表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
38/50

第38話「神殿の嫌がらせを法と薬で跳ね返す」

サキ薬局・プレミアムが貴族街で確固たる地位を築く一方、スラム街の入り口に残された「サキ薬局・旧店舗」は、大衆向けの特効薬を薄利多売で提供する重要拠点として、連日多くの平民や下級冒険者たちで賑わっていた。

しかし、その日の昼下がり。

活気にあふれていた旧店舗の前に、場違いな純白の法衣を着た一団が、物々しい武装神官たちを引き連れて姿を現した。


「そこまでだ、異端の加担者ども! 神殿の権限において、この忌まわしい店舗の強制捜査を行う!」


先頭に立つのは、ふんぞり返った肥満体の男――神殿保守派の急先鋒である、高位神官ゾラであった。

彼は忌々しそうに旧店舗の粗末な看板を睨みつけると、背後の武装神官たちに命じて、店を取り囲んでいた患者たちを乱暴に追い払い始めた。


「おいおいおい、てめぇら! いきなり乗り込んできて、客を突き飛ばすとはどういう了見だ!」


店の奥から、巨大な戦斧を片手で軽々と振り回しながら、筋肉ダルマのベテラン冒険者バドが飛び出してきた。彼の背後には、店番を任されていたシエナちゃんが、怯えた様子で隠れている。


「野蛮な冒険者風情が、神殿の使者に逆らう気か!」

「神殿だろうがなんだろうが、ここはサキ先生から俺たちが任されてる大事な店だ! 無理やり入ろうってんなら、この戦斧のサビにしてやるぜ!」

「ふん、吠えるが良い。だが、我々は正当な『法の手続き』を踏んでここに来ているのだ」


高位神官ゾラは、懐から仰々しい神殿の印章が押された巻物を取り出し、バドの鼻先に突きつけた。


「魔女サキが、神殿の法を潜り抜けるために『薬に魔力は入っていない』などという詭弁を弄していることは承知している。だが、我々神殿の調査により、重大な事実が発覚したのだ!」

「重大な事実だと?」

「いかにも! この店で販売されている特効薬の材料の一部に、王国の法および神殿法で厳しく取引が制限されている『幻覚作用を持つ違法な魔界植物』が混入しているという内部告発があったのだ! これは密輸および毒物混入の重罪! よって、この店舗を即時封鎖し、責任者である魔女サキを捕縛する!」


ゾラの声が広場に響き渡ると、遠巻きに見ていたスラムの住人たちがざわめき始めた。

彼らは数日前から、神殿が裏で流している「サキ薬局の薬を飲めば地獄に落ちる」というデマによって、すでに不安を煽られている状態だ。そこに「違法な毒物」という決定的なワードが投下されれば、民衆の不安は一気に恐怖へと変わる。


「……なるほど。宗教の教義(異端審問)で私を潰せないからって、今度は『違法薬物の密輸』っていうでっち上げの犯罪イチャモンで私を社会的に抹殺しに来たわけね」


群衆が割れ、その奥から静かな、しかし絶対零度の怒りを孕んだ声が響いた。

純白の特注白衣を翻し、二メートルの巨漢獣人ロッツを従えて現れたのは、私――サキ薬局の総帥、千川咲であった。


「お姉ちゃん!」

「サキ先生! こいつら、言いがかりをつけて店を潰そうとしてやがります!」


シエナちゃんとバドが私の両脇に駆け寄る。

私は彼らを制し、ゾラを見据えて冷ややかな笑みを浮かべた。


「証拠のねつ造に、偽の内部告発。神様に仕える立派な神官様が、随分とセコくて陰湿な手を使うじゃない。うちの薬の成分は全て私がこの目で鑑定しているわ。違法な植物なんて、一ミリグラムたりとも入ってないわよ」

「しらばっくれるな魔女め! 現に、昨晩お前の店の裏口に運び込まれた荷馬車の中から、これが見つかっているのだ!」


ゾラが合図をすると、部下の神官が一つの麻袋を私の足元に投げ捨てた。

袋の口が開き、中から毒々しい紫色をした、独特の悪臭を放つ干し草のようなものがこぼれ落ちる。


「見よ! これこそが、強烈な幻覚と依存性を引き起こす禁断の植物『紫夢草しむそう』だ! お前はこれを薬に混ぜて平民たちを依存症にし、金を巻き上げていたのだな! 動かぬ証拠はここにある!」

