表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/50

第43話「鼻持ちならない王宮魔道医たち」

死の影が覆う王都。

城壁の外に広がる難民たちの悲惨な光景を横目に、私たち『サキ薬局オールスターズ』を乗せた六頭立ての巨大な馬車は、王都の中心にそびえ立つ壮麗な王城へと足を踏み入れた。

国王陛下直々の「特別医療顧問」という絶対的な肩書きと、同乗している異端審問官の長・ゲルドが放つ威圧感のおかげで、厳重な城門の警備も顔パス(というか警備兵が震え上がって道をあけた)で突破することができた。


「カルラ社長、事前の打ち合わせ通り、あんたは王城の中庭を陣取って、物資の集積所ベースキャンプを構築してちょうだい。シエナちゃんはカルラ社長の護衛兼、城内の使用人たちから噂話(情報)を集めてきて」

「任せておけ。この城の倉庫管理役は、昔私がカネを貸してやった弱みがある。中庭どころか、城の備品も自由に使わせてやるさ」

「お姉ちゃん、気をつけてね! 偉そうな人たちに負けちゃダメだよ!」


馬車を降りたところでカルラたちと別れ、私は自分の相棒である革鞄(成分鑑定用の魔道具と調合キット入り)をしっかりと握りしめた。

私の両脇には、二メートルの巨漢獣人ロッツと、戦斧を担いだ筋肉ダルマのバド。後ろには、完全に私の助手(社畜)と化したエルフのメイラと、真っ黒な法衣をまとったゲルドが控えている。

私たちは、王城の案内役に導かれるまま、王太子殿下が寝かされているという城の最奥部、特別療養棟へと向かって大理石の廊下を歩いていた。


「……酷い空気ね。お城の中だっていうのに、まるで重病人の隔離病棟みたいな陰気さだわ」


私は、廊下に漂う異様な匂いに鼻をしかめた。

高価な香料と、血と膿の匂い、それに長期間換気されていない澱んだ空気が混ざり合った、医療従事者としては最も忌避すべき「不衛生極まりない」匂いだった。


「サキ先生、ご用心を。この先は、王宮魔道医たちが完全に牛耳っている領域です。奴らは神殿の神官以上にプライドが高く、自分たちの魔法医療を絶対視している。辺境から来た貴女のことを、快く思っているはずがありません」


ゲルドが片眼鏡モノクルを光らせ、小声で忠告してくる。


「分かってるわよ。既得権益にしがみつく老害なんて、前世のブラック薬局時代に嫌っていうほど相手にしてきたんだから」


私たちが療養棟の最奥、王太子殿下の私室の前へと辿り着いた時、そこにはゲルドの言葉を裏付けるかのような、仰々しい一団が立ち塞がっていた。

豪奢な絹のローブを身にまとい、手にはそれぞれ宝石が埋め込まれた高価な杖を持った、数十人の老人や壮年の男たち。

彼らこそが、この国の医療の最高峰を自称する特権階級――『王宮魔道医』たちであった。


「……おや。国王陛下が血迷って呼び寄せたという『特別医療顧問』とは、どこの高名な賢者かと思えば。このようなうら若い、田舎臭い小娘だったとはな」


魔道医たちの中心に立つ、一際豪華なローブ(しかしよく見ると、袖口に古い血のシミや謎の汚れがこびりついている)を着た白髭の老人が、私を頭の先から爪先までねっとりと見下し、鼻で笑った。


「私が筆頭王宮魔道医のガリウスだ。……辺境の地で、スラムの愚民どもを少しばかり癒した程度で、図に乗るなよ小娘。この王城は、草の根や泥をこねる下賤な薬師が足を踏み入れて良い場所ではない」


ガリウスの言葉に、周囲の魔道医たちも「全くだ」「国王陛下も、王太子殿下の奇病に焦るあまり、このような詐欺師に縋るとは」と、クスクスと嘲笑を漏らした。

ロッツが「てめぇら……ボスを馬鹿にする気か!」と大剣の柄に手をかけ、バドも鼻息を荒くする。

しかし、私は彼らを片手で制し、氷のように冷たい、そして一切の感情を排した無表情でガリウスを見据えた。


「ご挨拶ね、筆頭魔道医様。でも、私にはあんたたちの古臭いプライドに付き合ってる暇はないの。さっさとそこをどきなさい。王太子殿下の診察をするわ」

「ふん! 断る! 殿下は現在、我々魔道医の総力を挙げた『神聖なる解呪の儀式』の最中である! 強力な悪霊の呪いを祓うための神聖な空間に、魔力を持たぬ平民の小娘などを入れれば、儀式が穢れてしまうわ!」


