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第11話「ドワーフの豪商、宣戦布告。」

サキ薬局の堂々たるオープンから、およそ二週間が経過した。

スラムの路地裏にぽつんと建つ我が店舗は、今やこの街の冒険者や貧困層にとって、なくてはならない『命のインフラ』として完全に定着していた。

朝から晩まで、店の前には怪我や病気を抱えた患者たちが列をなし、私が処方する「アルコール消毒液」や「特製胃腸薬」、「消炎鎮痛ペースト」を求めて銀貨を落としていく。

シエナちゃん率いるスラムの子供たち(サキ薬局・特務採集部隊)が毎日せっせと運び込んでくる薬草の山を、用心棒兼・現場監督である巨漢の獣人ロッツが、巨大な丸太の乳棒でドスドスとすり潰す。そのペーストを、私がクリーンルームで【成分鑑定】と【調合】スキルを駆使して製品化する。

まさに非の打ち所がない、完璧な大量生産のオートメーションだ。


「ふふふ……。素晴らしいわ。今日も銀貨がザックザクね。前世のあのハゲタカ薬局長が見たら、泡を吹いて倒れるレベルの利益率よ」


営業終了後、カウンターの奥で重たい革袋の口を縛りながら、私は一人でゲスい笑みをこぼしていた。

無一文から始まった異世界生活だが、今や私の手元にはちょっとした貴族並みの資産が積み上がりつつある。過労死寸前のブラック労働から抜け出し、定時退社と巨万の富を手に入れるという私の野望は、すでに半分以上達成されたと言っていいだろう。


しかし、商売において「一人勝ち」というのは、必ずどこかで歪みを生むものだ。

私がブルーオーシャン(未開拓市場)だと思って荒稼ぎしていたこの市場には、当然ながら『先住民』たちがいた。彼らが、自分のシマを荒らす新参者をいつまでも黙って見過ごすわけがなかったのである。


翌日の午後。

いつものように無菌調剤室で特製エタノールを蒸留していた私の元へ、シエナちゃんが血相を変えて飛び込んできた。


「お姉ちゃん! 大変、大変だよぉっ!」

「こらシエナちゃん、走らない。ホコリが舞うでしょ。どうしたの、そんなに慌てて。採集部隊の子が怪我でもした?」

「違うの! 草がないの!」

「……は? 草がない? どういうこと?」


私が手を止めて振り返ると、シエナちゃんは息を切らしながら、涙目で訴えかけてきた。


「今日ね、いつものように市場の裏手や森の入り口に薬草を摘みに行ったんだけど……どこを探しても、お姉ちゃんが指定した『ヒールグラス(治癒草)』とか『酸食草』が、一本も生えてないの! 根こそぎ刈り取られたみたいに!」

「なんだと!?」


シエナちゃんの報告を聞きつけ、裏で丸太を振り回していたロッツがドスドスと入ってきた。


「おいおいボス、冗談じゃねえぞ。薬草がなけりゃ、俺の筋トレ……じゃなくて、一次処理作業ができないじゃねえか。薬の在庫だって、あと数日分しか残ってないんだろ?」

「……落ち着きなさい、二人とも。自然に生えてる草が一夜にして全部消えるなんてあり得ないわ。誰かが意図的に、人海戦術で刈り取ったってことね。シエナちゃん、何か心当たりは?」


私の冷静な問いかけに、シエナちゃんはコクリと頷いた。


「うん。市場の商人たちが噂してたの。ドワーフの『カルラ』って女商人が、お金にモノを言わせて、街周辺の薬草という薬草を、スラムの大人たちも雇って全部買い占めちゃったんだって……!」

「カルラ?」

「薬師ギルドにお薬の材料を卸してる、すっごい大金持ちの商人だよ! お姉ちゃんのせいで薬師ギルドのポーションが全然売れなくなっちゃったから、カルラさんのところに『サキ薬局を潰してくれ』って泣きついたみたい!」


