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夜想館  作者: 灯野 しおん
第八夜

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花曇り ― 三浦美月

 春は来ていた。


 けれど。


 三浦美月には、そう思えなかった。



 電車の窓から見える桜並木。


 駅前の花壇。


 春限定の菓子。


 テレビの天気予報。


 誰もが春を楽しそうに語る。


 それなのに。


 自分だけが取り残されている気がした。


 あの日からずっと。



 一年前。


 夫の陽介は事故で亡くなった。


 三十二歳だった。


 あまりにも突然だった。


 朝。


「行ってきます」


 そう言って家を出た。


 いつも通りに。


 何も変わらない朝だった。


 その夜。


 帰ってこなかった。



 電話が鳴った。


 知らない番号。


 警察だった。


 病院だった。


 その後のことは、


 今でもよく覚えていない。


 覚えたくないのかもしれない。


 ただ。


 最後に見た陽介の顔だけは、


 鮮明に覚えていた。


 眠っているみたいだった。


 今にも起きそうで。


 だから。


 今でも時々思ってしまう。


 あれは夢だったのではないかと。



 美月はスマートフォンを開く。


 トーク画面。


 一番上。


 陽介。


 最後のメッセージ。


「帰りに牛乳買う」


 たったそれだけ。


 何の特別さもない。


 ありふれた言葉。


 だから消せない。


 それが最後になるなんて、


 誰も思わなかったから。



 夜想館を知ったのは偶然だった。


 旅行雑誌の片隅。


 小さな紹介記事。


 "帰る場所のような宿"


 そんな一文が目に留まった。


 理由は分からない。


 ただ。


 行かなければならない気がした。



 ”夜想館”


 美月はその記事を目にしてから


 その宿を探した…

 

 インターネット

 本

 雑誌

 人に尋ねたり…


 ただ、どう探しても見つからなかった。


 

 電車を降り、公園へ向かう

 

 かつて陽介と訪れた仙台


 桜がきれいな青葉山公園


 あの時は肩を並べて歩き

 

 ただ一緒にいるだけで楽しかった。


 今は…

 

 花曇りの空


 桜の花も綺麗に咲いている

 

 だが、


 美月の目には映っていなかった。


 もう、帰ろう。


 そう思ったとき、猫の声が聞こえた気がした。

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