第38話「神殿の嫌がらせを法と薬で跳ね返す」
サキ薬局・プレミアムが貴族街で確固たる地位を築く一方、スラム街の入り口に残された「サキ薬局・旧店舗」は、大衆向けの特効薬を薄利多売で提供する重要拠点として、連日多くの平民や下級冒険者たちで賑わっていた。
しかし、その日の昼下がり。
活気にあふれていた旧店舗の前に、場違いな純白の法衣を着た一団が、物々しい武装神官たちを引き連れて姿を現した。
「そこまでだ、異端の加担者ども! 神殿の権限において、この忌まわしい店舗の強制捜査を行う!」
先頭に立つのは、ふんぞり返った肥満体の男――神殿保守派の急先鋒である、高位神官ゾラであった。
彼は忌々しそうに旧店舗の粗末な看板を睨みつけると、背後の武装神官たちに命じて、店を取り囲んでいた患者たちを乱暴に追い払い始めた。
「おいおいおい、てめぇら! いきなり乗り込んできて、客を突き飛ばすとはどういう了見だ!」
店の奥から、巨大な戦斧を片手で軽々と振り回しながら、筋肉ダルマのベテラン冒険者バドが飛び出してきた。彼の背後には、店番を任されていたシエナちゃんが、怯えた様子で隠れている。
「野蛮な冒険者風情が、神殿の使者に逆らう気か!」
「神殿だろうがなんだろうが、ここはサキ先生から俺たちが任されてる大事な店だ! 無理やり入ろうってんなら、この戦斧のサビにしてやるぜ!」
「ふん、吠えるが良い。だが、我々は正当な『法の手続き』を踏んでここに来ているのだ」
高位神官ゾラは、懐から仰々しい神殿の印章が押された巻物を取り出し、バドの鼻先に突きつけた。
「魔女サキが、神殿の法を潜り抜けるために『薬に魔力は入っていない』などという詭弁を弄していることは承知している。だが、我々神殿の調査により、重大な事実が発覚したのだ!」
「重大な事実だと?」
「いかにも! この店で販売されている特効薬の材料の一部に、王国の法および神殿法で厳しく取引が制限されている『幻覚作用を持つ違法な魔界植物』が混入しているという内部告発があったのだ! これは密輸および毒物混入の重罪! よって、この店舗を即時封鎖し、責任者である魔女サキを捕縛する!」
ゾラの声が広場に響き渡ると、遠巻きに見ていたスラムの住人たちがざわめき始めた。
彼らは数日前から、神殿が裏で流している「サキ薬局の薬を飲めば地獄に落ちる」というデマによって、すでに不安を煽られている状態だ。そこに「違法な毒物」という決定的なワードが投下されれば、民衆の不安は一気に恐怖へと変わる。
「……なるほど。宗教の教義(異端審問)で私を潰せないからって、今度は『違法薬物の密輸』っていうでっち上げの犯罪で私を社会的に抹殺しに来たわけね」
群衆が割れ、その奥から静かな、しかし絶対零度の怒りを孕んだ声が響いた。
純白の特注白衣を翻し、二メートルの巨漢獣人ロッツを従えて現れたのは、私――サキ薬局の総帥、千川咲であった。
「お姉ちゃん!」
「サキ先生! こいつら、言いがかりをつけて店を潰そうとしてやがります!」
シエナちゃんとバドが私の両脇に駆け寄る。
私は彼らを制し、ゾラを見据えて冷ややかな笑みを浮かべた。
「証拠のねつ造に、偽の内部告発。神様に仕える立派な神官様が、随分とセコくて陰湿な手を使うじゃない。うちの薬の成分は全て私がこの目で鑑定しているわ。違法な植物なんて、一ミリグラムたりとも入ってないわよ」
「しらばっくれるな魔女め! 現に、昨晩お前の店の裏口に運び込まれた荷馬車の中から、これが見つかっているのだ!」
ゾラが合図をすると、部下の神官が一つの麻袋を私の足元に投げ捨てた。
袋の口が開き、中から毒々しい紫色をした、独特の悪臭を放つ干し草のようなものがこぼれ落ちる。
「見よ! これこそが、強烈な幻覚と依存性を引き起こす禁断の植物『紫夢草』だ! お前はこれを薬に混ぜて平民たちを依存症にし、金を巻き上げていたのだな! 動かぬ証拠はここにある!」
「へえ。わざわざ夜中にうちの店の裏口に忍び込んで、こんなゴミを置いていってくれたのね。ご苦労なことだわ」
「減らず口を叩くのもそこまでだ! 武装神官! この魔女と、加担した冒険者どもを全員しょっ引け!」
ゾラが勝ち誇ったように叫び、武装神官たちが武器を構えてジリジリと距離を詰めてくる。
しかし、私は全く動じることなく、ポケットに手を入れたまま、大きな声で宣言した。
「ロッツ、バドさん。武器を下ろしなさい」
「ぼ、ボス!? しかし、このままじゃ……」
「いいから。……私みたいに『合法的に商売をしている真っ当な経営者』はね、こういうセコい言いがかりに対して、腕力で対抗したりしないのよ」