「へえ。わざわざ夜中にうちの店の裏口に忍び込んで、こんなゴミを置いていってくれたのね。ご苦労なことだわ」

「減らず口を叩くのもそこまでだ! 武装神官! この魔女と、加担した冒険者どもを全員しょっ引け!」


ゾラが勝ち誇ったように叫び、武装神官たちが武器を構えてジリジリと距離を詰めてくる。

しかし、私は全く動じることなく、ポケットに手を入れたまま、大きな声で宣言した。


「ロッツ、バドさん。武器を下ろしなさい」

「ぼ、ボス!? しかし、このままじゃ……」

「いいから。……私みたいに『合法的に商売をしている真っ当な経営者』はね、こういうセコい言いがかりに対して、腕力で対抗したりしないのよ」


私がパチン! と指を鳴らした、その瞬間だった。


「その通りだ。三流の三文芝居に付き合って剣を抜くなど、我々の品位に関わるからな」


スラムの広場に、場違いなほど洗練された馬車の車輪の音が響き渡った。

群衆をかき分けて進み出てきたのは、カルラ商会の豪華な装飾が施された大型馬車だった。

御者台からドスンと軽快に飛び降りてきたのは、分厚い葉巻をふかしたドワーフの豪商、カルラである。彼女の背後には、屈強な商会の私兵たちが、山のような書類の束を抱えて控えている。


「カ、カルラ商会の会頭……!? なぜ貴様がこのようなスラムに!」

「私の大事なビジネスパートナー(金の卵)が、薄汚いタヌキどもにイチャモンをつけられていると聞いてな。暇つぶしに『情報提供』に来てやったのだ」


カルラは、ゾラの足元に転がっている『紫夢草』を鼻で笑って見下ろした。


「おい、ゾラとやら。お前、偽装工作をするならもっと頭を使え。我がカルラ商会の情報網ネットワークを舐めるなよ」

「な、なにを……!」

「その紫夢草、昨日の夕方、王都の裏通りにある密輸商人の元から『銀貨五十枚』で買い上げられたものだな。……買い手の名前は偽名だったが、その男が神殿の保守派の宿舎に帰っていくのを、うちの密偵がバッチリ確認しているぞ」


カルラが指を鳴らすと、部下が分厚い帳簿の写しをゾラの顔面に叩きつけた。


「ご丁寧に、お前たちが神殿の『孤児院への寄付金』を横領して、その違法植物の購入資金に充てていたという金の流れまで、完璧に裏を取ってある。……密輸および横領の重罪を犯しているのは、サキではなくお前たち神殿の保守派の方だ!」

「なっ……!? で、でたらめだ! そのような書類、いくらでもねつ造できるだろうが!」


ゾラは顔面を蒼白にしながらも、必死で言い逃れようと声を荒げた。


「商人ごときが、神殿の神官を愚弄するか! この場に世俗の権力者はいない! 神の裁きの下に、貴様らも同罪として捕縛してやる!」


完全に開き直り、力技でその場を制圧しようとするゾラ。

しかし、彼がその言葉を吐き出した直後。


「――世俗の権力者がいない、だと? 私の領地において、随分と大きな口を叩くものだな」


空気を切り裂くような、威厳に満ちた若々しい声。

広場の入り口から、太陽の光を反射して白銀の鎧を輝かせる一団が、整然とした足音と共に雪崩れ込んできた。

辺境伯領の精鋭、近衛騎士団である。

そして、その先頭で立派な白馬に跨り、見事な短髪(スポーツ刈り)の毛根を風にそよがせているのは、この地の最高権力者、若き辺境伯ユーリス様その人であった。


「ゆ、ユーリス辺境伯……!? なぜ領主自らが、スラムのいざこざに!」

「いざこざだと? 黙れ、下郎」


ユーリスは馬から降り、冷酷な眼差しでゾラを睨み下ろした。


「サキ先生は、私の命と『誇り』を救い、私が直々に営業許可と永久免税特権を与えた、我が領地の【特別医療顧問】に等しい存在である。その彼女に対し、ねつ造された証拠を用いて不当な逮捕を試みるなど……これはサキ先生への侮辱ではない。私、ユーリス辺境伯家に対する『明確な反逆行為』である!」

「は、反逆行為……っ!?」

「商会が提示した横領と密輸の証拠、私が領主権限において正式に『本物』と認定する! 騎士団よ! この反逆者どもを一人残らず捕縛し、地下牢へ叩き込め!」


ユーリスの号令と共に、近衛騎士団が一斉に槍を構え、武装神官たちを取り囲んだ。

世俗の最高権力者による、有無を言わさぬ政治的圧力ハンマー

ゾラは完全にパニックに陥り、ついにその場で泣き喚き始めた。


「ば、馬鹿な! こんなことが許されてたまるか! 我々は神殿の神官だぞ! 世俗の騎士団が我々を裁く権限などない! 異端審問だ! 異端審問官を呼べ! あいつらを異端として火あぶりにしろぉぉっ!」


