第10話 破滅の道へ
気持ちの良い朝。
私は、最強。
有頂天だった。
心、心と何度も口うるさく言ってきた師範は、私が剣術を覚えれば勝つことができるようなちゃちな男だったんだ。
私が正しかったのだ。
私の勝ちだ。
門下生も可哀想に、師範がさっさと私に剣術を教えて、私が師範の座を奪えば、もう少し強くなれただろうに。
「んふふっ!」
ご機嫌に外を歩き出す。
――――――――――――
殺した相手から取った金がたまっていたので、鰻を食べに出ていた。
「あむ...」
濃い味付けの鰻の肉の味が口に広がる。
美味しい。
ユウスケさんと初めて出会った時の事を思い出す。
あの時、彼が私にくれたこの味。
この味が、幸せの始まりだった。
「ユウスケさん...」
昼になると、私は家にある刀を布で巻いて隠し持ち、五郎に剣術を教わった場所、寂れた道場に向かった。
静かに中へ入り、奥にある、小さな光が漏れた部屋に向かった。
部屋では、五郎が道具の仕込みをしていた。
「ユウか。」
振り向く事もなく、私だと気付く。
「はい、貴方に用があります。」
「フッ...そうか、稽古場へ行こう。」
彼はなにかを察したように移動した。
「剣を抜くが良い。身の程を弁えずに行動するとどうなるか、教えてやる。」
「わかるんですね、殺しに来たって。
貴方も「気」が見えるのでしょう。」
この人からは、悪人の匂いがする。
そして私は、この人になにかを狂わされた気がする。
気に入らない。
消してやる。
ヒュン!
「っ!?」
なにかを投げられ、咄嗟によける。
後ろの壁に何かが刺さった音がした。
「このぉ!!」
キィン!
刀がぶつかり合う。
「凄まじい殺気だ...私ですら動きが固くなるな。 だが...」
彼が、私の目を強く見据えた。
得体の知れない恐ろしい気配。
恐怖に身体が震え、心の底から凍えるような寒気を感じた。
「ひっ...!」
一瞬怖じ気づいてしまったが、負けじと睨み返す。
2人の間に、禍々しい狂気が渦巻いている。
「おぉぉぉォォ!!」
お互いに軽快な動きで、激しい打ち合いを繰り広げた。
「この期間でここまで腕を上げるとは...やはり殺すには惜しい才能だ。」
「なら安心してください。殺せないので。」
「威勢がいいな。」
ガキィン!
凄まじい殺気を放ち、切りかかってくる。
そして、こちらからも攻撃を加えようとした瞬間――
「うぶっ...ぼぇぇ...!」
強い吐き気と目眩に、つい膝をつく。
「ほう...?」
その時、五郎には彼女から、2つの気が出ているのが見えた。
ひとつは彼女のもの。
もうひとつは、彼女がユウスケと呼んで愛していた男の物と似た気。
その男に似た気は、彼女の腹の中で、小さく、彼女の負の感情に反発していた。
「足を、引っ張られているようだな。」
「ぺっ...ふぅ...何の事でしょうか。」
再び刀を交えた。
目眩で視界が揺れる中でも、私は押し返していく。
「我が剣術を、独自に進化させていると言うのか...」
「うぁっ...!」
しかし、私は目眩によろめく。
五郎は、今だと言わんばかりに攻撃を仕掛けた。
ズシャッ!
私は切られるより先に、斜め下から彼を切り上げた。
「五郎さん...私の勝ちです。
フリに騙されるなんて、浅はかですね。」
「不調を...利用するとは...
凄まじい才――」
ジャキン!
「さようなら、貴方は用済みです。
不快なので消えてください。」
五郎を仕留め終わると、道場の奥へ入った。
さまざまな資料や武器が乱雑に置かれている。
怪しいやり取りの手記や、忍の道具らしき武具もあった。
手に取った一冊に、自分の名前を見つけた。
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キリサキユウ。
袂を分かった我が旧友の道場の門下生のようだ。
飛び抜けた才能と怒りの感情を内に秘めている。
上手く利用できればいずれ、幕府を打ち倒す強き兵の1人となろう。
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ヤツの名はタナゾウ。
彼の正体は、戦の時代から受け継がれた忍の末裔だった。
「......利用するつもりだったのか。」
不快だった。
紙を死骸に仕込み、部屋を出る。
その瞬間、強烈な吐き気と目眩が襲ってきた。
「んんっ...! はぁっ...はぁっ...!」
五郎が言っていた。
「足を引っ張られている」と。
なにが起きているのかわからない。
ただ、この身体の異変だけが、私の勝利を邪魔してくる。
ふらふらと道場を後にした。
町を歩く私は、女なのに短髪で男物の服というだけで既に変人扱いだ。
ふらついていても、誰も声をかけてこない。
ただ、変な目で見られるだけだった。
「あぅ...!」
目眩で一度しゃがみ込む。
それでも何とか家まで辿りついた。
布団に倒れ込み、天井を見つめる。
寂しい......
朝に食べた鰻の味が、ふと蘇る。
ユウスケさんと初めて会った日の、あの味。
彼と結婚していたら、剣術の道を捨てても良かった。
多分、それが一番幸せだった。
でも、彼はもういない。
残されたのは、剣術だけだ。
最強になって、噂になって、皆にチヤホヤされる。
そうすれば、この寂しさも少しは紛れるはずだ。
「んふふ......たのしみ。」
ユウスケさんに会いたいと思うたびに、その妄想で上書きする。
最強になってチヤホヤされたいと言う欲望。
それが今の私の、唯一の支えだった。
夜になったら、また出る。
悪そうな奴を見つけて、殺す。
私の力を示すため。
そして、勝つのは楽しいから。
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次の日の夕方――
「...田楽、2本」
仕事の前に、また豆腐田楽を2本食べた。
「はむっ...」
「嬢ちゃん、最近、なにかあったか。」
「ん...大丈夫です。 とても美味しいです。」
「へっ...そうか、あんまり無理すんなよ。」
硬めの豆腐の食感。
甘い焼き味噌の味。
この田楽の美味しさは、ずっと変わらない。