私がパチン! と指を鳴らした、その瞬間だった。
「その通りだ。三流の三文芝居に付き合って剣を抜くなど、我々の品位に関わるからな」
スラムの広場に、場違いなほど洗練された馬車の車輪の音が響き渡った。
群衆をかき分けて進み出てきたのは、カルラ商会の豪華な装飾が施された大型馬車だった。
御者台からドスンと軽快に飛び降りてきたのは、分厚い葉巻をふかしたドワーフの豪商、カルラである。彼女の背後には、屈強な商会の私兵たちが、山のような書類の束を抱えて控えている。
「カ、カルラ商会の会頭……!? なぜ貴様がこのようなスラムに!」
「私の大事なビジネスパートナー(金の卵)が、薄汚いタヌキどもにイチャモンをつけられていると聞いてな。暇つぶしに『情報提供』に来てやったのだ」
カルラは、ゾラの足元に転がっている『紫夢草』を鼻で笑って見下ろした。
「おい、ゾラとやら。お前、偽装工作をするならもっと頭を使え。我がカルラ商会の情報網を舐めるなよ」
「な、なにを……!」
「その紫夢草、昨日の夕方、王都の裏通りにある密輸商人の元から『銀貨五十枚』で買い上げられたものだな。……買い手の名前は偽名だったが、その男が神殿の保守派の宿舎に帰っていくのを、うちの密偵がバッチリ確認しているぞ」
カルラが指を鳴らすと、部下が分厚い帳簿の写しをゾラの顔面に叩きつけた。
「ご丁寧に、お前たちが神殿の『孤児院への寄付金』を横領して、その違法植物の購入資金に充てていたという金の流れまで、完璧に裏を取ってある。……密輸および横領の重罪を犯しているのは、サキではなくお前たち神殿の保守派の方だ!」
「なっ……!? で、でたらめだ! そのような書類、いくらでもねつ造できるだろうが!」
ゾラは顔面を蒼白にしながらも、必死で言い逃れようと声を荒げた。
「商人ごときが、神殿の神官を愚弄するか! この場に世俗の権力者はいない! 神の裁きの下に、貴様らも同罪として捕縛してやる!」
完全に開き直り、力技でその場を制圧しようとするゾラ。
しかし、彼がその言葉を吐き出した直後。
「――世俗の権力者がいない、だと? 私の領地において、随分と大きな口を叩くものだな」
空気を切り裂くような、威厳に満ちた若々しい声。
広場の入り口から、太陽の光を反射して白銀の鎧を輝かせる一団が、整然とした足音と共に雪崩れ込んできた。
辺境伯領の精鋭、近衛騎士団である。
そして、その先頭で立派な白馬に跨り、見事な短髪(スポーツ刈り)の毛根を風にそよがせているのは、この地の最高権力者、若き辺境伯ユーリス様その人であった。
「ゆ、ユーリス辺境伯……!? なぜ領主自らが、スラムのいざこざに!」
「いざこざだと? 黙れ、下郎」
ユーリスは馬から降り、冷酷な眼差しでゾラを睨み下ろした。
「サキ先生は、私の命と『誇り』を救い、私が直々に営業許可と永久免税特権を与えた、我が領地の【特別医療顧問】に等しい存在である。その彼女に対し、ねつ造された証拠を用いて不当な逮捕を試みるなど……これはサキ先生への侮辱ではない。私、ユーリス辺境伯家に対する『明確な反逆行為』である!」
「は、反逆行為……っ!?」
「商会が提示した横領と密輸の証拠、私が領主権限において正式に『本物』と認定する! 騎士団よ! この反逆者どもを一人残らず捕縛し、地下牢へ叩き込め!」
ユーリスの号令と共に、近衛騎士団が一斉に槍を構え、武装神官たちを取り囲んだ。
世俗の最高権力者による、有無を言わさぬ政治的圧力。
ゾラは完全にパニックに陥り、ついにその場で泣き喚き始めた。
「ば、馬鹿な! こんなことが許されてたまるか! 我々は神殿の神官だぞ! 世俗の騎士団が我々を裁く権限などない! 異端審問だ! 異端審問官を呼べ! あいつらを異端として火あぶりにしろぉぉっ!」
神の法を盾にして、最後の悪あがきを叫ぶゾラ。
その醜態を、私はただただ冷たい目で見下ろしていた。
「……本当に、あんたたちって学習能力がないわね。ルール(法)で勝負するなら、全てのカードを握ってからにしろって、前世の上司に教わらなかったの?」
私がパチンと、二度目の指を鳴らす。
「――呼んだか、ゾラ」
ゾラの背後。
彼らが乗ってきた神殿の馬車の影から、氷のように冷たく、絶対的な静謐を伴った男の声が響いた。
真っ黒な法衣を翻し、銀縁の片眼鏡を光らせて歩み出てきたのは、神殿の最高実務者――異端審問官の長、ゲルドであった。
「ゲ、ゲルド様ァァッ! おお、神は我々を見捨てておられなかった! どうか、どうかこの異端の魔女と、それに加担する商人や領主どもに、神の裁きを……!」