神のルールを盾にして、最後の悪あがきを叫ぶゾラ。

その醜態を、私はただただ冷たい目で見下ろしていた。


「……本当に、あんたたちって学習能力がないわね。ルール(法)で勝負するなら、全てのカードを握ってからにしろって、前世の上司に教わらなかったの?」


私がパチンと、二度目の指を鳴らす。


「――呼んだか、ゾラ」


ゾラの背後。

彼らが乗ってきた神殿の馬車の影から、氷のように冷たく、絶対的な静謐を伴った男の声が響いた。

真っ黒な法衣を翻し、銀縁の片眼鏡を光らせて歩み出てきたのは、神殿の最高実務者――異端審問官の長、ゲルドであった。


「ゲ、ゲルド様ァァッ! おお、神は我々を見捨てておられなかった! どうか、どうかこの異端の魔女と、それに加担する商人や領主どもに、神の裁きを……!」


ゾラが地獄で仏に会ったような顔でゲルドにすがりつこうとする。

しかし、ゲルドは全く表情を変えることなく、ゾラの顔面を容赦なく蹴り飛ばした。


「ぐはぁっ!?」

「汚らわしい手で私に触れるな、神殿のダニめ」


床に転がるゾラを見下ろしながら、ゲルドは懐から、神殿の最高監査印が押された真っ黒な令状を取り出した。


「カルラ商会から提出された裏帳簿、および領主ユーリス様の証言を受け、異端審問官の権限において私が最終裁定を下す。……ゾラ、およびその一派。貴様らは神殿の寄付金を私的流用し、さらにはその金で違法薬物を密輸して、無実の平民(サキ薬局)を陥れようとした」

「ち、違う! 私は神の教義を守るために……!」

「神の名を騙り、私利私欲のために法をねじ曲げる行為。それこそが、神への最大の冒涜……すなわち『異端』である!」


ゲルドの冷徹な宣告が、広場に響き渡った。

それは、ゾラたち保守派の行動が、宗教的にも完全に「悪」であると認定された瞬間であった。


「異端審問官の権限において、貴様ら全員の神官職を直ちに剥奪する! 神殿からの破門を言い渡し、身柄は領主軍(世俗の法廷)に引き渡すものとする! 連行しろ!」

「そ、そんな……! ゲルド様! お慈悲を! お慈悲をぉぉぉっ!!」


泣き叫ぶゾラたちは、容赦なく近衛騎士団と冒険者たち(バドやロッツ)によって手荒に縛り上げられ、荷馬車へと放り込まれていった。


武力(ロッツ、バド)。

情報力と経済力カルラ

政治権力ユーリス

そして、宗教的権威と法の裁定ゲルド


私がこの異世界で築き上げた、四つの最強の「手駒(互助ネットワーク)」。

彼らが完璧な連携コンボを見せたことで、サキ薬局を陥れようとした神殿の保守派は、文字通り手も足も出ないまま、完全な社会的な抹殺を遂げたのである。


「……ふぅ。これで鬱陶しい羽虫の掃除は完全に終わったわね」


私は白衣のポケットから手を出し、広場の中心で大きく伸びをした。

遠巻きに見ていたスラムの住人たちは、初めは事の成り行きに怯えていたが、今や熱狂的な歓声を上げていた。


「すげえ! サキ先生の仲間たちが、あの偉そうな神殿の連中をやっつけちまったぞ!」

「魔女なんかじゃない! サキ先生には、領主様も異端審問官様も味方についてるんだ! 俺たちは騙されてたんだ!」

「サキ先生、万歳! サキ薬局、万歳!!」


保守派が流した「地獄に落ちる」というデマは、目の前で繰り広げられた圧倒的な『権力と正義のデモンストレーション』によって、完全に霧散した。

民衆は単純だ。より強く、より豊かで、より自分たちの生活(健康)を守ってくれる側に付く。

これで、サキ薬局の地位は、盤石どころか、この辺境の地における「新たな信仰の対象」と呼べるレベルにまで昇華されたのである。


「サキ先生、見事な采配でした。これで我が領内の治安も、完全なものとなりましたな」


ユーリスが馬から降りて歩み寄り、満足げに微笑む。

カルラも葉巻をふかしながら、「タダ働きさせられた分は、次回の美容液の卸値で調整させてもらうからな」と笑い、ゲルドは片眼鏡を光らせて「……これで私の安らかな呼吸を脅かす障害は、全て消え去った」と一人で完結していた。


「みんな、協力ありがとう。お礼はきっちり、最高のサービスで返させてもらうわ。……でも、その前に」


私は、ロッツとバドに連行されていくゾラたちの前に立ち塞がり、懐から一枚の長大な羊皮紙を取り出した。


「な、なんだ魔女……! もう我々は全てを失ったのだ! これ以上何を……!」

「忘れたの? 私は受けた損害は、一円残らずきっちり回収する主義なのよ」


私は極上の、悪魔のような営業スマイルを浮かべ、羊皮紙をゾラの顔面に叩きつけた。


「うちの店の前で騒いだことによる営業妨害の機会損失。偽の噂を流されたことによるブランドイメージの回復費用。カルラ商会への調査委託費、領主軍への出動要請の手数料。諸々ひっくるめて……【金貨八百枚】。あんたたちが神殿で横領して隠し持ってる裏金、全額差し押さえさせてもらうからね」

「ひぃぃぃぃぃっ!! 悪魔だ! この女は本物の悪魔だぁぁぁっ!!」


絶望の悲鳴を上げながらドナドナされていく元神官たち。

その背中を見送りながら、私は頭の中のソロバンで、莫大な損害賠償金ボーナスの使い道を計算し始めていた。

神殿の横槍を法と薬で完璧に跳ね返し、私はこの地における医療と経済の覇権を、完全に握りしめたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