神の力
――貪食の蛇の体内。
貪食の蛇に飲み込まれたフォルは、胃袋で肉体を消化され死んだ。
しかし、地球の神が施した呪いによって、朽ちた肉体は即座に再構築され生き返った。そして生き返ると、すぐに消化が始まり死んでしまう。
その繰り返しによる苦痛は、人間の精神では耐えうるものではなく、並の人間ならば、一時間も経たずに心が壊れてしまうだろう。
そんな凄まじい苦痛の中にあっても、フォルは楽しげに笑みを浮かべていた。
「無限に続く死の苦痛ですか。不快ではありますが、上位の神に対して肉体への苦痛など、さほど意味はありません。あの子は、まだまだ甘いですね」
肉体が消化され続けるという、常人では耐えられない苦痛の中で、フォルは静かに目を閉じて、その瞬間を待つ。
「肉体が朽ち果て、再構築が始まる瞬間。……今です!」
フォルはわずかに使える神の力を行使して、呪いの術式に干渉した。
「この術式……、低級神にしては頑張っていましたが、私から見ればそれはもう稚拙な術式なんですよね。とはいえ、神の力を行使できない今の私には解呪はできませんが」
地球の神がフォルに施した呪いは、5凸レベル2000という絶大な力を封印し、ただの人間程度の能力に抑え込む。
その呪いは肉体と霊体両方に組み込まれており、二重に作用することで、超絶たる神の力を完璧に抑え込んでいるように見えた。
だが、その術式には欠陥があった。あくまでも5凸神の目から視て、ではあるのだが。
フォルは神の力を自身の体の外に向けて行使できなくとも、魂の奥底でわずかに使える神の力で、自分に掛けられた呪いの術式を密かに解読していた。
フォルが死んだ瞬間、呪いの力で肉体を再構築する過程で、霊体と肉体の繋がりに綻びが生じる。
肉体側に施された、封印の呪いが完全に無効になるその一瞬、フォルは神の力を使えるようになることを看破していた。
霊体側にも封印の呪いが施されているので、本来の力すべてを使えるわけではない。それでも、肉体側の呪いが組みあがる前に、僅かに使える神の力で呪いに干渉することは、フォルにとっては造作もないことだった。
肉体に施された術式にくさびを打つことによって無効化し、再構築された肉体は霊体の封印から漏れ出た神気を扱えるようになる。
限定的ではあるが、フォルは取り戻した神気を纏って、蛇の消化から身を守った。
「さて、力も使えるようになったことですし、こんなところからはさっさと脱出しましょうか。カイトはきっと目を丸くして驚くでしょうね」
フォルは口元を緩ませて、神気を巡らせた手刀を振り下ろした。
エネルギー量は、女神であったときよりも、はるかに少ない。しかし、数千年にわたって研鑽された、女神フォルトゥナの神技が貪食の蛇の腹を割ったのだった。
* * *
カイトの視点。
目の前で、フォルが貪食の蛇に飲み込まれてしまった。俺は呆然として漆黒の巨体を見上げている。
マユも力を消耗しているせいか、治癒に時間が掛かっている。すぐにフォルを助け出さなければいけないが、体が思うように動いてくれない。
……落ち着け、フォルは呪いのせいで死なないはずだ。貪食の蛇を倒せば救えるはず。
その時、轟音と共に貪食の蛇から、強烈な光が迸った。
何だ今の? 貪食の蛇の腹の内側から、とんでもない強さの魔力が飛び出してきたように見えたが……。
眩い光に覆われた人物が、宙に浮かんでいる。目を凝らすと、そこにはフォルがいた。
「フォル……無事だったのか? それにその力、まさか神の力が戻ったのか?」
「ほんの少しだけです。時間もあまりないので、説明は後でしますね。まずはこの蛇をかたづけます」
フォルは強烈な神気を纏っている。俺の目から見た感じでは、女神だった時と同じような圧倒的なエネルギー量だ。
貪食の蛇はフォルを威嚇するように雄叫びを上げる。割かれた腹も既にふさがっていた。
フォルは目を閉じて、一呼吸して目を開ける。
「ふーむ。元の力の一万分の一もありませんが、これならどうにか戦えそうですね。今の私に舐めプする余裕はないので本気でいきます。覚悟してください」
フォルの手に魔力が凝縮していき、巨大な光の槍が顕現した。槍から感じる波動の強さは、俺の魔装術とは格が違っていた。
「その身に刻みなさい! 神技! ケーニグリッヒ・ランザ!!」
フォルに襲い掛かろうと突進する貪食の蛇に向けて、光の槍が投擲される。フォルの手から離れた槍は、さらに巨大化し、圧倒的な光の塊となって貪食の蛇を押し潰した。
天地を白く染め上げるほどの閃光が、一瞬にして周囲を包み込む。光が収まった時には、貪食の蛇など最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消滅していた。
フォルは光の翼を羽ばたかせ、地上に降り立つ。あまりの神々しさに、思わずひざまずきそうになったがどうにか堪えた。
「女神の力が使えるようになったのか?」
俺の問いに、フォルは穏やかな声で答える。
「この力が使えるのは一時的なものです。まもなく元の非力な人間に戻るでしょう」
「じゃあ、女神に戻ることはないんだな?」
「ええ、ありません」
「それなら安心だ。また女神に戻って、俺たちを殺しに来たら大変だからな」
フォルはニタァと笑みを浮かべ、手を口元に持っていく。その瞳は細められていて、明らかに俺を小馬鹿にしている。
「素直じゃありませんねぇ。女神に戻ったら、私がカイトの元を離れてしまう。あなたはそれが嫌なのでしょう?」
「はっ? 何言ってるんだ?」
「私のことが心配で、泣きそうになっているあなたの顔、とても良かったですよ」
「泣きそうになんて、なってねーし!」
軽口を叩き合っていると、フォルから溢れていた神気と、背に現れていた光の翼がすぅっと消えていった。
「もう力が使えなくなりましたか。この肉体のまま1凸神程度の力を行使できる時間は、とても短いようですね。呪いを解けるほどの力ではありませんし、これからもカイトに寄生して暮らそうと思うので、今後ともよろしくお願いしますね」
いつもと変わらぬフォルの緩い笑顔に、俺は何とも言えない安堵を覚え、ホッと息を吐いた。
「それは……、いいけど」
貪食の蛇の淀んだ魔力と、ヤツを封印していた凍気が消えて、空がきれいに晴れ渡る。
俺は空を見上げて、もう一度息を吐いた。
「今回も、俺の力で倒せなかったな……」




