こさないで仕事の準備を始めていた。
「手伝う?」
「大丈夫。
......服を着てきな。」
「にひひ...」
彼に「イタズラ」をした。
「フッ...まったく、悪い子だな。」
「あっ♪」
2人揃って朝から元気いっぱいだった。
――――――――――――
午後――
階段をのぼりきった。
道場の時間だ。
師範が私を驚いた顔で見ている。
「なんでしょうか。
また「気」がどうとかで叱るんですか。」
「ユウ...最近なにか、良いことがあるのか...?」
「道場の師範ってのは人の私生活にまで口を出すんですね。」
もはや私は師範を何も信用していなかった。
口を開けば皮肉や嫌味ばかりが飛んでいる。
「ユウ...一度、道場に来るのを止めろ。」
「えっ...ど、どうして!」
「その私生活での何か「良いこと」を存分に堪能してこい。さすれば、お前に剣を教えることができるようになるやもしれぬ。」
「ほ、本当ですか!?」
「保証はできん。だが可能性がある。
一週間に一度、ここに来い、見てやる。」
「わ、わかりました! 師範!」
嬉しさのままに、道場の階段をかけ下りた。
「幸福の気に満ち溢れていた...
誰だか知らんが...ユウを頼んだぞ...」
――――――――――――――
これは剣術を教えてもらうためでもある。
だから、一旦剣術のことは置いておいて、ユウスケさんの所に行こう。
そうすれば恐らく、心とやらが清らかになるのだろう。
しばらく歩き、彼の元についたが、客がかなりいる。
客の相手をしながら世間話を盛り上げるユウスケさんがいた。
声をかけるまでもなく気づかれた。
「ユウ...!」
「て、手伝えないかなって...」
「おうなんだ、可愛い女が来たじゃねぇか。
お前の嫁さんかぁ?」
「女にしちゃ珍しい髪と服してんなぁ。」
ユウスケさんと2人になりたいというのに、そこら辺の待ってるのか居座ってるのかよくわからない客に絡まれ始めた。
「じゃあ、そっちの人たちの話し相手になってくれ。」
「む...」
ユウスケさんだけに見えるよう、ちょっと頬を膨らませて不満そうな顔をわざと見せると、居座り部屋の客と話した。
しばらくすると一旦、仕事先の居酒屋に行って今日は具合が悪いと伝え、ユウスケさんの所に戻った。
彼の営業が終わり、2人になると、すぐに抱き付いた。
「ユウ、どうした?」
「にひひ。今日はずっと一緒。」
また頭を撫でられた。
「よし、片付けるから待っててくれよ。」
「私も手伝う!」
一緒に片付けを終わらせ、2人きりの幸せな時間をたくさん過ごした。
「はぁっ...はぁっ...かっこいいよ...」
「ははっ...乱れたユウも可愛い。」
行為が終わり、仲良く横になっていると、ユウスケさんは私の髪を優しく梳かしてから、じっと私を見つめた。
いつもより、少し真剣な目をしていた。
「なぁ、ユウ」
「ん?」
「俺、本気で思ってるんだ。
お前と、ずっと一緒にいたい」
「...!」
「髪結いの仕事も、この家も、全部お前と二人でやっていきたい...
......結婚...してくれないか。」
言葉の意味が、ゆっくりと胸に染みた。
嬉しくて、涙が止まらなくなった。
「ユウスケさん…! うぅっ…!」
「無理に今すぐ答えなくてもいい。でも、俺は本気だ。」
私は彼の胸に顔を埋めて、大声で泣いた。
「うわぁぁぁぁん...!」
泣き止むまで、彼はただ黙って私を抱きしめてくれていた。
その腕の中で、私は初めて「将来」という言葉を、現実のものとして感じた。
今後の話をしてから、行為を再開した。
しばらく愛し合っていると、ユウスケさんが、急に別の方を見て動きを止めた。
「ん...なんで止めたの...焦らすなんてユウスケさんらしくな――」
「なぁユウ...前、そこの隙間を気にしてたけど、もしかして誰かが見てたのか?」
「い、いや...そんな気がしただけで...なに...?
やめて...怖いよ...」
「ごめん。」
抱きしめてぽんぽんと落ち着かせてもらうと、すぐに私は、元気に鳴き出した。
2人の勘は当たっていた。
この場所には、不穏な気配が近付いている。




