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第19話「命の量産ラインと問答無用の隔離」

夜の帳が完全に下りたスラム街は、普段であれば暗闇と静寂、そして得体の知れない犯罪の気配に支配される場所だ。

しかし今夜ばかりは違った。

サキ薬局を中心とした区画は、煌々とした松明の炎に照らし出され、けたたましい怒号と馬車の車輪の音が絶え間なく響き渡る、文字通りの『不夜城』と化していた。


「おい、そこ! 砂糖の袋は湿気を避けて奥の棚に積め! 塩の樽はカウンターの横だ! 薬草の束は絶対に地面に置くな、少しでも泥がついたら使い物にならなくなるぞ!」


豪商カルラの鋭い指示が飛ぶ。

彼女が全支店に緊急の伝令を走らせてから、わずか数時間。カルラ商会の誇る圧倒的な物流ネットワークは、その真価を遺憾なく発揮していた。

王都へ向かうはずだった大型の荷馬車が次々とスラムの泥道に乗り入れ、サキ薬局の前に横付けされる。屈強な荷運び人たちが、この街の市場から根こそぎ買い占められた塩、砂糖、そして私が指定した特定の薬草や青カビの生えた果実を、滝のような汗を流しながら店内に運び込んでいく。


「見事ね、カルラ社長。まさか一晩でこれだけの物資をかき集めてくるとは思わなかったわ」

「ふん、カルラ商会を舐めるなよ。これでも近隣の都市の倉庫を空っぽにして、法外な特急料金を払って運ばせたんだ。私の財力をこれほどまでに削り取ったんだ、もしこのパンデミックとやらを鎮圧できなかったら、お前を王都の奴隷市場に売り飛ばしてでも損失を補填させてもらうからな」

「ご心配なく。あんたの投資は、最高の『特効薬』っていう形で何倍にもして返してあげるわ」


私は不敵に笑い返し、運び込まれた物資の検品を猛烈なスピードでこなしていく。

外の騒がしさとは対照的に、サキ薬局の奥、完全に隔離された無菌調剤室クリーンルームの中は、サウナのような異常な熱気と、張り詰めた極限の集中力に支配されていた。


「サ、サキ先生……っ! 次のフラスコ、抽出温度の摂氏七十五度、到達しました……! 純水のストックも、あと樽三つ分は満たしてあります……っ!」


エルフの魔法使いメイラが、美しいプラチナブロンドの髪を汗で額に張り付かせながら、悲鳴のような声を上げた。

彼女の左右の手からは、それぞれ異なる性質の魔法が絶え間なく放たれ続けている。右手からは、不純物ゼロの超純水を生み出す水精霊の魔力。左手からは、複数の巨大なガラスフラスコを下から熱し続ける、温度調整が完璧な青白い炎。

普段なら優雅に呪文を詠唱して放つ魔法を、彼女は今、工業用のガスバーナーと浄水器のごとく、ひたすら無言で、無機質に、限界まで出力し続けているのだ。


「いいペースよメイラ! 抽出が終わった薬効成分はこっちのビーカーに移して! 次は、カルラが持ってきた塩と砂糖を、私が指定したこの『黄金比率』で、あんたが出した純水にひたすら溶かし続けるのよ! 経口補水液(ORS)の量産ライン、絶対に止めるんじゃないわよ!」