なるほど、と私は顎に手を当てた。

薬師ギルドの連中、先日チンピラをけしかけて冒険者たちにボコボコにされたから、今度は直接的な暴力ではなく『経済による兵糧攻め』に出たというわけか。

流通を牛耳る豪商と結託し、私の薬の材料となる薬草を市場から完全に枯渇させる。材料がなければ薬は作れない。薬が作れなければサキ薬局は休業に追い込まれ、冒険者たちは再び高い金を出して薬師ギルドの泥水ポーションを買わざるを得なくなる。

古典的だが、資本主義のルールにおいては非常に強力で、えげつない王道の手法だ。


「おいボス! どうすんだよこれ! このままじゃマジで店が潰れちまうぞ! 俺が今からそのカルラって女の商館に乗り込んで、大剣で脅して草を吐き出させてこようか!?」

「ロッツ、あんたはすぐ物理で解決しようとするのやめなさい。私たちは真っ当な医療従事者兼、ホワイト企業なんだから。野蛮な真似はNGよ」

「じゃあどうすんだよ! 薬草がないのは事実だろうが!」


ロッツが頭を抱えてパニックになる横で、シエナちゃんも「あたしのせいだ……もっと早く気づいていれば……」とポロポロ泣き出しそうになっている。


「……ふっ」


私は、思わず口元を押さえて、肩を揺らした。


「ふ、ふふふっ……あーっはっはっはっはっ!」

「ぼ、ボス!?」

「お姉ちゃん、頭がおかしくなっちゃったの!?」


あまりの事態に私が狂ったと思ったのか、二人がドン引きした目で私を見ている。

私はひとしきり笑った後、目尻の涙を拭いながら、ビシッと二人を指差した。


「あんたたちね、私が誰だと思ってるの? ブラック薬局を生き抜いた、現代医学の徒たる現役薬剤師よ? 薬草を買い占められたくらいで、店が潰れるわけないじゃない」

「え……? でも、材料がないのに、どうやって薬を作るんだ?」

「あのね、ロッツ。この世界の連中……そのドワーフの豪商とやらも含めて、根本的な勘違いをしてるのよ。彼らは『ヒールグラスという草そのもの』が傷を治すと思ってる。だから、その草を買い占めれば私が困ると思ってるの」


私は黒板代わりの木の板に、チョーク(石灰石)でサラサラと化学式のようなものを書き始めた。


「でも、薬学の常識は違うわ。傷を治したり、炎症を抑えたりするのは、草そのものじゃない。草の中に含まれている『特定の化学成分(化合物)』よ。たとえば、鎮痛作用のあるサリチル酸は、ヤナギの樹皮に含まれてる。でも、ヤナギの樹皮が手に入らないなら、同じ成分を含んでいる別の植物……そうね、たとえば『その辺の壁に生えてるしぶといコケ』からだって、抽出の手間さえかければ取り出せるのよ」

「コ、コケ……?」

「そう! 私の【成分鑑定】スキルと【調合】スキルを舐めないでよね! 私は『薬効のある成分』さえ入っていれば、ゴミの中からでも薬を錬成できるの! 既存の流通ルートの薬草なんて、最初からアテにしてないわ!」


私は不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てて胸を張った。

ドワーフの商人カルラがやったことは、現代で言えば「特定の製薬会社のパッケージ薬を買い占めた」ようなものだ。だが私は、その辺に転がっている原材料から、ジェネリックどころか全く新しいアプローチで同じ成分を作り出せる『歩く製薬工場』なのである。

材料の枯渇? 笑わせる。世界中が私の材料庫だ。


「というわけで、作戦変更よ。シエナちゃん!」

「は、はいっ!」

「採集部隊の子供たちに伝えて。今日から『薬草』は一切集めなくていいわ。代わりに、スラムの壁や屋根にへばりついてる『青緑色のコケ』と、湿地に生えてる『毒々しい紫色のキノコ』をありったけ集めてきなさい。あれには微量だけど、強力な抗菌成分と麻酔成分が含まれてるから」

