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第14話「エルフの魔法使い、襲来。」

ドワーフの豪商カルラとの間で結ばれた『独占販売代理店契約』は、サキ薬局に劇的な変化をもたらした。

数日後、カルラ商会の手配した荷馬車が、スラムの路地裏にある私たちの店舗に横付けされた。荷台に積まれていたのは、これまでシエナちゃんたちスラムの子供たちが駆けずり回って集めていたものとは比べ物にならないほど高品質で、綺麗に洗浄・乾燥された大量の薬草。さらには、不純物のない純水が入った大きな樽、そして、私が要望した通りの「耐熱性の高い透明なガラス瓶」や「精密な天秤」といった高価な機材の数々だった。


「ひゃーっ! お姉ちゃん、これ全部うちの材料!? すっごくいい匂いがするよ!」

「ええ、そうよシエナちゃん。カルラ社長が約束通り、商会の流通網を使って最高品質の材料を『原価』で卸してくれたの」


私は、運び込まれた最高級のヒールグラス(治癒草)の束を手に取り、その瑞々しさにうっとりとため息をついた。

これまでは野生の雑草やコケ、最悪の場合はゴブリンのフンから苦労して成分を抽出していたが、これで一次処理の手間は劇的に削減される。

ロッツも、丸太の乳棒を肩に担ぎながらホッとした顔をしていた。


「いやぁ、助かったぜ。魔物のクソをすり潰す作業から解放されるなら、あのドワーフの女商人には足を向けて寝られねえな」

「勘違いしないでよね、ロッツ。尿素とアンモニアは依然として重要成分だから、クソ集めは週に一回は行ってもらうわよ。でも、これでいよいよ『富裕層向け美容液』の大量生産ラインが稼働できるわ」


私は白衣のポケットで拳を握りしめた。

カルラ商会という最強のバックアップを得たことで、サキ薬局はスラムの零細店舗から、王国全土を見据えた『製薬メーカー』へと進化しつつあった。

冒険者向けの安価な特効薬で小銭を稼ぎつつ、貴族向けの高価な美容液で金貨を根こそぎ回収する。私の描いた完璧なビジネスモデルが、今まさに花開こうとしていたのだ。


しかし。

光が強ければ、当然影も濃くなる。

私がブルーオーシャンを独走し、さらには商会という巨大な後ろ盾まで得たという事実は、既存の利権にしがみついていた連中を完全に追い詰めることになった。


その日の午後。

患者の波が一段落し、私がクリーンルームで美容液の調合テストを行っていた時のことだ。


ドォォォンッ!!


突如として、サキ薬局の頑丈な木製のドアが、爆発でも起きたかのように内側へと吹き飛んだ。


「きゃあっ!?」

「なんだ!? 敵襲か!?」


シエナちゃんが悲鳴を上げ、ロッツが即座に大剣を抜いて入り口に立ち塞がる。

吹き飛んだドアの向こうから、砂埃を巻き上げるような『不自然な突風』と共に、一人の人影が悠然と店内に足を踏み入れた。


「……野蛮で、不衛生で、泥臭い空間。聞いていた通り、美しさの欠片もない下賎な場所ですね」


鈴を転がすような、しかし氷のように冷たく傲慢な声だった。

砂埃が晴れた後に立っていたのは、目を奪われるほど美しい女性だった。

透き通るような白い肌、腰まで届くプラチナブロンドの長い髪。身にまとっているのは、淡い緑色に輝く最高級の絹で織られたローブ。そして何より目を引くのは、その髪の隙間から覗く、長く尖った耳だった。


(……エルフ。ファンタジーの定番種族のお出ましね)


私はクリーンルームの小窓から顔を出し、その闖入者を冷ややかに観察した。

エルフの女性は、店内に充満しているアルコールや薬草の匂いに顔をしかめ、ローブの袖で口元を覆った。


「貴様、何者だ! ここをサキボスの店だと知っての狼藉か!」


ロッツが大剣の切っ先を向け、低い唸り声を上げる。

しかし、エルフの女性は二メートルの巨漢の殺気を浴びても、柳の枝のように全く動じなかった。彼女は蔑むような冷たい視線をロッツに向けた。


「獣風情が私に武器を向けるなど、身の程を知りなさい。私は薬師ギルド最高顧問にして、大森林のことわりを継ぐエルフの魔法使い、メイラ。……この薄汚い小屋の主はどこです? 魔法の尊さを知らぬ愚かな『泥遊びの小娘』に、神聖なる裁きを下しに来てあげたのですよ」