「ひぃぃぃっ! ま、魔力が……私の、数百年の研鑽を積んだ高貴な魔力が、ただ塩水と砂糖水を混ぜるためだけに消費されていくぅぅ……っ!」

「泣き言を言わない! この塩水と砂糖水が、今スラムで倒れてる何百人もの命を繋ぐ唯一の『命の雫』なのよ! ほら、炎の温度が一度下がってるわよ! 集中なさい!」


私がピシャリと檄を飛ばすと、メイラはビクッと肩を跳ねさせ、再び炎の出力を上げた。

私は彼女が抽出した青カビの成分(ペニシリン類似物質)を、素早い手つきで別の薬草成分と調合し、強力な抗菌作用を持つ特効薬を次々と錬成していく。

蒸留、抽出、結合、ボトリング。

現代の製薬工場であれば、巨大な機械とコンピューター制御で行われる工程を、私とメイラのたった二人で、魔法とカガクのハイブリッドによって強引に回しているのだ。

メイラの魔力は底なしのように思えたが、数時間を超える連続稼働で、さすがに彼女の顔色は青ざめ、息も絶え絶えになってきていた。


「サ、サキ先生……もう、ダメです。魔力回路が……焼き切れます……。少し、五分でいいから瞑想を……」

「ダメよ! あんたが五分休めば、その間に五人の患者が脱水で死ぬわ! ほら、口を開けなさい!」


私は、容赦なくメイラの口に、予め作っておいた『特製エナジードリンク・限界突破バージョン』の瓶を突っ込んだ。

カフェインと糖分、それに覚醒作用のある薬草の成分を限界まで濃縮した、現代で言えば最も危険な部類のエナジードリンクだ。


「んぐっ!? ごくっ、げほっ! な、なんですかこの泥水みたいに苦くて酸っぱい……あ、あれ? 嘘……」


むせ返ったメイラだったが、数秒後、彼女のカッと見開かれた瞳孔に、異常なまでの活力がギラギラと蘇ってきた。限界を迎えていたはずの魔力が、強制的にブーストされ、枯渇していたはずの力が体の奥底から湧き上がってくる。


「力が……満ちてきます! 魔力が、暴走しそうなほどに! 素晴らしい! これならあと十時間は連続で炎を維持できます!!」

「よし、その調子よ! カフェインの強制覚醒が切れたら反動で三日は寝込むことになるけど、今は命を前借りしてでも生産ラインを回しなさい! どんどん作るわよ!」

「はいっ! サキ工場長!!」


完全に「ブラック企業の社畜」として洗脳ブーストされたエルフが、狂ったような笑顔でフラスコを熱し始める。

これで、薬と経口補水液の『供給』はなんとか追いつきそうだ。

しかし、パンデミックの鎮圧において、薬の生産は半分に過ぎない。もう半分の、そして最も過酷で困難な任務は、今まさにスラムの現場で、筋肉ダルマのベテラン冒険者バドと獣人ロッツによって決行されていた。


* * *

「いいかテメェら!! 今ここから先の路地は『完全封鎖』だ! 倒れてる奴はこの線を越えてこっち(安全圏)に来るんじゃねえ! 元気な奴も、あっち(感染エリア)には一歩も入るな!!」


スラム南区画と中央区画を隔てる大通り。

バドの地鳴りのような怒号が響き渡り、彼に率いられた数十人の完全武装の冒険者たちが、武器を構えてバリケードのように立ち塞がっていた。


「ふざけるな! 俺は明日も市場に働きに行かなきゃなんねえんだ! 腹が痛いくらいで大げさな!」

「どけよ! 俺の婆さんが向こうで倒れてるんだ! 助けに行かせろ!」


感染の恐怖と、突然の封鎖に対する怒りで、パニックに陥ったスラムの住人たちが冒険者たちに詰め寄る。

公衆衛生や細菌の概念など欠片もない彼らにとって、隔離(検疫)という行為は、ただの理不尽な暴力にしか見えないのだ。腹痛や下痢など、スラムでは日常茶飯事。気合で仕事に行こうとする者や、家族を看病しようと無防備に感染エリアに入ろうとする者が後を絶たない。


「サキボスの言った通りだぜ。この連中、見えねえ敵の恐ろしさを全く分かっちゃいねえ」


ロッツが大剣を地面に突き立て、呆れたように頭を掻いた。

シエナちゃんが懸命に「みんな、ダメだよ! お姉ちゃんが、今あっちに行ったら絶対に移るって言ってたもん!」と説得しようとするが、怒り狂った大人たちの耳には届かない。


「うるせえ! 冒険者だからって偉そうに! 通さねえなら力ずくで……!」


血気盛んな若者が、バドの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。

その瞬間。


ドゴォォォォンッ!!!