ガリウスが杖を床にドンッと突き立て、頑なに道を塞ぐ。


「悪霊の呪い? あんたたち、まだそんなこと言ってるの? だからいつまで経っても病気が治らないのよ」

「なんだと!? 我々王宮魔道医の知識を愚弄するか!」

「愚弄してるんじゃないわ、事実を言ってるの。あんたたちじゃ治せないから、私がわざわざ辺境から高額な出張費をもらって(むしり取って)来てあげたんでしょ? 邪魔をするなら、公務執行妨害で国王陛下に直訴するわよ」


私が一歩前に出ると、ガリウスは顔を真っ赤にして激昂した。


「ええい、小賢しい! 誰がこの小娘を殿下の病室に入れるものか! そもそも、貴様のような素性が知れぬ者を……」

「ロッツ、バドさん。ドアを開けて」

「「おうっ!!」」


私がガリウスの言葉を完全に無視して命令を下すと、ロッツとバドは「どけやぁぁっ!!」と怒号を上げ、道を塞いでいた魔道医たちを、まるで羽虫を散らすかのように両腕で力任せに弾き飛ばした。


「ぎゃああっ!?」

「な、なにをする野蛮人ども! 衛兵! 衛兵を呼べぇっ!」


ひっくり返って喚く魔道医たちを放置し、ロッツが王太子の病室の重厚な両開きドアを蹴り開けた。

その瞬間。


「…………ッ! ゲホッ、ゴホッ! な、なにこれ……っ!」


ドアの向こうから押し寄せてきたのは、目に染みるほどの『分厚い煙』と、思わず嘔吐しそうになるほどの『強烈な悪臭』だった。

私は反射的に白衣の袖で口と鼻を覆い、涙目になりながら病室の中を睨みつけた。


そこは、まさに地獄絵図、あるいは狂気の沙汰であった。

広く豪華なはずの寝室は、窓が全て分厚いカーテンと板で完全に密閉されており、外の光も新鮮な空気も一切入ってこない。

薄暗い部屋の四隅には、巨大な香炉が置かれ、そこからモウモウと得体の知れない香草が燃やされ、呼吸を困難にするほどの煙を吐き出し続けている。

そして、部屋の中央にある天蓋付きのベッド。

そこには、青白い顔をして、苦しそうに荒い息を吐きながら横たわる若い青年――王太子殿下の姿があった。


「あ、あぁ……くる、しい……。息が……」

「殿下! どうかご辛抱を! 今、我々がこの聖なる香の煙で、貴方様に取り憑いた悪霊を燻し出してご覧に入れますぞ!」


ベッドの周囲には、ガリウスの部下と思われる数名の魔道医たちが群がり、何やら不気味な呪文を唱えながら、王太子の体に直接ベタベタと触れていた。

王太子の歯茎からはドス黒い血が滲み、皮膚には無数の紫色の斑点が浮かび上がっている。

それを見た魔道医の一人が、「おお! 悪霊が血となって噴き出してきたぞ! 今だ、浄化の泥を塗り込め!」と叫び、自分の汗まみれの手で、得体の知れない泥(おそらく魔物の体液を混ぜたもの)を素手ですくい上げ、王太子の傷口に直接擦り込もうとしていた。