「なんだと……!?」


メイラと名乗ったエルフの言葉に、私は全てを察した。

カルラ商会が私と手を組み、薬草の買い占めを解除したことで、薬師ギルドはいよいよ後がなくなったのだ。冒険者という顧客を奪われ、頼みの綱の豪商にも見捨てられた。

もはや政治力も経済力も通用しないと悟った彼らが、一発逆転を狙って送り込んできた『最終兵器』。それが、このギルドの顧問を務めるエルフの魔法使いというわけだ。


「ロッツ、剣を下ろしなさい。器物損壊の現行犯だけど、一応はお客様よ」


私はクリーンルームの扉を開け、白衣の裾を揺らしながらメイラの前に歩み出た。


「私が店主のサキよ。薬師ギルドの顧問様が、こんなスラムの薬屋に何の用かしら? ドアの修理代、金貨二枚で請求させてもらうけど」

「フッ……。強欲な人間の小娘ですね。私が来た理由は一つ。あなたがこの街で広めている『いかさまの薬』の販売を、今すぐ永久に停止させるためです」


メイラは私を見下ろし、嘲笑うように口角を上げた。


「カルラというドワーフの小娘をたぶらかし、冒険者どもを洗脳して売り上げを伸ばしているそうですが……長命である我々エルフから見れば、あなたのやっていることはただの『野蛮な泥遊び』に過ぎない。草を石で潰し、臭い水を混ぜ合わせるなど、医学への冒涜です」

「泥遊びね。あんたたちの売ってるポーションの方が、よっぽど泥水に近いと思うけど?」

「黙りなさい!」


メイラは持っていた杖の石突きで、床を激しく叩いた。

その瞬間、彼女の杖の先端にある宝玉が淡い光を放ち、周囲の空気がビリビリと震えた。圧倒的な魔力の奔流だ。


「薬とは、すなわち『奇跡』。大地のマナを抽出した薬草に、我々魔法使いが清らかな魔力を注ぎ込み、成分を結合させることで初めて完成する至高の芸術です。それを、魔力も持たない下等な人間が、物理的な圧力と火の熱だけで作ろうなどと……笑止千万。不純物だらけのゴミしかできるはずがない」


メイラは懐から、一本のガラス瓶を取り出した。

中に入っているのは、淡く発光する青色の液体だった。私が冒険者ギルドの前で見た「緑色の泥水ポーション」とは明らかに違う。透明度が高く、液体の内部で星屑のような魔力の光がキラキラと明滅している。


「見なさい。これが私自身が魔力を込めて調合した『ハイ・ポーション』。神の加護に最も近いとされる究極の霊薬です。あなたの泥臭い調合など、この美しき芸術の前では……」

「へえ、ちょっと貸して」

「なっ!?」


私が無造作に手を伸ばし、ひょいっとハイ・ポーションの瓶をひったくると、メイラは素っ頓狂な声を上げた。

私は瓶を目の高さに掲げ、光に透かしてじっくりと観察した。そして、脳内の【成分鑑定】スキルをフル稼働させる。


【成分鑑定:ハイ・ポーション(青)】

・原材料:清流の水、星屑草、マナ・キノコ。

・結合方式:高濃度の魔力による強制結合。

・分析結果:魔力によって成分同士が強引に結びつけられているが、星屑草に含まれる微量の「細胞毒性アルカロイド」が未処理のまま残留。

・状態評価:防腐処理が一切なされておらず、魔力結合が解けた瞬間から急激な腐敗(酸化)が進行する。また、製造過程での滅菌が不十分であり、微細な雑菌が混入。

・消費期限:常温保存で残り約48時間。


「……………………ぶっ」


私は、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪え、口元を手で覆った。

肩が小刻みに震える。


「な、何がおかしいのです! 私の完璧な魔法薬を前にして、あまりの美しさに頭がおかしくなりましたか!」

「ご、ごめんなさい……っ、くくっ。いや、あんたが『至高の芸術』とか『不純物がない』とかドヤ顔で言うから、どれだけ凄いのかと思ったら……これ、ただの『魔力で無理やり固めただけの、腐りやすいバクテリアのジュース』じゃない」

「な、なんだと!?」


メイラの美しい顔が、屈辱と怒りで真っ赤に染まった。エルフの尖った耳までがピクピクと怒りに震えている。


「下等な人間風情が、私の魔法を侮辱する気ですか! この薬には一切の不純物など……!」

「あるわよ。思いっきりね」


私は笑いを収め、一転して、氷のように冷たい、プロの薬剤師としての眼差しでメイラを射抜いた。


「いい、エルフのお姉さん。あんたの言う『魔法による調合』って、要するに薬草の成分を魔力という接着剤で強引にくっつけてるだけでしょ? だから、光ってて綺麗に見えるのよ。でもね、あんた、成分の『分離』と『抽出』っていう概念を全く理解してないわ」

「ぶんり……? ちゅうしゅつ……?」

「この星屑草っていう青い草。確かに細胞を活性化させる成分は入ってるけど、同時に微量の『アルカロイド系の毒素』も含まれてるわ。あんたはそれを、化学的な処理(中和やろ過)を一切せずに、ただ魔力で丸ごと結合させてるだけ。これじゃあ、傷は治っても、後で強烈な吐き気や倦怠感に襲われるはずよ」


私が言い当てると、メイラの目がわずかに見開かれた。

図星だったのだ。高位のポーションを飲んだ者が、後に「魔力酔い」と称される謎の体調不良に陥ることは、この世界の常識だったが、私はそれを『化学成分の未処理による副作用』だと一刀両断したのである。