「わ、わかった! コケと毒キノコだね!」


目を輝かせて飛び出していくシエナちゃんを見送り、私は次に、ポカンと口を開けているロッツの方を向いた。


「さて、ロッツ。あなたにはもっと重要な、そして大量の材料を調達してきてもらうわ」

「お、おう。なんだ? どっかの強力な魔物の牙か? それともワイバーンの肝か?」

「そんなファンタジーな高級素材、今の私たちに買えるわけないでしょ。あなたに集めてきてもらうのは……そうね、街の外れにいるゴブリンや、野良の角ウサギの『フン(糞)』よ」

「…………………………………………は?」


ロッツの顔面が、スゥッと無表情になった。

二メートルの巨漢の獣人が、まるで雷に打たれたように完全にフリーズしている。


「フンって……あの、クソのことか? 動物の?」

「そうよ。なるべく新鮮なやつがいいわね。ドカッと樽一杯に集めてきてちょうだい」

「ふざけんなァァァァァッ!!」


ロッツの怒号が、サキ薬局の店内に響き渡った。


「俺は誇り高き傭兵だぞ!? 百歩譲って草をすり潰すのは筋トレだと思って我慢したが、なんで俺が魔物のクソ拾いなんてやらなきゃならねえんだ! しかもそれを薬の材料にするだと!? テメェ、ついに頭がイカレたのかボス!!」

「うるさいわね、この脳筋! あんたこそ化学かがくを舐めてるの!?」


私はロッツの巨体に一歩も引かず、むしろ彼を圧倒する勢いで怒鳴り返した。


「いい!? 尿や糞にはね、『アンモニア』や『尿素』っていう、化学において喉から手が出るほど重要な成分が大量に含まれてるの! 尿素は強力な保湿効果があって、乾燥してひび割れた皮膚を治す最高の軟膏のベースになるわ! さらに、抽出したアンモニアは、他の成分と化合させることで全く新しい薬を作り出す『触媒』として、信じられないほどの価値を持ってるのよ!」

「にょ、尿素……? アンモニア……? わけがわからねえ!」

「わからなくて結構! いいから四の五の言わずに拾ってきなさい! スラムの子供たちにやらせたら衛生管理が難しくて感染症のリスクがあるの! 屈強な免疫力を持つあんたにしか頼めない危険なミッションなのよ!」


私が「あなたにしか頼めない」と力説すると、単純なロッツは「お、俺にしか……」と少しだけ心を動かされたようだった。チョロい。


「と、とにかく! 魔物のフンは宝の山なの! 薬師ギルドの連中は、そんなことも知らずに高い薬草ばかりありがたがってるのよ。私たちが『タダの排泄物とコケ』から彼ら以上の特効薬を作って売り捌けば、あいつらの買い占め作戦は完全に赤字の大爆死! 私たちの丸儲けってわけ! 痛快でしょ!?」

「うっ……! そ、それは確かに痛快だが……俺の傭兵としての尊厳が……」

「今日のまかないは、あんたの好きな巨大オーク肉の厚切りステーキよ」

「行ってくるぜボス! 新鮮なゴブリンのクソを山盛り集めてきてやるから待ってな!!」


食欲(と私への忠誠心)が尊厳を打ち負かしたロッツは、巨大な樽を抱えて風のように外へと飛び出していった。

ふう、と息を吐き、私は白衣の袖をまくった。


「さて。ドワーフの豪商カルラさんだっけ。資本の暴力で私を潰そうとしたこと、骨の髄まで後悔させてあげるわ。現代化学の『錬金術』を、とくとご覧なさい!」


* * *

それから三日後。

街の商業区、一等地にそびえ立つ巨大な商館の最上階。

重厚なマホガニーのデスクの後ろで、ドワーフの女性商会主・カルラは、最高級のワインが入ったグラスを傾けていた。

ドワーフといえば髭もじゃのずんぐりむっくりしたオジサンを想像するが、彼女は違った。小柄ながらも引き締まったグラマラスな体型、艶やかな赤い髪をタイトにまとめ、仕立てのいいスーツのような服を着こなす、鋭い目つきの『デキる女社長』といった風情だ。