バドが手にした巨大な戦斧を、一切の躊躇なく、真横にあった崩れかけの石壁にフルスイングで叩き込んだ。

轟音と共に壁が粉々に砕け散り、凄まじい砂埃が舞い上がる。

詰め寄っていた住人たちは、一瞬にして硬直した。目の前で起きた圧倒的な『暴力の顕現』に、全員の顔からサッと血の気が引いていく。


「……力ずくだと?」


バドは、戦斧の刃にこびりついた石の粉を払いながら、鬼神のような恐ろしい形相で住人たちを睨み下ろした。歴戦の冒険者が放つ、本物の殺気だ。


「いいか、よく聞けスラムの馬鹿ども。俺たちはな、サキ先生から『この街を救え』って命令されてここに来てんだ。先生が『ここを通すな』って言った以上、一歩でもこの線を越えようとする奴は、俺が物理的(物理)に両足をへし折ってその場に転がしてやる。仕事に行きたきゃ、足の骨を粉々にされてから這って行け!」

「ひぃっ……!」

「お前らのその『大したことねえ』って油断が、見えねえ虫(細菌)をばら撒いて、この街全体を地獄に落とすんだよ! 家族を助けたいなら、大人しくここでサキ先生の薬が来るのを待ってろ! 先生の薬なら、絶対に全員助かる! 先生の言うことだけを聞いてりゃいいんだよ!!」


バドの狂信的とも言えるサキへの信頼と、有無を言わさぬ暴力の圧。

これこそが、サキが冒険者たちを起用した最大の理由だった。衛生観念のない人間を論理で説得している暇はない。命の危機が迫るパンデミックの現場において最も必要なのは、恐怖による絶対的な統制と、問答無用の隔離なのだ。


「いいか! サキ先生からの指示だ! 元気な奴らは今すぐ、そこら中の井戸の水を大鍋で沸かして『煮沸しゃふつ』しろ! 生水は一滴たりとも飲むな! 飯を食う前は、必ずその沸かしたお湯で念入りに手を洗え! 分かったな!」


バドの恫喝に、住人たちは首がもげるほど激しく頷き、慌てて鍋や薪の準備に走り始めた。


「ロッツの兄貴! こっちも準備できましたぜ!」


別の冒険者が、ロッツに声をかける。

隔離エリア(レッドゾーン)の内部。そこでは、すでに発症して倒れている患者たちの家から、彼らが寝ていた汚れたシーツや、排泄物が付着したボロ布が、冒険者たちによって容赦なく外に放り出されていた。


「やめてくれ! それは俺の全財産の毛布なんだ!」

「ごめんよおっさん、だがボスの命令なんでな!」


ロッツは泣き叫ぶ住人の声を無視し、高く積み上げられた汚染物の山に、火のついた松明を投げ込んだ。

ボワァッ! と、カルラ商会から調達した油をかけられた布の山が、勢いよく燃え上がる。

病原菌の温床となる排泄物や吐瀉物が付着したものは、水で洗った程度では完全に菌を落とすことはできない。現代のように強力な塩素系漂白剤がないこの世界において、最も確実な滅菌方法は『物理的な焼却』しかないのだ。


「燃やせ燃やせ! 菌の住処を一つ残らず灰にしろ! 財産が惜しいなら、命が助かってからボスに文句を言いに来な!」


ロッツが指示を飛ばし、冒険者たちは口元を布で覆いながら、次々と感染源となり得るものを火の中へとくべていく。

強権的で、暴力的で、人権も財産権も無視した無茶苦茶なやり方。

しかし、その冷酷なまでの徹底ぶりこそが、目に見えない悪魔の増殖を物理的に断ち切る唯一の『公衆衛生の極意』であった。


* * *

「お姉ちゃん! ロッツさんたちが道を塞いでくれたよ! それに、火もいっぱいつけて、汚いものを燃やしてくれてる!」


夜更け。息を切らしてサキ薬局に戻ってきたシエナちゃんが報告する。


「よくやったわシエナちゃん。バドさんたちには、絶対に隔離線を破らせないように伝えて。……さあ、ここからが本番よ。反撃の狼煙を上げるわ!」


私は、店の前にズラリと並べられた、カルラ商会の荷馬車を見渡した。

荷台には、私とメイラが限界まで魔力と知識を搾り出して錬成した、数百リットルにも及ぶ『特製経口補水液』が入った木樽と、青カビから抽出した『特効薬(抗菌ペースト)』が詰まったガラス瓶が山のように積まれている。


