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第40話「異端から『王国の特別医療顧問』へ」

王都の神殿本局が放った最強の武力、聖騎士団。

彼らが辺境伯領の中央広場から、民衆の怒号と領主軍の槍先、そして異端審問官の法的威圧に恐れをなして逃げ帰ってから、数週間が経過した。


その後の神殿本局の混乱ぶりは、まさに「蜂の巣をつついたよう」だったらしい。

無敵を誇る聖騎士団が、一介の薬師を捕らえることもできずに撤退したという事実は、神殿の権威を大きく失墜させた。さらに、王都へ戻ったゲルドが、持ち前の冷徹さと「花粉症の特効薬による完璧なクリア思考」をフル回転させ、保守派の長老たちを『異端教唆および教義の私物化』の罪で逆審問にかけたのだ。

結果として、保守派の重鎮たちは次々と失脚。神殿内部は、ゲルドを中心とする現実路線(サキ薬局黙認派)によって完全に掌握されることとなった。


そして、この辺境の街において。


「いらっしゃいませー! サキ薬局へようこそ! 本日の特売は、胃腸を整えるスライムエキス配合の青汁だよー!」


スラムの入り口にある旧店舗では、シエナちゃんが元気な声を響かせている。

もはや「魔女の店」などと呼ぶ者は一人もいない。かつて神殿の嫌がらせに怯えていた住人たちも、今では「神殿の魔法より安くて確実なサキ先生の薬」を求めて、連日長蛇の列を作っていた。

一方、貴族街の一等地にそびえる『サキ薬局・プレミアム』もまた、かつてないほどの活況を呈していた。


「ふふふ……。チャリン、チャリン、チャリーン。ああ、素晴らしいわ。神殿の聖騎士団を追い返したっていう武勇伝が、最高の宣伝ブランディングになったみたいね」


私はカウンターの奥で、山のように積まれた金貨の袋を撫でながら、悪魔のように――いや、善良な経営者として極上の笑みを浮かべていた。

権力に屈しない薬局。神の奇跡をも凌駕するカガクの力。

その噂は辺境伯領を越え、隣接する他の領地、さらには王都の富裕層にまで届き始めていた。わざわざ馬車を何日も走らせて、私の『特製・高濃度ビタミンC美容液』や『超刺激性育毛トニック』を買い求めにやって来る貴族が後を絶たないのだ。


「サキ工場長、第二調剤室の蒸留器もフル稼働させています! これで本日の生産ノルマは達成です!」

「ご苦労様、メイラ。あんたの炎の精霊のおかげで、光熱費がタダで済んで助かるわ。ほら、エナジードリンク(休憩用)よ」

「ありがとうございます! これを飲めば、もう三日は徹夜できます!」


すっかり労働の喜びに目覚めたエルフの魔法使いが、黄金色の液体を一気飲みして再びクリーンルームへと戻っていく。

そんな平和(?)な日常を謳歌していた、ある日の午後。


サキ薬局・プレミアムの前に、これまでにないほど豪華絢爛な馬車が横付けされた。

王家の紋章――双頭の獅子――が刻まれた、本物の『王族専用馬車』である。

そこから降りてきたのは、仰々しい宮廷服に身を包んだ初老の使者。そして、彼を先導するようにして店に入ってきたのは、辺境伯ユーリス様と、異端審問官ゲルドであった。


「いらっしゃいませ。あら、ユーリス様にゲルドさん。今日は随分と物々しいお連れ様が一緒ね」


私がカウンターから声をかけると、ユーリス様はどこか誇らしげに胸を張り、見事に生え揃った短髪を撫でた。


「サキ先生。本日は薬を買いに来たのではない。貴女にとって……いや、この王国にとって、歴史的な瞬間を伝えに参ったのだ」

「歴史的な瞬間?」

「うむ。王家の使者殿、どうか読み上げを」


ユーリス様に促され、宮廷服の使者が咳払いをして、うやうやしく黄金の縁取りがされた羊皮紙――王の勅書――を広げた。


「コホン。王の御名において、千川咲殿に布告する。……そなたの類まれなる薬学の知識と、辺境における疫病鎮圧、並びに領民の健康増進への多大なる貢献を称え、神殿本局との協議の結果、そなたの医術を正式に『正統なる知識』と認定する」


使者の声が、大理石の店内に響き渡る。

ロッツやシエナちゃん、そして買い物をしていた貴族たちも、固唾を飲んで見守っている。


「よって、国王陛下の勅命により、千川咲殿を本日付で『王国の特別医療顧問』に任命する! 今後、そなたは王家の庇護の下、その大いなる秘術をもって国家の発展に寄与すべし!」


