蛇退治
――封印が解ける前日。
ダンジョンが壊れてしまってからは、レベル上げはできなくなってしまったが、魂のハーネス経由で魔力を融通し合って戦う練習に取り組んでいた。
レベルだって、全員が400以上に上がっているし、俺とノエルは500を超えている。俺一人に力を集めるから、単純計算でレベル3000相当だ。これなら勝てる!
胸中でそう叫び勝利を確信していると、ノエルが俺の甘い考えを見透かすかのように、半眼で言い含める。
「実際には力のすべてをカイトに送れるわけじゃないし、レベルの強さって単純な足し算では測れないよ」
ノエルの冷静な指摘に俺は固まる。彼女はいつもと変わらない落ち着いた表情で、淡々と現実を突きつけるように続けた。
「魂のハーネスでみんなの力を束ねても、せいぜいレベル1700~1800相当でしょうね。勝てる見込みはあるけど、厳しい戦いになるのは覚悟して」
女神フォルトゥナと戦うときは、地球の神が助けてくれる前提だった。俺は知らなかったから決死の覚悟で挑んだけど、あれは実質負けている。
でも今回は、援軍は無いとノエルにはっきり言われている。何としても俺たちだけで勝つぞ!
レイナの転移で、みんな揃って凍てつく最果ての地に来た。
目の前には、数百年前に女神フォルトゥナが封じた貪食の蛇が、氷漬けにされた状態でその身を横たえている。
封印が緩んでいるからだろうか、ヤツから漏れ出すおぞましい瘴気が周囲に渦巻き、肌を刺すような冷気と混じり合っていた。
「いくぞ、ベイルスティング!」
俺が剣を握り締めると、それに合わせてみんなの魔力が俺に流れ込んでくる。温かくてとても力強い。
封印が解けかけているせいで、巨体の一部が僅かに動いている。馬鹿正直に封印が解けるまで、待ってやるつもりはない。
「この星の命運がかかっているんだ。卑怯だとか言わないでくれよ?」
俺は封印されている貪食の蛇に向かって、全員分の魔力を乗せたディヴァインバーストをぶち込んだ。
放たれた斬撃は、瞬く間に分厚い氷壁を飲み込んだ。激しい閃光と衝撃が広がって、砕けた氷が飛び散る。
この一撃で、封印ごと貪食の蛇も消えてくれたらいいのだが。
そんな願いもむなしく、煙の中からヤツは不気味な咆哮と共に元気に飛び出してきた。無傷ではないだろうが、先ほどの一撃はほとんどダメージを与えられなかったようだ。
そりゃ、そうだよな。
貪食の蛇は、俺に狙いを定め、大口を開けで襲い掛かってきた。俺は瞬時に身を翻し、斬りかかる。
「寝起きなのに元気だな!」
巨体に斬りかかると、鱗とぶつかったベイルスティングが火花を散らす。
魔力を刃に集中すると、鱗に刃が通り、肉に届いた手ごたえがあった。あれ、思ったより柔らかい? これなら斬れそうだな。そう思ったのも束の間、一瞬で傷が再生してしまった。
暴れまわりながら、大口を開けて食らいついてくる貪食の蛇。その動きは俊敏で、動きを予測するのは難しい。
ヤツの攻撃を躱しながら、剣に魔力を収束させて攻撃の機会をうかがう。生半可な攻撃ではダメだ。再生が追いつかないくらい、火力を上げないと。
練習の成果なのか、剣に魔力を収束させるのは、それなりにできている。
でも、みんなのレベルが上がって、扱う魔力の総量が大きく増えているせいか、操作はとても難しい。ヤツの激しい攻撃をかいくぐって攻撃するのは至難の業だ。
魂のハーネスを通じて、ノエルの声が聞こえる。
「一見すると、激しい攻撃で攻め入る隙は無さそうに見えるかもしれないけど、所詮はたいした知性も持たないモンスターよ。動きにはパターンがあるからよく見て」
パターンって言われても……。
頭から突進してきて食らいつこうとしてきて、それを躱すと胴体をしならせて押しつぶそうとする。距離を取ると、魔法で黒い弾を大量に飛ばしてくる。着弾した地面が溶けているところを見ると、酸とか毒とかなんだろう。
でも、黒い弾は剣で切り払えるから、巨体を生かした攻撃よりも脅威度は低い。ならば距離を取って、奴が魔法攻撃に切り替えたところで突進すれば攻撃が届くかもしれない。
俺が距離を取ると、ヤツは思惑通り動きを緩めて黒い弾を飛ばしてきた。数は多くまさに弾幕だが、進路上の邪魔になる弾だけ叩き落とせばよいので、高速で動き回る巨体に押しつぶされるのを覚悟で斬りかかるよりかはマシだ。
全速力で飛び、弾を回避し、叩き落とす。弾幕を抜けたらみんなの魔力を剣に集中させて巨体に突き刺した。
鱗を割って刃が根元まで刺さると、そのままヤツの体内に直接ディヴァインバーストを叩き込んだ。貪食の蛇の太い胴体が内部から裂けて、血しぶきが飛び散る。
「これでどうだ?」
しかし、俺を嘲笑うかのように一瞬で傷が再生し、元通りになってしまった。
えぇ……、再生速度、速すぎない? 硬くて刃が通らないより無理ゲーだろ。
「カイト、落ち着いて。このままダメージを与え続けて魂の力を削っていけば、いずれは勝てるわ!」
ノエルの声が魂のハーネス越しに聞こえる。そうだった、超速再生するにもエネルギーを消費しているはずだ。倒せるまで繰り返すのみ!