「カルラ社長! あんたの護衛たちにも手伝わせなさい! これからこの薬を、隔離エリアの患者全員の口に直接ねじ込んでいくわよ!」

「フン、人使いの荒い総司令官だ。おいお前ら、サキの指示に従え! この薬は我がカルラ商会の未来の金脈だ、一滴たりとも無駄にするなよ!」


カルラの号令と共に、私たちは荷馬車を走らせ、封鎖されたスラム南区画のレッドゾーンへと突入した。


そこはまさに地獄絵図だった。

道端でうずくまり、絶え間ない下痢と嘔吐で極限の脱水状態に陥り、意識を失いかけている人々。高熱にうなされ、けいれんを起こしている子供たち。

死の淵を彷徨う彼らの前に、私は大股で歩み寄った。


「ロッツ! 患者の口をこじ開けなさい!」

「おう!」


ロッツが巨大な手で、ぐったりとしている中年の男の顎をガシッと掴み、強引に口を開かせる。

私はそこに、木杯にたっぷりと注いだ特製経口補水液を流し込み、さらに抗菌ペーストをスプーンですくって舌の奥に塗りつけた。


「ごふっ!? げほっ、ごほっ! な、何を……!」

「いいから飲み込みなさい! あんたの腸の中で暴れてる菌を殺す薬よ! 塩水は一滴も吐き出すんじゃないわよ、細胞の隅々まで染み込ませるの!」


私は抵抗する患者の鼻をつまみ、無理やりゴクリと飲み込ませる。

乱暴極まりない投与方法だが、脱水症状が極限に達している患者は自力で水を飲むことすらできない。力業で胃腸に流し込むしかないのだ。


「次! そこの子供! 吐き気が酷いなら、少しずつスプーンで舐めさせなさい! シエナちゃん、お母さんたちに飲ませ方を指導して!」

「はいっ! おばさん、こうやってゆっくり、一口ずつ飲ませてあげるの!」


私たちは夜の闇の中、松明の明かりだけを頼りに、一人、また一人と、死にかけの患者たちに命の水を注ぎ込んでいった。

魔法のポーションのように、飲んだ瞬間に光が溢れて病が治るわけではない。

経口補水液は、失われた水分と電解質を補い、患者の体力を維持するだけだ。抗菌ペーストも、増殖した細菌を即座に全滅させるわけではなく、じわじわと細胞壁を破壊し、菌の増殖を食い止める。