読み上げが終わると同時に、ユーリス様とゲルドがパチパチと拍手をした。


「おめでとう、サキ先生! これでもう、貴女を魔女や異端などと呼ぶ者は、この王国のどこにもいなくなった!」

「神殿本局も、正式に貴女の薬を『神の理を解き明かした正統な技術』として認定しました。私も本局で、貴女の素晴らしさをたっぷりと説いて(脅して)きましたからね」


二人のパトロンが、ドヤ顔で私に微笑みかける。

スラムの路地裏で細々と始めたボッタクリ薬局が、ついに国家公認の『特別医療顧問』という、最高権威のお墨付きを得たのだ。普通の平民であれば、感涙にむせび泣き、王都の方角へ土下座をして感謝する場面だろう。


――しかし。


「…………へえ。特別医療顧問ねえ」


私は、感動するどころか、スゥッと氷のように冷たい無表情になり、腕を組んで使者を見据えた。


「で? その『顧問』っていう立派な肩書きがつくと、私の給料(手取り)はいくら増えるの?」

「……は?」


使者が、目を瞬かせた。


「お、お給料、とは?」

「だから、顧問としての『報酬』よ。まさか、肩書きだけ与えて、王家の名前でタダ働きさせようって魂胆じゃないでしょうね? 前世のブラック企業じゃあるまいし、『名誉職だから無給で当然』みたいな寝言を言ったら、その勅書ごと破り捨てるわよ」


私のあまりにも現実的(資本主義的)で不敬極まりない発言に、使者は顔面を蒼白にして泡を吹きそうになった。


「な、ななな、なんという無礼な! 王家からの任命を、カネに換算するなど……!」

「当たり前でしょ! 私は慈善事業をやってるんじゃないの! 顧問になるってことは、王室から『これの成分を調べてくれ』とか『新しい薬を開発してくれ』って、面倒な依頼タスクがバンバン降ってくるってことでしょ? だったら、それに対する『コンサルティング料』を明確に取り決めない契約なんて、絶対にサインしないわ!」


私がカウンターをバンッ! と叩いて詰め寄ると、使者は「ひぃっ!」と後ずさった。

すかさず、ユーリス様とゲルドが間に割って入り、使者をなだめる。


「ま、待たれよ使者殿! サキ先生は非常に……その、実利を重んじるお方でして。しかし、腕は間違いなく世界一です!」

「そうです。王家からの助成金と、特別顧問としての『特許権』の保証について、事前に打ち合わせた通りに説明を……早く!」


ゲルドに急かされ、使者は震える手で別の書類を取り出した。


「も、もちろんでございます! 特別医療顧問への就任に際し、毎年の国家予算から『金貨五千枚』の연구助成金を支給! さらに、サキ薬局が開発した新薬に関する『独占販売権(専売特許)』を王家が保証し、他業者の模倣を法的に禁じます!」

「……ふーん」


私は電卓――もとい、計算尺を猛烈な勢いで弾き始めた。

金貨五千枚の助成金。これはデカい。カルラ商会から大量の素材を仕入れるための強力な資金源になる。

そして何より『独占販売権』。これさえあれば、私のカガクの知識を盗んで粗悪品を作る連中を、国が勝手に取り締まってくれるのだ。


「悪くない条件ね。……じゃあ、もう一つ追加よ」

「ま、まだあると申すか!?」

「当たり前じゃない。私が王家の顧問になったら、神殿の連中みたいに『王家の権威』を傘に着た役人が、私の薬の製造工程に『検閲』や『監査』って名目で口出ししてくる可能性があるでしょ? それを防ぐために、『サキ薬局の業務に関する一切の監査・検閲の免除』を確約してもらうわ」