プツン。

私の中で、何かが決定的に切れる音がした。


カネへの執着でも、権力に対する反発でもない。

現代の医療現場を知る「現役の薬剤師」としての、そして、命を預かる医療従事者としての『根源的な怒り』が、私の全身の血液を沸騰させたのだ。


「――――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


私の鼓膜を破らんばかりの絶叫が、煙の充満する病室内に響き渡った。

ビクゥッ! と、呪文を唱えていた魔道医たちが一斉に肩を震わせ、振り返る。


「な、なんだ貴様は! 儀式の最中に大声を……」

「黙れ! 今すぐその汚い手を殿下から離しなさい!!」


私はズカズカと病室に踏み込み、泥を持っていた魔道医の胸ぐらをガシッと掴み、力任せに後ろへ放り投げた。


「ひどぉっ!?」

「き、貴様! なんということを! 殿下の治療を邪魔する気か!」

「これが治療!? 冗談じゃないわよ! あんたたちがやってるのは、治療じゃなくてただの『拷問』と『殺人未遂』よ!」


私は、部屋の四隅でモウモウと煙を吐き出している香炉を指差し、怒りで声を震わせながら怒鳴りつけた。


「あんたたち、少しは頭を使いなさい! ただでさえ体が弱って呼吸が苦しい患者の密室で、こんなに大量の煙を焚いたらどうなるか分からないの!? これは一酸化炭素中毒と、煙の微粒子による肺への深刻なダメージを引き起こすのよ! 悪霊を燻し出す前に、患者が窒息死するわ!」


私の凄まじい剣幕と、全く聞き慣れない『イッサンカタンソ』という専門用語の前に、魔道医たちはポカンと口を開けた。


「そ、それは……だが、これは古の文献に記された、邪気を払う聖なる香で……」

「聖なる香だか何だか知らないけど、ただの公害よ! ロッツ! バドさん! その香炉を全部窓の外に投げ捨てなさい! 今すぐよ!」

「おうっ! 任せとけ!」


私の指示を受け、ロッツとバドが窓に打ち付けられていた板を大剣と戦斧で叩き割り、分厚いカーテンを引きちぎった。

そして、部屋の中に置かれていた巨大な香炉を次々と担ぎ上げ、窓の外の堀に向かって「オラァッ!」と豪快に放り投げていく。

ガシャン、ドボン! という音が響き、新鮮な風が病室の中に勢いよく流れ込んできた。


「ああっ……! 我々の秘伝の香炉が!」

「そして、あんたたち!!」


私は、未だに事態が飲み込めずにベッドの周りでオロオロしている魔道医たちを、一人残らずギロリと睨みつけた。


「あんたたち、さっきから素手で殿下の傷口に触ってたわね? 最後にその手を洗ったのはいつ? その服についた汚れは何? ……あんたたち、他の病人の治療をした後、そのままの格好でここに来たんでしょ!」

「なっ……! 当たり前だろう! 我々は多忙な王宮魔道医だ、一々着替えなどしている暇は……」

「それが一番の死因(原因)なのよ、この大馬鹿野郎ども!!」


私は、前世の衛生観念を知らない未開の医者たちに対する怒りを爆発させ、彼らの鼻先に人差し指を突きつけた。


「病気っていうのはね、悪霊が起こすんじゃない! 目に見えない小さな『細菌』や『ウイルス(病原体)』が、傷口や粘膜から体内に入り込んで悪さをするの! あんたたちがドアノブを触り、自分の汗を拭い、他の病人の血に触れたその『汚い手』には、数え切れないほどの病原体がビッシリとくっついているのよ!」

「び、びょうげんたい……? 細菌……?」

「その汚い手で、免疫力が落ちている殿下の傷口に触れる。それはつまり、あんたたち自身が、殿下の体の中に『新たな悪魔(病原体)』を直接擦り込んでいるのと同じことなのよ! 治るものも治らなくなるわ! 医療従事者なら、患者に触れる前にまず『手を洗え』! 石鹸と流水で、指の間から爪の先まで徹底的によ!!」


私の、『接触感染』という現代医学における最も基礎的でありながら、この世界には存在しなかった衛生観念(カガクの真理)の怒涛の論破。

目に見えない敵(細菌)が、自分たちの無知な行動によって媒介されているというロジックは、魔道医たちの薄っぺらいプライドを粉々に打ち砕くには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。