最終的に病原菌を体外へ排出し、完全に回復させるのは、患者自身の『免疫力』である。


だからこそ、この戦いは時間との勝負だった。

菌の増殖スピードが勝つか。私が供給する薬と水が患者の体力を支え切るのが勝つか。


「サキ先生……! もう、水が足りません!」

「カルラ! 薬局に戻ってメイラから新しい樽を受け取ってきなさい! 絶対に供給ラインを止めるな!」

「くそっ、私がただの運び屋扱いだと!? ええい、馬車を出せ!」


何往復したか分からない。

腕は鉛のように重く、足は泥にまみれ、私の白衣も患者の吐瀉物や泥で見る影もなく汚れていた。

しかし、私以上に過酷な労働を強いられている仲間たちがいる。

隔離線の前で、一睡もせずに威圧を放ち続けるバドと冒険者たち。

薬局の奥で、エナジードリンクで命を削りながら、狂ったように魔力を放出し続けるエルフのメイラ。

そして、己の商会の利益とプライドを懸け、私という悪魔の指示に従って泥だらけで走り回る豪商カルラ。


異世界の前近代的な迷信と、恐るべき感染力を持つパンデミック。

それを、圧倒的な現代医療の知識ロジックと、莫大なカネ、狂気の魔力、そして問答無用の筋肉(暴力)を総動員して、強引に、かつ徹底的にねじ伏せていく。


「生きなさい……! 私の薬を飲んで、死ぬなんて絶対に許さないわよ!」


私は、けいれんを起こしていたシエナちゃんの孤児院の少年の口に、最後の一滴まで経口補水液を流し込み、その胸を力強く押した。

夜が、白み始めていた。


そして、奇跡は魔法ではなく、カガクと執念によってもたらされた。


「……お姉ちゃん。痛いのが、消えた……」


私の腕の中で、真っ青だった少年の顔に、ほんのりと赤みが戻り始めた。

彼の目から虚ろな光が消え、はっきりと私を認識して声を発したのだ。

それだけではない。

周囲の路地裏で倒れていた患者たちのうめき声が、いつの間にか静まっている。

極度の脱水症状で干からびかけていた皮膚に張りが戻り、腸管の破壊による血便や嘔吐が、抗菌ペーストの効果によって劇的に治まり始めていたのだ。


「熱が……下がってる! おい、親父の熱が引いたぞ!」

「痛くない……お腹の、焼けつくような痛みが消えた……!」

「サキ先生の薬が効いたんだ! 悪魔の呪いが解けたぞ!!」


スラムのあちこちから、歓喜と安堵の産声が上がり始める。

原因菌の増殖は完全にストップし、経口補水液が彼らの細胞を死の淵から引き戻した。

私たちが構築した『命の量産ライン』と、問答無用の隔離による『感染経路の遮断』が、見えない悪魔の進行を完全に食い止め、打ち破った瞬間だった。


「……ふぅ。どうやら、私の勝ちみたいね」


私は、汚れた白衣の袖で額の汗を拭い、朝日が昇り始めたスラムの空を見上げた。

足元はふらふらで、今にも倒れそうだったが、心の中はかつてないほどの圧倒的な達成感に満たされていた。


「サ、サキ……っ」


背後から、泥だらけになったカルラが歩み寄ってきた。

彼女は、次々と立ち上がり、涙を流して喜び合うスラムの住人たちの姿を、信じられないものを見るような目で見つめていた。


「死者が……一人も出ていない。神殿の高位魔法でも治せなかったあの奇病の集団を、一晩で……たった一晩で、全て鎮圧したというのか……?」

「当然よ。原因を特定して、正しい薬を正しい量だけブチ込んだんだから」


私はカルラに向かって、疲れ切った、しかし悪党のような笑みを浮かべた。


「あんたの投資、無駄にならなくて良かったわね。これでサキ薬局の薬の効能は、この街どころか王国中に知れ渡るわ。……約束通り、特大のリターンを期待しててちょうだい」

「フッ……あははっ! 恐ろしい女だ! 全く、お前と手を組んで本当に正解だったよ!」


カルラも、泥だらけの顔を歪めて高らかに笑い声を上げた。


こうして、スラムを壊滅の危機に陥れた恐怖のパンデミックは、死者を一人も出すことなく、完全な制圧に至った。

街中の住人から、そして冒険者たちから、私は『奇跡の薬師』『慈愛の聖女』として神のように崇められることになる。


だが、感動のフィナーレで終わるほど、私は甘い人間ではない。

聖女の仮面の下で、私は静かに、しかし冷酷にソロバンを弾き始めていた。

スラムの住人たちを死の淵に追いやり、私に一晩徹夜の過酷なブラック労働を強いた『元凶』。

腐った肉を売り捌き、不当な利益を得ていた悪徳商人に対して、私がどのような「落とし前」をつけさせるか。


怒涛のパンデミック鎮圧劇の翌日。

英雄として称えられるサキ薬局の総司令官は、最強の用心棒たちを引き連れ、手元に極悪非道な『超高額請求書』を握りしめ、満面の笑みで悪徳商人の商館へと乗り込んでいくことになる。

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