春嵐 ― 高瀬蓮②
数日後。
空は曇っていた。
春の嵐が近づいているらしい。
電車の窓に映る自分の顔を、
蓮はぼんやり眺めていた。
膝の上にはスケッチブック。
凛の形見。
ずっと抱えてきたもの。
これだけは手放せなかった。
◇
なぜ来ようと思ったのか。
自分でも分からない。
夢を見たからか。
凛の書き込みを見つけたからか。
それとも。
ただ疲れてしまったのかもしれない。
悲しみ続けることに。
強がり続けることに。
◇
道順は書いていなかったが
どこに行けばいいのかわかっている気がした。
蓮は導かれるまま電車にのった
凛が書いたスケッチブックを眺める
何度も、何度も捲ったスケッチブック
不思議と涙が出なかった。
思い切り泣ければ楽になるのだろうか……
そんなことを考えていると
降りるべき駅に着いたと感じた。
下田駅
◇
電車を降り、改札に向かう。
かつては観光地として栄えていたのだろうが
人があまりいなかった。
だが。
「え……?」
黒猫がピンと座ってこちらをみている。
蓮と目が合う
「おまえ、迎えに来たのか……?」
「猫に話すなんて……どうにかしてるな……」
黒猫はついてこいと言っているように
後ろを振り返りながら歩きだした。
蓮は導かれるように歩きだす。
◇
午後。
夜想館へ辿り着く。
石畳。
古い門。
桜の木。
夢で見た景色だった。
思わず足が止まる。
風が吹く。
蕾だった桜が、
いくつか花を開いていた。
今年最初の桜。
その光景を見た瞬間。
胸の奥が痛んだ。
凛に見せたかった。
本当に。
見せたかった。
◇
からん。
扉を開ける。
ベルの音。
懐かしいような匂い。
木の香り。
珈琲の香り。
古い本の香り。
「ようこそ」
静かな声。
蓮は顔を上げる。
黒いベストの青年。
優しい目をしていた。
「夜想館へ」
なぜだろう。
その声を聞いた瞬間。
泣きそうになった。
初対面なのに。
何も話していないのに。
まるで。
ずっと前から知っている人のような気がした。