しかし、ヤツも黙ってやられてくれない。巨体をしならせて俺を押しつぶそうとしたり、黒い弾を飛ばしてきたりと、ワンパターンだが桁違いのエネルギー量でゴリ押ししてくるので、全く気が抜けない。
手詰まり感に苛立ちが募る。その時、ノエルの声が聞こえた。
「ディバインバースト使用後の硬直時間に私が攻撃するから、技を撃ったら魔力のすべてを私に回して」
魔王城のダンジョンが暴走した時みたいにするんだな。俺が「了解!」と答えると、ノエルはレイナにも指示を出す。
「レイナは瞬間移動で、技使用後の無防備なカイトを退避させて」
「承知しました」
動けなくなってもレイナが回収してくれるし、体がボロボロになったとしても死んでなければマユが全回復してくれるはず。技の反動を恐れずに思いっきりぶつかってやる。
俺はみんなの魔力を束ねて剣にのせ、ありったけの力で貪食の蛇に突撃した。
漆黒の巨体と、光の塊と化した俺が正面から激突する。二つの魔力の塊が、押し合いせめぎ合う。俺はヤツの頭に剣を突き立て、渾身のディヴァインバーストを叩き込んだ。
貪食の蛇の巨体が呑まれるほどの、巨大な光の砲撃が炸裂する。
その巨体は地面に叩きつけられて、大地を揺らした。大きな傷がいたるところに刻まれている。
俺の方も息があがり、両腕は痺れているし、体中が軋んでまともに動けない。魔装術が解除されて落下していると、レイナが瞬間移動で傍に現れて受け止め、離脱してくれた。
貪食の蛇は苦しそうにのたうち回っている。再生に力を注ぎ込んでいるのか、傷口にはドス黒い魔力が集中している。
俺はレイナに体を支えられながら、魂のハーネス経由で集まるみんなの魔力をノエルに送った。
ノエルは聖剣ラングザードを構え、全員分の魔力を剣に流し込んで凝縮していく。
「天譴裂光衝」
天を衝くほどに伸びた光の刃が振り下ろされると、地面ごと再生中の蛇の胴体を斬り裂いた。
さすがノエルだ。みんなの膨大な魔力を完全にまとめ上げて、一本の刃にしてしまうなんて。一見すると細くて頼りなくも見えるが、それだけ魔力が圧縮されているということだ。
俺のディバインバーストで痛んでいるとはいえ、振り下ろすたびに貪食の蛇をぶつ切りにできてしまう威力は驚かされる。
貪食の蛇がぶつ切り状態になっているのに再生していくのも驚きだが、この機会を逃すわけにはいかない。
俺はマユの治癒魔法のおかげで動けるようになると、再び剣を握る手に力を込めて、貪食の蛇に飛びかかった。
俺とノエルは、再生しながらのたうち回っているヤツの胴体を攻撃しまくった。
ぶつ切りになっている胴体を、神剣ベイルスティングでさらに切り落とすと、ソウルイーターの能力でいくらか魂のエネルギーを吸収できた。おそらくノエルの聖剣ラングザードも同じはずだ。
さすがレベル2000。ごく一部でもエネルギーを吸収できたことで、力が上がったのが分かる。同時にヤツの力も弱体化したはずだ。このまま一気にケリをつけてやる!
そのとき、貪食の蛇が空を割るような咆哮を上げた。刻まれたヤツの胴体からドス黒い魔力が噴き出て無数の刃を形作り、俺とノエルに襲い掛かってきた。
いくつか剣で叩き落とすが、数が多いのと一つ一つの威力が強いので防ぎきれない。いくつも食らってブッ飛ばされてしまった。
俺は勢いよく地面に叩きつけられた、ノエルも同様に地面に落ちたようだ。体が痺れて、その場に縫い付けられたように動けない。マユの治癒魔法が魂のハーネス越しに感じられるが、動けるようになるにはもう少しかかりそうだ。
貪食の蛇の切り刻まれた胴体は再生していた。サイズと魔力量は一回り小さくなっているが、未だ脅威であることに変わりない。
ヤツは濁った赤い瞳で俺を見ている。
「マズイ。このままじゃ、喰われる」
俺は力を振り絞って立ち上がり、剣を構えた。ところが貪食の蛇は、俺を無視して方向転換した。
どこへ行くつもりだ……? ヤツの向かった方角を見ると、遠くで観戦しているフォルの姿があった。まさか、フォルを喰うつもりなのか?
「レイナ、瞬間移動で俺を蛇の前に!」
「承知しました」
マユの治癒魔法のおかげで、どうにか動けるようになると、すぐにレイナの瞬間移動でフォルの前に立ち蛇を止める。
力を絞り出して蛇を止めるが、正面からぶつかり合えば、絶対的なエネルギー差のせいで、とてもじゃないがこらえきれない。
「フォル! 早く逃げろ!!」
しかし、俺の焦りとは裏腹にフォルは落ち着いていた。
「私の魂に眠る神気に、惹かれているんでしょう。私のことは見捨て構いませんよ」
「そんなことできるわけないだろ!!」
俺の叫びにも、フォルは普段と変わらない穏やかな表情で答える。
「私は死んでも、地球の神の呪いのおかげですぐに蘇生します。あなた達は一旦逃げて体勢を整えてください」
「だけど、飲み込まれて蛇の胃の中で蘇生しても、すぐに死んでしまうんじゃないのか!? それこそ死の苦痛を無限に味わうことになる!!」
「そんなことを、あなたが心配する必要はありませんよ」
こんなときでさえ、フォルは緩い微笑みを浮かべているなんて……!
その直後、俺は弾き飛ばされて、フォルは貪食の蛇に飲み込まれてしまった。




