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夜想館  作者: 灯野 しおん
第九夜

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春嵐 ― 高瀬蓮②

 数日後。


 空は曇っていた。


 春の嵐が近づいているらしい。


 電車の窓に映る自分の顔を、


 蓮はぼんやり眺めていた。


 膝の上にはスケッチブック。


 凛の形見。


 ずっと抱えてきたもの。


 これだけは手放せなかった。



 なぜ来ようと思ったのか。


 自分でも分からない。


 夢を見たからか。


 凛の書き込みを見つけたからか。


 それとも。


 ただ疲れてしまったのかもしれない。


 悲しみ続けることに。


 強がり続けることに。



 道順は書いていなかったが


 どこに行けばいいのかわかっている気がした。


 蓮は導かれるまま電車にのった


 凛が書いたスケッチブックを眺める


 何度も、何度も捲ったスケッチブック


 不思議と涙が出なかった。


 思い切り泣ければ楽になるのだろうか……


 そんなことを考えていると


 降りるべき駅に着いたと感じた。


 下田駅



 電車を降り、改札に向かう。


 かつては観光地として栄えていたのだろうが


 人があまりいなかった。

 

 だが。


 「え……?」


 黒猫がピンと座ってこちらをみている。


 蓮と目が合う


 「おまえ、迎えに来たのか……?」


 「猫に話すなんて……どうにかしてるな……」


 黒猫はついてこいと言っているように


 後ろを振り返りながら歩きだした。


 蓮は導かれるように歩きだす。



 午後。


 夜想館へ辿り着く。


 石畳。


 古い門。


 桜の木。


 夢で見た景色だった。


 思わず足が止まる。


 風が吹く。


 蕾だった桜が、


 いくつか花を開いていた。


 今年最初の桜。


 その光景を見た瞬間。


 胸の奥が痛んだ。


 凛に見せたかった。


 本当に。


 見せたかった。 



 からん。


 扉を開ける。


 ベルの音。


 懐かしいような匂い。


 木の香り。


 珈琲の香り。


 古い本の香り。


「ようこそ」


 静かな声。


 蓮は顔を上げる。


 黒いベストの青年。


 優しい目をしていた。


「夜想館へ」


なぜだろう。


 その声を聞いた瞬間。


 泣きそうになった。


 初対面なのに。


 何も話していないのに。


 まるで。


 ずっと前から知っている人のような気がした。

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