花曇り ― 三浦美月
春は来ていた。
けれど。
三浦美月には、そう思えなかった。
◇
電車の窓から見える桜並木。
駅前の花壇。
春限定の菓子。
テレビの天気予報。
誰もが春を楽しそうに語る。
それなのに。
自分だけが取り残されている気がした。
あの日からずっと。
◇
一年前。
夫の陽介は事故で亡くなった。
三十二歳だった。
あまりにも突然だった。
朝。
「行ってきます」
そう言って家を出た。
いつも通りに。
何も変わらない朝だった。
その夜。
帰ってこなかった。
◇
電話が鳴った。
知らない番号。
警察だった。
病院だった。
その後のことは、
今でもよく覚えていない。
覚えたくないのかもしれない。
ただ。
最後に見た陽介の顔だけは、
鮮明に覚えていた。
眠っているみたいだった。
今にも起きそうで。
だから。
今でも時々思ってしまう。
あれは夢だったのではないかと。
◇
美月はスマートフォンを開く。
トーク画面。
一番上。
陽介。
最後のメッセージ。
「帰りに牛乳買う」
たったそれだけ。
何の特別さもない。
ありふれた言葉。
だから消せない。
それが最後になるなんて、
誰も思わなかったから。
◇
夜想館を知ったのは偶然だった。
旅行雑誌の片隅。
小さな紹介記事。
"帰る場所のような宿"
そんな一文が目に留まった。
理由は分からない。
ただ。
行かなければならない気がした。
◇
”夜想館”
美月はその記事を目にしてから
その宿を探した…
インターネット
本
雑誌
人に尋ねたり…
ただ、どう探しても見つからなかった。
◇
電車を降り、公園へ向かう
かつて陽介と訪れた仙台
桜がきれいな青葉山公園
あの時は肩を並べて歩き
ただ一緒にいるだけで楽しかった。
今は…
花曇りの空
桜の花も綺麗に咲いている
だが、
美月の目には映っていなかった。
もう、帰ろう。
そう思ったとき、猫の声が聞こえた気がした。




