第3話 芽生えつつあるもの
なぜ海を見せられたのかわからぬまま、道場へ戻された。
今日も私は負けるだけ。
なんも楽しくない。
「ありがとうございました。」
段々、思ってもいない感謝の言葉を言うのが辛くなってきた。
道場の時間が終わると、いつも通り屋台で豆腐田楽を食べて仕事へ向かう。
仕事着に着替え、早々に常連の上客が来ると、特別室へ案内した。
「ユウちゃん、なんか素っ気なくない?」
「えっ...そんなことは...すみません。」
どうでもいい...こんなヤツ...
早くユウスケさんの所に行きたい...
「はぁ...」
サービスが終わり、配給に戻ると早々に店主に怒られた。
「お前、上客様との最中にため息ついただろ?言われたぞ...あのよ...
なにやってんだよお前はァ!」
ガン!
「いった...!」
硬いお椀で頭を叩かれた。
つい一瞬、不満の表情を見せてしまう。
「なんだよその目は!
嫌ならもう来んじゃねぇ!」
「ち、違います...! ごめんなさい...」
私がいなくなればお前が困る癖に...!
道場での不満も相まって、日に日に、募って行く。
怒りが。殺意が。
癒されたい。
彼に会いたい。
でも毎日行くのは迷惑かもしれない。
あぁ...抱きしめてほしい...
慰めてほしい...
その想いを殺し、私は自宅へ帰る。
――――――――――――――
そして2日後。
ユウスケさんと3日間会ってない。
恋愛経験なんてない私は、自分から押し掛けて良いのかわからなかった。
最近は道場に行く度に心にモヤがかかっていく。
誰にも慰められず、誰にも相談できずに、ただ取り繕って道場に通っていた。
入門した理由は、強くなってチヤホヤされたいだけだった。
正直、もうやめたい。
けど女を入門させてくれる剣術道場なんて、恐らく他に存在しない。
ここでやめれば、もう私に剣術の道はない。
なによりも、私が逃げたみたいになるのが許せない。
長い階段をのぼると、いつもの道場がそこにある。
しかし、今日の稽古はなにかが違った。
この道場では中間くらいの強さの門下生との稽古の時だった。
ゴッ!
「あぐっ...!」
木刀を足に当てられ、とても痛む。
「ユウ、大丈夫か!」
「大丈夫です...」
あまりに決着が早すぎたので、もう一度行われることになった。
コイツ...よくも...!
あぁどいつもこいつも、いつも私をコケにして...!
あぁ...殺してやりたい。
私を侮辱しやがって...殺してやる...!
そう心に思い、相手の目を見ると――
「ぐっ...う...!?」
「...?」
明らかに相手が動揺していた。
手足がガタガタ震えている。
どうしたんだ...?
いや、今がチャンス...!
バッ!
急に距離を詰め、相手の脚を叩き、怯んだところを胴に一撃を食らわせた。
勝っ...た...?
周りでは、門下生達が驚いた顔で止まっている。
ただ、師範と、一番弟子の与太郎だけは、なにか恐ろしい物でも見たかのように冷や汗を浮かべていた。
やった...勝ったんだ...!
久々に感じる勝利の高揚、優越感。
つい、叫んでしまいそうなのを抑え、形式通りの礼をする。
「手合わせ、ありがとうございましたー!」
嬉しい...!
だが、勝ったのはその時だけだった。
その後は、いつも通り負けに負け続ける、いつもの稽古が続いた。
――――――
道場の時間が終わり、ユウが帰ったあと、門下生が黙って道場に立っていた。
その手は震えている。
帰ろうとした別の門下生がそれを発見した。
「おい、どうした、帰らねぇのか?」
「......」
「ユウに負けたのが悔しかったのかぁ?
気にすんなよ。そんなこともある。それにアイツも仲間だろ?仲間の成長も祝ってやれよ。」
「違う...違うんだ...」
「おう?」
「アイツに睨まれた時...身体が動かなくなったんだ...アイツの緑の目を見た瞬間、思ったんだ..."殺される"って...」
「......お前、早く帰って、少し休めよ。
すごい顔色だぞ。先帰るぜ、じゃあな。」
「......まだ、手の震えが止まらない...
あれは...人間なのか...?」
――――――――――――――――
道場を出ると、屋台に向かった。
「あむっ...んふふっ!」
「おうえらく機嫌が良いじゃねぇか。
何かあったのか。」
「まぁね!」
田楽を食べると、回りを散歩しつつ、仕事に向かった。
仕事も絶好調。
「ユウ、さっきの上客、今日のお前はよかったって言ってたぜ。」
そんなことを聞いてると、彼が入ってきた。
店主を無視して彼の元へ向かった。
「ユウスケさん!」
「よう、元気にしてた?」
彼の服をぎゅっと掴み、泣きそうな顔をした。
「なんで...なんでずっと来てくれなかったんですか...!」
「い、いや、ごめんよ、迷惑かなと思って...」
彼も私と同じことを思っていた。
「迷惑なわけあるもんですかっ...!
今日、家に行っていいですか!?」
稽古で勝ったことを一刻も早く彼に伝えたい。
彼に褒められたい。
「いいよ、おいで。」
早上がりをしたいと店主に駄々をこねようとしたが、彼とのやり取りを見ていた店主が空気を読んで、聞く前に許可してくれた。
「私、勝ったの! 剣術を教えてもらってもないのに、剣術を生業としようとする門下生に!
勝ったんだ!」
「あはは! すごいじゃないか。」
彼はそう言って頭を撫でてくれる。
あぁ...大好き。
彼の家につくと、気分よく談笑しながら行為に及んだ。
「はぁっ...はぁっ...えへへっ...!」
「ったく子犬みたいだなぁ。
ほら、もっと可愛がってやるよ。」
「やんっ♪」
楽しかった。
幸せな夜を過ごして疲れ果てると、そのまま抱き合って眠った。
――――――――――――
道場に泊まり込みの一番弟子、与太郎は、夜に師範から呼び出されていた。
「与太郎...もし、あやつがあのまま進もうとするなら...お前が止めてくれるか。」
「はい。もちろんです、師範。」
「お前も感じたか、あの邪悪な気を...」
「はい...あれは...怒りや憎しみを通り越して生まれた...「殺意」のように見えました。」
「あぁ...」
師範は天を見上げ、友に謝罪をする。
「すまない...2人とも...私では...あの子を止められぬかもしれん...」
「......では師範、失礼します...」
部屋の中で、師範は座ったまま、静かに目を閉じた。