私はニヤリと、悪徳政治家のような黒い笑みを浮かべた。


「これが呑めないなら、顧問の話はなかったことにしてちょうだい。私は今のままでも十分に大金持ちだし、自由を奪われるくらいなら名誉なんていらないの」

「そ、そんな無茶な……! 国家の監査を受けない顧問など、前代未聞……!」

「使者殿! 呑みなさい! サキ先生の機嫌を損ねて、私の薬の供給が止まったらどう責任を取るつもりだ!」

「私からも強く推奨する。さあ、今すぐ『免除』の一筆を!」


ユーリス様(毛根の危機)と、ゲルド(花粉症の恐怖)。

この二人の権力者が、自らの保身のために全力で使者を脅しつける。

哀れな王家の使者は、三方向からの凄まじいプレッシャー(物理・政治・宗教)に完全に心をへし折られ、涙目で勅書の余白に『監査免除』の一文を書き加えたのだった。


「よろしい。契約成立ね。謹んで、王国の特別医療顧問の任をお受けするわ」


私が優雅に一礼して勅書を受け取ると、使者は「ひ、ひぃぃぃ……なんて恐ろしい女だ……」と呟きながら、這うようにして馬車へと逃げ帰っていった。


* * *

その日の夜。

サキ薬局・プレミアムの一階は、貸切のパーティー会場と化していた。

並べられたテーブルには、高級なローストビーフや、カルラ商会が仕入れた極上のワインが所狭しと並んでいる。


「カンパーイ!! サキ先生の、特別医療顧問就任を祝して!」


冒険者ギルドから駆けつけたバドが、ジョッキを高々と掲げて音頭をとる。

「おうっ!」「お姉ちゃんおめでとう!」と、ロッツやシエナちゃん、そして冒険者ギルドの受付嬢ティルたちも一斉にグラスを合わせた。


「いやぁ、まさかあのスラムの路地裏で拾った薄汚い女が、王様のお抱えになるとはな。俺の目に狂いはなかったぜ!」

「ちょっとロッツ、誰が薄汚い女よ。あんたが行き倒れてたところを、私が胃薬で助けてあげたんじゃない」


私がロッツの背中をバシッと叩くと、ドワーフのカルラがワイングラスを揺らしながら近寄ってきた。


「全くだ。最初はお高くとまった小娘かと思ったが、ここまで見事な守銭奴っぷりと経営手腕を見せつけられるとは。我がカルラ商会も、お前と組んだおかげで今期の利益は過去最高だ。特別顧問の専売特許を使って、いよいよ王都への本格的な販路拡大に乗り出すぞ」

「ええ、頼りにしてるわよ、カルラ社長。王都の貴族どもから、最後の一滴まで金貨を搾り取ってやるんだから」


私とカルラが、ゲスい笑みを浮かべてグラスを合わせる。

エルフのメイラも、「サキ工場長! 助成金で、さらに大きな魔力炉ボイラーを買いましょう! 徹夜の効率が二倍になりますよ!」と、完全に社畜の鑑のような提案をしてくる。


喧騒の中、店の隅のソファで静かにワインを傾けていたユーリス様とゲルドの元へ、私は歩み寄った。


「二人とも、今日は王家の使者の説得(脅迫)、ご苦労様。おかげで最高の条件が引き出せたわ」

「ふっ。サキ先生の知恵と度胸には、毎度驚かされる。だが、これで我々も一安心だ。神殿も王家も、もはや貴女の薬学を否定することはできない」


ゲルドが片眼鏡を光らせて微笑む。ユーリス様も深く頷いた。


「うむ。異端の魔女などという汚名は完全に注がれた。これからは『王国の特別医療顧問』という絶対的な肩書きとブランディングが、貴女の店を守る最強の盾となるだろう」

「ええ、そうね。……でも」


私は、窓の外、遠く離れた王都の方角に視線を向けた。


「肩書きなんて、ただの飾りに過ぎないわ。本当に大事なのは、その肩書きを使って『誰から、いくら巻き上げるか』よ。王都っていうのは、この辺境とは比べ物にならないくらい巨大な市場。そして、同時に巨大な『既得権益の巣窟』でもある」


神殿の保守派は潰した。

しかし、ゲルドが以前忠告してくれた通り、王都には「王宮魔道医」という、魔法による医療特権を独占する厄介な連中がいるはずだ。

特別医療顧問という、彼らと同等かそれ以上の肩書きを得た私が王都へ進出すれば、間違いなく彼らとの全面戦争(縄張り争い)になる。


「……面白くなってきたじゃない」


私は、残っていたワインをグイッと飲み干した。


「スラムで起業し、貴族街でブランドを確立し、ついに国家権力のお墨付きを得た。サキ薬局のフェーズ1(地盤固め)はこれで完全クリアよ。次はいよいよフェーズ2……王都の中枢に乗り込んで、この異世界の古臭い医療を『カガク』で根底から書き換えてやるわ」

「そして、莫大な富を独占する、ですね。サキ先生らしい」


ゲルドが苦笑いし、ユーリス様も「先生なら、王都の魔道医どもを泣かせることなど造作もないだろうな」と笑った。


仲間たちの笑い声が響く、プレミアムな空間。

過労死寸前のブラック企業から異世界へ放り出された私が、自分の知識カガクと強欲さだけを武器に築き上げた、最強の居場所。


だが、この平穏な祝杯の裏で。

王都では、魔法でも、神の奇跡でも、そして王宮魔道医の知識でも決して治すことのできない『未知の病の影』が、音もなく忍び寄っていた。

それは、私の現代薬学カガクの真価が、国レベルで試される最大の試練の始まりでもあった。


「さあ、明日は王都進出に向けた新商品の会議よ! みんな、定時なんて概念は忘れて、馬車馬のように働くわよ!」

「「「おうっ!!」」」


私――大富豪を夢見る現役薬剤師の戦いは、いよいよ最大のクライマックス(最終章)へと突入していくのである。

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>>毎年の国家予算から『金貨五千枚』の연구助成金を支給! ここだけ突然ハングルが出てきますが (浅学にして今まで知りませんでしたが❝연구❞は❝研究❞を意味するそうですね) 何か特別な意図がおありでし…
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