「それだけじゃないわ」


私はハイ・ポーションの瓶をコンコンと指で弾いた。


「あんた、これを作る時に、煮沸消毒やエタノールによる『滅菌』をやった?」

「めっきん……? なんのことです。私は清らかな湧き水を使い、神聖な魔力で……」

「やってないわね。だから、この瓶の中には目に見えない無数の『雑菌バクテリア』が泳いでるわ。あんたの魔力っていう接着剤が効いてる間はいいけど、その魔力が薄れた瞬間、この雑菌が一気に繁殖する」


私は一歩前に出て、メイラの美しい顔のすぐ目の前まで顔を近づけた。

身長差はあるが、私が放つ理詰めの圧力に、数百歳を生きるエルフが思わず一歩後ずさった。


「ズバリ言わせてもらうわ。あんたのこの至高の芸術とやらは、防腐剤(保存料)も入ってなければ滅菌もされてない。常温で置いておけば、もって三日。三日後には成分が酸化してドロドロに腐り、どぶ沼みたいな悪臭を放つ粗大ゴミに変わるわ。……違うかしら?」


店内に、沈黙が落ちた。

ロッツもシエナちゃんも、息を呑んで私の言葉の行方を見守っている。

メイラは、目を見開き、ワナワナと震えながら私を指差した。


「な……ぜ……。なぜ、それを知っているのです……!」

「へ?」

「魔法薬の効力が三日で失われ、腐敗してしまうことは、我々エルフの魔法使いの中でもトップシークレット……! 長年の研究でも解決できなかった魔法薬の最大の欠陥を、なぜ人間の小娘が、一目見ただけで完全に言い当てたのです!?」


メイラの悲痛な叫びに、私は「ああ、やっぱりそうなんだ」と心の中で呆れ返った。

ファンタジー世界において「ポーションは永遠に保存できる」というのは大嘘だ。有機物(植物)を使っている以上、防腐処理をしなければ腐るのは自然の摂理。彼らは魔法でそれを誤魔化していただけで、保存性の悪さという致命的な弱点を抱えたままだったのだ。

現代のペットボトルのジュースでさえ、防腐剤を入れるか無菌充填しなければすぐにカビが生える。ましてや、エルフが森の中で手作業で作った薬など、衛生管理の観点から言えばアウト中のアウトである。


「なぜって、そんなの『カガク(化学)』の常識よ。酸化と菌の繁殖。あんたの魔法は、自然の摂理(物理法則)に逆らって無理やり蓋をしてるだけだもの。美しくない野蛮な行為をしてるのは、あんたの方じゃないかしら?」

「……ッ!!」


魔法こそが至高であり、絶対の美であると信じて疑わなかったエルフのプライドが、バキバキと音を立ててへし折られる音が聞こえたような気がした。

メイラは顔を真っ赤、いや、屈辱で青白く染め上げ、手にした杖をへし折らんばかりの力で握りしめた。


「み、認めません……! 人間の小娘が、得体の知れない屁理屈を並べて私の芸術を貶めるなど……絶対に認めません!!」

「屁理屈じゃないわ。真理よ。あんたの薬はすぐ腐るし、毒も入ってる。私の薬は常温で数ヶ月保存できるし、副作用も完全にコントロールされている。これが、ファンタジーの魔法と、現代科学のロジックの差よ」


私が冷酷に事実を突きつけると、メイラはギリッと歯を食いしばり、私に向かって杖の先を突きつけた。


「ならば、証明してみせなさい!」

「証明?」

「ええ! あなたのその『カガク』とやらが、私の魔法薬を凌駕するというのなら、実際に勝負をしようではありませんか! どちらの薬が真に優れ、命を救う力があるのかを!」


売り言葉に買い言葉。

完全にプライドを粉砕され、理性を失ったエルフの魔法使いが、正面から私に『薬効勝負』を叩きつけてきた。


「おいボス……受けんのか? 相手は曲がりなりにも高位の魔法使いだぞ。魔法で一瞬で傷を治されたら、いくらボスの薬でもスピードじゃ勝てねえんじゃ……」


ロッツが不安そうに耳打ちしてくる。

確かに、魔法の「一瞬で細胞を強制結合させる」という速度だけを見れば、私の化学的な薬は劣るかもしれない。

しかし、医療とはスピードだけではない。確実性、安全性、そして『予後』のすべてを含めてこそ真の治療である。

私は、口元に狂暴な、しかし絶対の自信に満ちた笑みを浮かべた。


「いいわよ、受けて立ってあげる。でも、ただ勝負するだけじゃ面白くないわね。私が勝ったら……あんたのその無駄に高い『プライド』と『魔力』、サキ薬局のためにタダ働きで提供してもらうわよ?」

「フン、望むところです! 私が勝てば、あなたのその小賢しい口を永遠に封じ、この店を焼き払ってあげます!」


バチバチと火花を散らす、現代の社畜薬剤師と異世界のエルフの魔法使い。

薬師ギルドが放った最終兵器を相手に、私は一切の魔法を使わず、純粋な『化学式と薬理学』だけで完膚なきまでに叩き潰すことを決意した。

エルフの数百年の常識が、現代科学の論理によって無惨に崩れ去る歴史的瞬間(レスバ本番)は、すぐ目前に迫っていた。

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