ゾラが地獄で仏に会ったような顔でゲルドにすがりつこうとする。
しかし、ゲルドは全く表情を変えることなく、ゾラの顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
「ぐはぁっ!?」
「汚らわしい手で私に触れるな、神殿のダニめ」
床に転がるゾラを見下ろしながら、ゲルドは懐から、神殿の最高監査印が押された真っ黒な令状を取り出した。
「カルラ商会から提出された裏帳簿、および領主ユーリス様の証言を受け、異端審問官の権限において私が最終裁定を下す。……ゾラ、およびその一派。貴様らは神殿の寄付金を私的流用し、さらにはその金で違法薬物を密輸して、無実の平民(サキ薬局)を陥れようとした」
「ち、違う! 私は神の教義を守るために……!」
「神の名を騙り、私利私欲のために法をねじ曲げる行為。それこそが、神への最大の冒涜……すなわち『異端』である!」
ゲルドの冷徹な宣告が、広場に響き渡った。
それは、ゾラたち保守派の行動が、宗教的にも完全に「悪」であると認定された瞬間であった。
「異端審問官の権限において、貴様ら全員の神官職を直ちに剥奪する! 神殿からの破門を言い渡し、身柄は領主軍(世俗の法廷)に引き渡すものとする! 連行しろ!」
「そ、そんな……! ゲルド様! お慈悲を! お慈悲をぉぉぉっ!!」
泣き叫ぶゾラたちは、容赦なく近衛騎士団と冒険者たち(バドやロッツ)によって手荒に縛り上げられ、荷馬車へと放り込まれていった。
武力(ロッツ、バド)。
情報力と経済力。
政治権力。
そして、宗教的権威と法の裁定。
私がこの異世界で築き上げた、四つの最強の「手駒(互助ネットワーク)」。
彼らが完璧な連携を見せたことで、サキ薬局を陥れようとした神殿の保守派は、文字通り手も足も出ないまま、完全な社会的な抹殺を遂げたのである。
「……ふぅ。これで鬱陶しい羽虫の掃除は完全に終わったわね」
私は白衣のポケットから手を出し、広場の中心で大きく伸びをした。
遠巻きに見ていたスラムの住人たちは、初めは事の成り行きに怯えていたが、今や熱狂的な歓声を上げていた。
「すげえ! サキ先生の仲間たちが、あの偉そうな神殿の連中をやっつけちまったぞ!」
「魔女なんかじゃない! サキ先生には、領主様も異端審問官様も味方についてるんだ! 俺たちは騙されてたんだ!」
「サキ先生、万歳! サキ薬局、万歳!!」
保守派が流した「地獄に落ちる」というデマは、目の前で繰り広げられた圧倒的な『権力と正義のデモンストレーション』によって、完全に霧散した。
民衆は単純だ。より強く、より豊かで、より自分たちの生活(健康)を守ってくれる側に付く。
これで、サキ薬局の地位は、盤石どころか、この辺境の地における「新たな信仰の対象」と呼べるレベルにまで昇華されたのである。
「サキ先生、見事な采配でした。これで我が領内の治安も、完全なものとなりましたな」
ユーリスが馬から降りて歩み寄り、満足げに微笑む。
カルラも葉巻をふかしながら、「タダ働きさせられた分は、次回の美容液の卸値で調整させてもらうからな」と笑い、ゲルドは片眼鏡を光らせて「……これで私の安らかな呼吸を脅かす障害は、全て消え去った」と一人で完結していた。
「みんな、協力ありがとう。お礼はきっちり、最高の薬で返させてもらうわ。……でも、その前に」
私は、ロッツとバドに連行されていくゾラたちの前に立ち塞がり、懐から一枚の長大な羊皮紙を取り出した。
「な、なんだ魔女……! もう我々は全てを失ったのだ! これ以上何を……!」
「忘れたの? 私は受けた損害は、一円残らずきっちり回収する主義なのよ」
私は極上の、悪魔のような営業スマイルを浮かべ、羊皮紙をゾラの顔面に叩きつけた。
「うちの店の前で騒いだことによる営業妨害の機会損失。偽の噂を流されたことによるブランドイメージの回復費用。カルラ商会への調査委託費、領主軍への出動要請の手数料。諸々ひっくるめて……【金貨八百枚】。あんたたちが神殿で横領して隠し持ってる裏金、全額差し押さえさせてもらうからね」
「ひぃぃぃぃぃっ!! 悪魔だ! この女は本物の悪魔だぁぁぁっ!!」
絶望の悲鳴を上げながらドナドナされていく元神官たち。
その背中を見送りながら、私は頭の中のソロバンで、莫大な損害賠償金の使い道を計算し始めていた。
神殿の横槍を法と薬で完璧に跳ね返し、私はこの地における医療と経済の覇権を、完全に握りしめたのである。