「で、でたらめだ! そのような目に見えぬ虫のごときものが、人間の命を奪うなど……! 貴様、でまかせを言って我々を陥れる気だな!」


後から病室に入ってきた筆頭魔道医のガリウスが、顔を真っ赤にして杖を構え、震える声で叫んだ。


「王城の衛兵! この狂った小娘たちを今すぐ切り捨てい! これは国家への反逆だ!」


ガリウスの叫びに呼応し、病室の周囲を警備していた武装した衛兵たちが一斉に槍を構えて踏み込んでこようとした。

武力衝突か。私がロッツとバドに戦闘の合図を送ろうとした、まさにその瞬間だった。


「――衛兵。その槍を下ろせ。下ろさぬ者は、神殿への反逆者とみなし、この場で異端宣告を下す」


氷のように冷たく、そして絶対的な威厳を持った声が、騒然とする病室に響き渡った。

真っ黒な法衣を翻し、銀縁の片眼鏡をキラリと光らせて前に進み出たのは、異端審問官の長、ゲルドである。


「ゲ、ゲルド様……!? なぜ神殿の異端審問官たる貴方様が、このような魔女の味方を……!」

「口を慎め、ガリウス。千川咲殿は、国王陛下が直々に任命された特別医療顧問。そして、彼女の医療は、我々神殿本局も正式に認めた『正統なる真理』である」


ゲルドは、懐から神殿の最高監査印が押された黒い令状を取り出し、魔道医たちの顔の前に突きつけた。


「むしろ、異端なのは貴様らの方だ。換気もせず、不衛生な環境で患者を苦しめ、悪霊のせいにして逃げる。その怠慢と無知こそが、人々の命を脅かす真の悪魔の所業である! 異端審問官の権限において命ずる! 魔道医どもは直ちにこの部屋から退去し、自身の体を清めよ! 従わぬ者は、神殿法に基づき即刻処罰する!」


王城の権力にすがりついていた魔道医たちにとって、神殿の最高権力者からの『異端宣告』という法的なハンマーは、あまりにも絶望的だった。

衛兵たちは神の裁きを恐れて次々と槍を下ろし、後ずさっていく。


「そ、そんな……! 認めん! 我々が、このような田舎の薬師に敗北するなど……!」


未だに納得できず、その場にへたり込んで喚く魔道医たち。

私は彼らを冷たく見下ろし、最終的な『物理的排除』の命令を下した。


「ロッツ。バドさん」

「おう」

「この鼻持ちならない老害どもを、廊下につまみ出しなさい。もう二度と、私の許可なくこの病室クリーンルームに近づかせないで」

「ガハハハ! 待ってました! オラァ、爺さんども! とっととお外に出な!」


ロッツとバドが、大剣の腹と戦斧の柄を使い、ギャーギャーと騒ぐ魔道医たちの襟首を掴んで、文字通り『ゴミを捨てるように』病室の外へとポイポイと放り出していった。

バタンッ! と、重厚な扉が閉められ、病室には静寂が戻った。


「……ふぅ。これでやっと、まともな診察ができるわね」


私は白衣の襟を正し、大きく開かれた窓から流れ込む新鮮な空気を深く吸い込んだ。

煙と悪臭が消え去り、澄んだ空気が部屋を満たしていく。

ベッドの上では、王太子殿下が微かに目を開け、驚いたような顔で私を見つめていた。


「あ、あなたは……?」

「初めまして、殿下。辺境から参りました、特別医療顧問の千川咲と申します」


私は、極上の、そして患者を安心させるための完璧な営業スマイルを浮かべ、ベッドの傍らに歩み寄った。


「安心してください。あんな胡散臭い煙や呪文はもう必要ありません。私が、現代薬学カガクの力で、貴方の病気を必ず治して差し上げますわ。……もちろん、国王陛下から莫大なボーナスを頂く契約になっておりますので、命に代えてもね」


鼻持ちならない王宮魔道医たちを完全論破し、物理的に病室から追い出した私。

異世界の最高峰(笑)の医師たちを現代の衛生観念でボロクソに叩き潰すという、痛快極まりない大立ち回りは見事に成功した。

だが、本番はこれからだ。

王太子の体を蝕む、歯茎からの出血と極度の脱力感。魔道医たちが「強力な呪い」と恐れた奇病の正体を、私はすでに完全に突き止めていた。


「メイラ、カルラ社長のところに行って、事前に頼んでおいた『アレ』を大量に持ってきて! ロッツ、お湯を沸かして! 消毒と栄養補給の開始よ!」


サキ薬局の全てを賭けた、王城での医療革命。

その第一歩は、どんな高位魔法でも治せない王族の命の危機を、前世の超基本の「栄養学」でサクッと解決するという、驚くべき治療法から幕を開けるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