「……そろそろ、あの一件はどうなった?」


カルラが低く艶のある声で問うと、控えていた人間の部下が、ハンカチで額の汗を拭いながら前に出た。


「は、はい。薬師ギルドの依頼通り、街の周辺から治癒効果のある薬草の流通を完全にストップさせ、全て我が商会で買い上げました。スラムの連中にも金を握らせ、一本たりともあの『サキ薬局』とやらに渡らないよう手配しております」

「ご苦労。これで薬師ギルドへの恩売りも完了だ。全く、たかが小娘一人が路地裏で店を出したくらいで、天下の薬師ギルドが私に泣きついてくるとはな。情けない連中だよ」


カルラはフンと鼻で笑い、ワインを一口飲んだ。


「薬の基本は材料だ。上質な材料を持たざる者は、商売の土俵にすら立てない。あの生意気な小娘の店も、在庫が尽きて今頃はシャッターを下ろしているだろう。今日にでも、私の足元にひれ伏して薬草を売ってくれと懇願しに来るはずだ。その時は、店の権利ごと底値で買い叩いてやるさ」

「そ、それが……カルラ様……」


部下が、信じられないものを見たような、引き攣った顔で言いよどんだ。


「なんだ? はっきり言え」

「サキ薬局ですが……全く、売り上げが落ちていません。それどころか、以前にも増して冒険者たちが大行列を作っておりまして……」

「は……?」


カルラのグラスを持つ手がピタリと止まった。


「馬鹿な。どうやって薬を作っている? 私の包囲網を抜けて、他都市から薬草を密輸したとでも言うのか!?」

「い、いえ! 調査させたところ、あそこの従業員(巨大な獣人とスラムの子供たち)が毎日集めているのは……その、ただの壁の『コケ』や、雑草、それに……ま、魔物の『フン』だけでして……」

「なんだと?」


カルラは、あまりの理解不能な報告に、ぽかんと口を開けた。


「コケと、魔物のフン……? そんなゴミから、薬師ギルドのポーションを凌駕する特効薬を作っているというのか? あの小娘は、一体どんな悪魔の魔法を使っているんだ……!」

「わかりません! ただ、サキ薬局から出てくる冒険者たちは皆、『今まで以上に傷の治りが早い』『あの先生は天才だ』と大絶賛しております! このままでは、我が商会が買い占めた大量の薬草が、完全に不良在庫となって腐るのを待つだけになってしまいます!」

「チィッ……!!」


カルラは苛立ちのあまり、手にしていた高級なワイングラスを壁に投げつけ、粉々に粉砕した。

経済的な兵糧攻めという絶対の必勝法が、完全に無力化された。それも、「既存の材料に一切依存しない」という、商人にとって最も恐ろしく、予測不可能な方法によって。


「……面白いじゃないか。どこの馬の骨かは知らないが、私に商戦を仕掛けてきた命知らずな小娘。ただのヤブ医者じゃなさそうだ」


カルラの瞳に、商人としてのギラギラとした闘争心と、得体の知れない強敵への興味が入り混じった炎が灯る。


「馬車を出せ。私が直々に、そのサキ薬局とやらに乗り込んでやる。あの小娘の化けの皮を引っ剥がし、私の商売を邪魔した落とし前をきっちりつけさせてやるよ!」


ドワーフの豪商の怒号が響き渡る頃。

私はサキ薬局のクリーンルームで、魔物のフンから見事に抽出した高純度尿素ベースの『特製・超保湿ひび割れ軟膏』の完成に、歓喜のダンスを踊っていた。

この数日後、怒り狂った豪商カルラ本人が店に乗り込んでくるのだが――彼女が『とある致命的な弱点(ドワーフ特有の二日酔い)』を抱えたまま私の前に現れることになるとは、今の私は知る由もなかったのである。

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